三億円
(おーい!起きろー!)
遠くから呼ばれる声がする。
(おーい!!ヒビキ!!起きろー!)
「あー…女神様…おはようございます。」
「なにが“おはよう”よ!もうお昼前よ?どんだけ寝るのよ。朝から君を探してここに来てみたら、もの凄く気持ちよさそうに寝てるからとりあえず放っておいたら起きる気配もないじゃない。今日から色々やっていかなきゃならないんだからね!?」
女神は起きつけにガミガミと怒鳴ってくる。正直20%ほどしか頭に入ってこなかった。
「すいません。なんか、野宿なんてあんまりしないんですけど、草むらで寝るのがこんなに気持ちいいなんて…自宅のベッドより体が楽ですよ。」
「あー、それはここがコープランドだからね。今コープランドは春だから特に気持ちよかったんでしょう。地面も現世のものとは少し違って改良してあるからね。」
「へー。まぁ、よくわからないんですが、すごいですね。これなら毎日野宿でも構わないかもな、はは…。」
「まぁ今の季節ならねー。夏はやっぱり少し暑いし、冬は寒いわよ?」
そんな話をしながらおれは、彼女がどこからともなく出した歯ブラシセットとタオルを持って近くの小川で洗顔して歯磨きをした。
「はー!スッキリしました!」
「…まぁ、別にそんなことしなくても天界では綺麗なままいれるんだけどね。それでも顔洗ったり歯磨きするのって、やらないと気持ち悪いわよね。わかるわー。」
「え?しなくてもいいんですか?」
「そうね、ほら、君の体も髪の毛も、別に気持ち悪くないでしょ?お風呂も入らずに野宿までしたのに。服だって汚れてもいない。」
「あれ?そういえば…。」
「天界ってそういうところなんだよー。まぁ、それでもお風呂に入りたい魂達が作った銭湯や温泉は結構あるから、また余裕ある時に入ればいいよー。ほら、今日は行くんでしょ?楽器屋。店の開いてる時間が三時間しかないんだから、そろそろ行くよ?」
「へー……あ、そうでした!行きましょう!」
おれは彼女に連れられて街の中へ入って行った。道中彼女は屋台で買ったタコスを半分割って与えてくれた。タコスは少し辛めで美味しかった。
「あの…女神様…ここっすか…?」
「ん?そうよ?」
目の前にあったのは、煉瓦造りの家が連なる中、藁とベニヤ板で作られたような、見るからに小さなボロ屋敷だった。何故か外壁が真っ黒に塗り込まれていて、到底天界にあるとは思えないほどの出立ちだった。表札に“マチダシティ”と書かれていた。営業者の名前なのか店の名前なのか分からないが、“街”が名前に二つ入っていることにジワジワきた。
「これ、、店?」
「え?そうだって言ってるじゃない。」
「へ、へー…。」
「入るわよー。ほらほら!」
女神はおれの背中を押した。
(カランカラン……)
「…ごめんくださーい。」
「……ああ?」
おれ達二人の客人を全くもてなす様子など見せず、レジの向こう側でギターをイジっている白髪に白髭の老人がこちらをジロリと睨んだ。
「…女神様、なんか、めっちゃ睨んでますよ…。」
「そうねー。でも、外と違って中は広くて綺麗ね!空間拡張を使ってるわね。なかなかお金のかかることをするじゃない♪」
「へー。そういうのあるんですね。確かに、さっきの外観の五倍は広そう。それに、すごく綺麗で湿度管理もされてる。」
店内を見渡すと、様々な種類のギター、ベースが飾られていて、どのヘッドにも“MDC”と書かれていた。知らないメーカーだった。二階へと続く階段の手前には“ドラムは上いけ”と書かれた看板が吊り下げられていた。
おれはギターをイジっている店主であろう老人に話しかけた。
「あのー、トータルメンテナンスとかってしてもらえますか?」
「…………。」
「あのー、すいません、、。ここのお店のギターではないんですけど。それにかなり古いもので、難しいですかね?」
「…………わからん。」
(この人ひょっとして店主ではないのか?とりあえず何気ない話でもしてみようか。まずは相手を知らなければ…。)
「…こ、ここって店内すごく綺麗ですよねー!手入れも行き届いてるし、適度な楽器の量と湿度、適度なエフェクターの量にアンプの量。小物はパッと見ただけで必要最低限のものが取り揃えられていて、なんていうか、理想の楽器屋ですよ!」
(これだけお世辞を言えばなにかしら返事が…)
「知らん。」
(っ…!駄目だ、話にならない…)
「ま、まぁー、外から見たらとてもじゃないけど、楽器屋には見えませんけどねー。わざわざあんな真っ黒な店構えにしなくても!」
少し苛々して嫌味を言ってしまった。
「………じゃ。」
「はい?」
「……わしの趣味じゃ…。」
なぜかその老人は手を止めて顔を赤らめていた。どこか嬉しそうだった。
「はは、、。女神様、どうしますか?」
「まぁまぁ。面白いじゃない、なかなか!あはは♪」
(ガタッ…!)
「め、女神様じゃと!??こ、この声は…!」
老人は急に大きな声を出して立ち上がり頭を下げた。
「こ、こ、これは!!!ミミック様!!飛んだ無礼を致しました!!私めもひとり商売の故、あまり周りと交流することができず、会話がどうも苦手に……。」
「あはは!いいのだよ!君は君らしくで。でも、君だったんだね?シティエスト君。“気難しい男”だなんて評判になっているよ?相変わらずだねー!」
「も、申し訳ございませんミミック様!もう私めには何十年も前から楽器しか友人はおりませんもので…純粋な木達と向き合っていると、どうにも人付き合いができなくなりますな…。」
この二人のやりとりを見る限り、おれの横にいるこの女性は確かに女神なんだろう。微かに残っていた疑念がここで消えた。
「まぁ、君は木が友人であり恋人みたいなものだからね!また私に手配できるものがあったらいつでも言っておくれ!」
「有難いお言葉です…もう女神様には充分過ぎるほど、資材や機械を頂戴致しましたのにも関わらず、はーありがたや〜!」
男は、女神に向かって手を擦り付けながら頭を深く下げ、“どうぞごゆっくりと。”と一言だけ付け加えた後、また元通りにギターをイジり始めた。
彼に聞き取られない距離に離れて女神に質問した。
「女神様女神様、あの人は?」
「ん?あー、彼はシティエストという元地球人だよ。前世で木材管理の仕事をしながら趣味のギター製作に励んでいたんだ。そして、仕事を辞めて念願のギターショップをオープンさせた四日後に、夜中に起こった大規模テロに巻き込まれて…店が火事になったんだ…。彼は店内にあったギターを助け出すために燃え盛る炎の中に飛び込んで、そのままこっちの世界へ来たんだよ…。」
「…辛いですね、。」
「そうだね…戦争とかテロが起こったりすると、急にこっちへ来る魂の量が増えるんだ。魂達はみんな自分が死んだことをここで初めて知って、始めは誰もが落ち込むんだよ、自分が死んだことに対して。……その中でも一際泣き崩れていたのがシティエストだった。彼は自分が死んだことよりも、“自分の生み出した大切なギター達を守ってやれなかった”とずっと泣いていたんだ。」
「……。」
「彼はその数日後に来世へ向かおうとしていたから…これはあんまり良くないだけど、私が止めたんだ。“こっちで思う存分やりなよ”って。それで彼の必要なものを私が手配したりしたんだ。まさかあれからずっとギターを作り続けるなんて思っていなかったけどね。」
「…そうですか。ならあの人は、本当に楽器が好きなんですね…。」
おれはまた彼の方へ近づいた。
「あの、シティエストさん。僕にも大切なギターがありまして、お気持ちはわk…」
「知らん。」
「あの、僕はね?あなたのことを…」
「お前のギターはわしが作ったもんじゃない。そんな他所もん知るか。」
「…こ、の、やろー!!いい気になるなよジジイ!!!」
「なんじゃー!?お前こそ!女神様と仲良さげに話しよって!!!いい気になるな!!」
おれとクソジジイはレジ越しに顔を近づけて睨み合った。
「はぁ?!別に仲良さげでもないわい!勘違いすんなよ!ってか、そのなりでなにジェラシー感じてんだよ!あの人におれは呼び出されたんだよ!」
「!?“あの人”じゃと!この大馬鹿もんが!!!言葉を慎め!!“人”と“神”を一緒にする奴がおるか!!!なぜお前のようなクソガキがコープランドに来れるんじゃ!??お前なんぞ地獄に堕ちてしまえ!!」
「まーまー!二人とも!!ほら、ヒビキ!今日は用事あるんでしょ?!これ!」
女神は空間からレスポールを取り出しておれに渡した。昨日ボルガライスを食べた後、少しだけ埃を払ったんだが、しつこい汚れや各所の錆が気になる。
「はぁはぁ……はい、そうでしたね。おい、じじ……シティエストさん、これは女神様から譲り受けたギターなんですけど、トータルメンテナンスお願いできますか!?」
おれは少し睨みつけるようにしてレジの上にレスポールを置いた。
「ハァハァ……なんじゃと?女神様から?チッ…なんて贅沢な………ん?おまえ、これは……!」
「…へ?」
「め、女神様…!!!これを誰から?!」
「…ハハハー。本人だよー。」
彼女は取り繕うように笑いながら少し棒読みでそう言った。
「本人ですと!!???まさか……?!!」
「……あの、ギターひとつで何をそんな真剣な顔してるんすか?ふたりとも。それに本人って誰?」
二人は何か言い辛そうな顔をしていた。おれはどこか居心地が悪くて言葉を続けた。
「あー、“名前を言ってはいけないあの人”みたいなのがいるんすか?この世界に。地球にも魔法学校の映画でそういう……」
「この馬鹿たれ!そんな話じゃない!少し黙っとれ!!」
場を和ませようとした発言が、火に油を注いだようだった。
「………女神様、コレはわしには到底触れない代物でございます。どうか、お引き取りを…。」
「えー?良いじゃない!気にせずサクサクっと、なんちゃらメンテしてあげてよ!」
「……そんなサクサクっとなど……。」
「楽器屋なんて滅多にないし、きっとこのコープランドの中で誰よりもギターを愛してるのはあなたよ?」
「………そこまで仰るなら…………おい小僧。」
「小僧ってほどの歳でもないっすよ。」
「中身が小僧なんじゃよお前は。…このギターの持ち主はお前じゃな?」
「あー、まあそうなりますね。」
「トータルメンテナンスはしてやる。」
「まじすか?!助かります!!」
「ただし!料金はいただくぞ?」
「そりゃー勿論!今は手持ちないんで、取りに来る時にどうにかしようかなーなんて。」
「…3000カーズ。」
「ん???」
「メンテナンス料金、3000カーズじゃ。」
女神が割り込んできた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!そんなにかかるの?!だって、ちょこっとメンテナンスするだけでしょ?!」
「……ミミック様。この件はいくら女神様の願いと言えど聞き入れられませんな。……これは、とんでもないギターです。歴史も、闇も深い。これを軽々しく触れるのは貴女とここに来たばかりの其奴だけです。…それに錆が至る所に侵食しているし、金属の劣化も見える。損傷もなかなか多い。ですが、金属はさすが天界製ですな。1,000年以上経ってコレくらいのダメージで済んでいる。わしは、出来るだけこのパーツを入れ替えずにメンテナンスしようと思っております。…それにはかなりの時間と労力が必要です。そして、貴女が連れてきたこの男の本気の気持ちも、わしは見たく思います。このギターは生半可な気持ちで触ってはいけません。」
「へ?おれっすか?わかんないですけど、昨日それ弾きましたよ?すごく手に馴染みました!弦錆びまくってるのに音の鳴りは良いんですよねー。」
「……め、女神様……こんな軽い男に……このギターを………わしは…わしは…。」
シティエストは酷く落胆していた。
「まぁまぁ、シティエスト君。…君がそう言うならそれで手を打つわ。でも、ひとつだけ条件があるの。」
「条件とな?」
「今私の横にいる軽い男には、働く手段がないの。それに、お金も君達と違って支給されない。つまりね、そのギターだけがこの子の稼ぐことのできる唯一の手段だったのよ。それを取り上げられたら3000カーズどころか、1ロゼスも稼げないわ。そこで、それをメンテナンスしている間、代替品を貸して欲しいのよ。君が作ったギターを彼に貸してあげて欲しいの。それと、出来ればその、あんぷとかいうスピーカーも!」
「…むむ…こやつに貸すのは癪ではありますが、女神様の頼みとあらば仕方ありませんな…。」
「あ、じゃあエフェクターもちょこっと貸してもらえると…」
「図に乗るでないわ!お前の言うことなぞ聞かん!」
「そ、そんなに睨まなくても…はは…。」
「……お前の好みの音は。」
「えっと…ハム系のマロい感じ?まぁ、弾き語りとかも考えたら音の鳴りの良さも考えてセミアコの335とか。ああいう木の鳴りが感じられるエレキの方が好き、かな。アンプは、20Wもあれば充分かと。素直な音が出るアンプが好きですね。」
「…ふん!一丁前に言いよるわい!ちょっと待っとれ!」
老人は奥に姿を消した。3分後、ギターのハードケースと小さいアンプを持って帰ってきた。
「ほれ、これじゃ。売りもんじゃないが、わしのお気に入りの335タイプじゃ。…全くもって嫌な偶然じゃが、わしもお前と同じ音が好みでな…。」
(ガチャ…)
ハードケースを開けると中には綺麗な黒の335タイプが入っていた。ヘッドにはまた店内にあるギター達と同じメーカー名が刻まれていた。
「おー。かっこいいー!…あの、シティエストさん、この“MDC”ってメーカーっ、もしかして、、」
「わしのオリジナルブランドじゃ。」
「すご…この店内にあるもの、全部?」
「そうじゃ、アンプやピックも、ドラムセットもじゃ。最近シンセサイザーと電子パッドも作ったぞ?」
「なんで1900年代に亡くなった人がそんなものまで知ってんだよ…。」
「ホホホ、現世のことは新聞や雑誌なんかでも知れるわい。少しお金を出せば地球用テレビもあるしの。」
「そんなものまで…はは。で、このMDCって、“マチダシティ”とかいう店名から?」
「……そんなややこしいことせんわい。」
「はい?じゃあ何の略?」
「……“ミミック様 大好き クラブ”の略じゃ。」
「えぇ……。」
「引くでない!このギターの黒はな、女神様の髪の色に合わせたものなんじゃ。これが一番よく再現できておる。」
「えぇ………気持ち悪っ。…確かに、言われてみればこの店、やけに黒色の楽器が多いな。ってことは、外装の黒もそれかよ……爺さんって女神さんのファン?」
「ばか!“様”を付けんか!“様”を!!ファンなんぞヌルいわ。信者じゃ!猛烈な信者じゃ!」
「うわ、ますます気持ちわりぃ…」
「………お前それ以上言うと貸してやらんからな?」
「あははー。ヤッター女神様と同じ色のギターだー。」
「そうじゃ!それで良いのじゃよー!小僧!」
店内をウロついていた女神が近くに寄ってきた。
「ん?おー良かったねー!かっこいいじゃん!私の持ってたやつより少し大きいねー。…え?なに?私と同じ髪色のギターだって?…気持ち悪っ!何それ!」
そう言ってまた店内をフラフラと歩いていった。
シティエストはショックを隠しきれない様子だ。
「あ、、あの、ところで、これ、アンプに電源ケーブルとかシールドとかもないですけど、、。」
「……ん?あぁ、わしが天界で作っているものは基本ワイヤレスじゃよ…。電源は天界の大気にあるエネルギーと太陽から取り入れて充電しとるから、今から充電せずに弾いても100時間は弾けるぞ…。まぁ、勝手に充電されるがな…。シールドは、お前が念じればそのまま電波がアンプに行くようになっておる。大体50m位までなら離れても平気じゃ……。シールドはないこともないが、あまり作らんのでの。。……ピック?カポ?そんなのは好きなものを持っていけ……もう帰ってくれ。わしは今ひとりになりたいんじゃ……。」
女神の空間バッグに機材を入れて店を出た。
「いやー、すごい沢山貸してくれたねー!あのギターも早く直ると良いなー♪それにしても、シティエスト君はなんで最後あんなに背中を丸めて震えてたのよ?」
「……女神様、たまにはシティエストさんの顔を見に行ってやってくださいね。」
「???」
「…ところで!メンテナンス料金のこと色々話してましたけど、結局いくらくらいですか?おれはよく三万とか、特別な取り替えあった時は八万とかもありましたけど、それで言ったら高くてもコープランドなら、一万円、、えっと、1,000ロゼス?くらいですか?」
「3000カーズよ。言っておくけど、私は貸すつもりはないからね?シティエスト君も、君の本気を見たがっていたし、余計な優しさは無用ね。」
「3000カーズ?ロゼスより高いんですか?」
「10,000ロゼスが1カーズよ。」
「ん??んーー…え?」
「そうよ。」
「うそ?」
「ほんと♪」
「3,000万ロゼス?!!!」
「そ!つまり、日本で言うところの三億円なり♪」
「なんで勝手にOKしてんだよ!アホかあんた!!」
「神に向かってアホとはなんだ!少しはシティエスト君を見習いなさい!」
「あんな変態ジジイ見習うか!!!」
おれはただギターのメンテナンスを出しただけで、三億円の負債を抱えることになってしまった。返す当てはもう音楽しかない。
お読みいただきありがとうございます。
今回のタイトルはフィッシュライフさんの楽曲から拝借致しました。
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とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。
これからも『それでも尚、神に媚びる』よろしくお願い致します。




