魔法の料理
「うっま!!ボルガライス!」
「ふふーん♪そうでしょそうでしょー?」
天界初の弾き語りライブを終えたおれは、ギターを空間のどこかに片付けた女神に連れられて、彼女イチオシのレストランでボルガライスを食べた。
連れられて来る道中、天界の人や街を色々眺めたが、本当にあまり地球と変わらなかった。日本というよりは外国のような雰囲気で、石畳の道や煉瓦造りの建造物が多かった。
決して日本人だけではなく、海外の人や、あまり見慣れない洋服を着た、地球人では無さそうな人も見かけた。全員の話し言葉はバラバラなのに、なぜか話している内容をなんとなく理解することができた。女神は“ちゃんと聞こうとすれば聞けるようにできていて、伝えようとすれば伝わる。そういうもの。”と言っていた。なかなか面白い感覚だった。宇宙人の人とも話すことができるらしい。
彼女曰く、おれを呼び出したこの場所の辺りは地球人の魂が特に多いらしく、地球料理レストランも多く出ていて他の星の人からも人気のある場所のようだ。
「トンカツも柔らかいし、ふわふわのオムライスが溶けるみたいだし、それにこの2つを繋ぐソースが美味すぎる…。ただこれ、かなりボリュームありますよ…?」
「そう?私ならこれ2つは食べられるから残すなら頂戴ねー♪」
「ふたつも?!その細い体のどこに入るんだよ…。」
「へへへー♪」
「…それに、これ安すぎませんか?これひとつで10ロゼスって、100円ってことですよね?」
「んー?ほーねー。」
彼女は口をもぐもぐし動かしながら相槌を打った。
「割と他のメニューは50ロゼスとか60ロゼスとか、まぁそれでもかなり安いと思いますけど、それにしてもこれだけ10ロゼスって…破格すぎますよ。裏メニューとはいえ、儲けるつもりないんですかね?」
「んー、儲からないでしょ。私がその値段にさせたんだから。」
「はい?」
「だから、これをシェフに作らせたのは私なんだから、私が価格を決めてもいいでしょ?」
「…シェフの方って、どういう反応してたんですか?」
「知らないわよー。いちいち確認してないからね。」
「…たぶん泣いてますよ、その方。」
「そう?でも安く食べられて君も幸せでしょ?それに、素材は私が手配してるんだから、それくらいは大目に見てもらわないとね♪」
「あ、そうなんですか?よく考えてみれば、、、野菜とかお米ならともかく、肉や卵って、、命ですよね?酪農とかそういうのもあるんですか?」
「そうだねー。いい目線だけど、草や木にも魂は宿っているから、お米とか野菜にも魂はあるし、それを言うなら全部かな?」
「確かに。それなら尚更どうしてるんですか?」
「神の何人かにね、“トレース”っていうスキルが与えられていて、それは現世のものをこちらに生み出すことができるスキルなんだ。私はそのスキルを持つ神のひとりってこと♪」
「へー。コピーしちゃうってことですか?」
「そうね、でもトレースした時に魂まではトレースできないんだよ。」
「あーそれなら魂を奪ってることにはならないのか。」
「そういうことー♪ちなみに、このスキルで最高級のお肉をゲットしているのです♪」
「なんかずるいなー。」
「ただ、あんまり何でもかんでもトレースしたらダメだけどね。ちゃんとコープランドで働く資格を得た者が、欲しい素材を申請して、私達はそれだけをトレースするの。そういう仕組み。」
「なるほどなー。面白いシステムですね!でも、ここのシェフって神様とかですか?」
「ん?神でこんな上手に料理できるやつなんてほとんどいないよ?地球の料理人よ。割と世界的に有名だったかな。」
「え?なんでここに来てまで働くんですか?」
「そうねー。その気持ちもわかるけど、何かを極めた人達の中には“死んでも〇〇したい!”みたいなこと言う人いるじゃない?あれが本当にいるのよ。冗談じゃなくて。そういう人達が望んでやるの。だからクオリティ高い店しかここにはないし、利益を求めているというよりは、ずっとキッチンに立っていたいだけって感じね。」
「そういうことか。それなら確かに泣いてないかもしれませんねー。…だからこんなに美味しいんだ。」
頭の中で泣いていたシェフがニッコリと笑った。
「音楽家は、死んだ後でも曲を作り続けたいって人は少ないんだよね。たまにいるにはいるんだけど、みんな疲れて来世に行ったりのんびりしたり、、そんな中でこのコープランドにバンドマンが来ることも少ないんだから、バンドの音楽が流れないのも当たり前よね。」
「そうですか…。…あの、この辺りで楽器屋とかありますか?」
「楽器屋なら、一日3時間だけやってる店があったはずだよー。噂だとその店の主人、腕はいいけどかなりクセがある、とか。」
「よし、明日はそこに行きましょう。ギターをメンテナンスに出します。」
「あーなるほどねー。ついでに買い足せるものは買い足したいよねー。」
「ですね、アコースティックギター欲しいけど、流石に買えないだろうし。そうなるとシールドとミニアンプ、安いエフェクターもあればいいんだけどなー。」
「あんまり部品の名前使うのやめてー。私わかんないー。」
「あー、すいません。で、おれは今日どこに?」
「なに?」
「いや、だから、どこに泊まればいいかなって。それに着替えもないし。」
「着替えなら私のエアクローゼットの中に入ってるわよ?君がずっと着てたパジャマみたいなスウェットも。」
「わー助かりますー…じゃなくてね?あなたがいないとそれすら取り出せないわけですよ。」
「ん?宿ならそのお金あれば一泊くらいならできるかもね?まぁ、野宿してもコープランドで風邪引くようなことは滅多にないから安心して!」
「……あのー、女神様の家に泊めてもらうとk」
「ありえない!!」(ドン!)
急に怒った表情になって、スプーンを握った手で机を強く叩いた。
「君さ、身分の違いを少しは弁えなさい?き、君が、私の家で泊まるなんて….私が許さない!」
「ははは‥….そうですよねー…。」
「君が女相手にやってきたことなんて全部わかってるんだからね!?」
「あー……でも、さすがに女神様にナニかをするようなことはないですよ…?」
「うるさい!とにかくあり得ない!それよこしなさい!」
彼女はおれの食べかけのボルガライスの皿を取り上げて勢いよく食べ始めた。
「あ、あー…。わかりましたよ。とりあえず今日はなんとかしてみます…。」
「ムカつくわーその萎れた感じ。そうやって女の家に何度も入り込んだこと、知ってるんだからね!?」
「はいはい…だからそれはもう何年も前の話ですって…。」
「知るか!私は人間を家の中に入れたことすらないの!神の家に軽々入れると思ったら大間違いだよ!ったく…大体君はねー!」
そこからボルガライスを貪る女神の説教が始まり、食べ切った頃には満足そうな顔をしてお会計を済ませて店を出た。お会計をしたシェフは心配そうにおれを見つめながら、おれにだけ見えるように親指を立てて、“頑張れ”と言わんばかりにゆっくりと頷いた。
その後おれ達はすぐに別れて、別々の道を歩いた。
おれは今日女神に起こされた場所に行って横たわり、そのまま一夜を過ごした。
お読みいただきありがとうございます。
今回のタイトルはBUMP OF CHICKENさんの楽曲から拝借致しました。すごく優しい曲です。
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とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。
これからもよろしくお願い致します。