陛下の関心
緊張し過ぎて涙目になったモアが恐る恐る声を掛ける。
「あ、あの……陛下にお目通りで、できます、でしょうか?」
突然、馬車の横で浮遊する者が現れ、黒い馬車の御者が目を見開いて驚きの声を上げた。
「な、何者だ……っ!?」
驚愕する御者に、モアは慌てて両手を左右に振って名乗る。
「お、驚かせてしまい申し訳ありません! 私は、国境騎士団の隊長のモアと申します! そ、その、陛下にお話があってですね……」
しどろもどろになりながら説明をしようとするモアに、御者もどう対応して良いか分からずに頷いたり口を開閉したりしている。その状況を見て、すぐに自分も傍へ移動した。
「失礼します。先ほど陛下と戦わせていただきました、フィディック学院のアオイと申します。今、陛下は……」
モアの隣から顔を出して声を掛けると、御者が答える前に馬車の窓が開いた。
「先ほどから何を騒いで……おお! アオイではないか。どうしたのだ」
窓から顔を出したマッシュが私に気が付き、笑顔で用件を聞いてくる。
「すみません。古都の方へ行くのに、飛翔魔術で飛んでいった方が速いかもしれないと思いまして……」
オーウェンの要望なのだが、ややこしくなるので仕方なく自分の意見のように伝えておいた。すると、マッシュは笑みを深めて私とモアを見た。
「ほう。それは面白い話だ。それはつまり、余もそのように空を飛ぶことが出来るということか? そもそも飛翔魔術は遥か昔に失われたはずだが、魔術具で余も使えるようになるのか?」
マッシュは子供のように目を輝かせてそう聞いてきた。飛翔魔術を教えることは問題ないが、流石に時間が無い。マッシュの承認は得たものとして、私が飛翔の魔術を使うことにした。
「失礼します」
「お、おお……?」
一言だけ告げてから馬車を空中へと少しだけ浮かせる。すると、マッシュは浮遊感に驚いて声を出した。
「私が馬車ごと運びますので、馬を放してもらって良いですか?」
そう尋ねると、すぐに頷いて応じてくれた。
「う、うむ。馬を王城へ連れていけ」
「は、はは!」
御者に命じると、留め金のようなものを外していき、皮紐を手に地面へと飛び降りた。興奮する馬を落ち着けようと慌てる御者を見てから、マッシュに顔を向ける。
「ありがとうございます。一応、護衛の方々も連れていった方が良いですか?」
「む? ああ、不要だ。なにせ、この馬車には黄金の獅子が乗っておる」
マッシュがそう言って不敵な笑みを浮かべると、隣からラムゼイが顔を出した。
「この王国で屈指の戦力だ。安心せよ」
「それは間違いないですね」
ラムゼイの言葉に同意し、そう答える。確かに、この二人の場合は護衛がいる方が足手まといになってしまうかもしれない。
「それでは、お二人を馬車ごと輸送させていただきます。方向だけ教えてもらえますか?」
そう言ってオーウェン達が待つ上空まで浮遊させると、続いて私とモアも上空へと引っ張り上げられた。
「話はついたか」
「案内してもらえるとのことです」
「よくやった」
オーウェンは自分の望む方向に話が進んで上機嫌にそんなことを言う。オーウェンが嬉しそうなのは良いが、この短時間でモアがげっそりと痩せてしまった気がした。
「おお、空を飛ぶとは面白いものだな!」
マッシュが興奮した様子で飛翔魔術に対しての感想を口にする。それに馬車内でラムゼイが答えた。
「……しかし、自由に相手を飛ばすことができるというのは脅威ですな。こちらは何も抵抗することが出来ない。どんな魔術を放たれても回避することすらできないというのは……」
「む! 確かに、それはいかんな。我が国でも飛翔魔術の研究をせねばならんということか」
ラムゼイの一言に、マッシュはすぐさま飛翔の魔術の危険性に気が付き、表情を改める。その会話を聞き、変に警戒されてもいけないと思い、助力を申し出ることにした。
「それでしたら、フィディック学院で教えることもできます。是非、学びたい方がいたらフィディック学院に来てもらえたらと思います」
そう告げると、マッシュは目を丸くして私の顔を凝視する。
「……正気か? 飛翔の魔術があればヴァーテッド王国に逆らえる者はいなくなるというのに」
なにか妙なことを企んでいないかとでも思われたのだろうか。マッシュはそんなことを言い出した。それに首を左右に振って否定する。
「そんなことはしません。むしろ、全ての国の魔術の水準を上げようとしているくらいです。フィディック学院にまで来てくれたら、できる限りの協力をする予定ですよ」
マッシュの目を真正面から見据えて、正直にそう伝えてみる。マッシュはこちらの言葉を値踏みするように暫く考え込み、ようやく頷いた。
「……なるほど。変わっているとは思ったが、想像以上だったな。しかし、各国の魔術の水準を上げるという話は少々問題があるかもしれん。一度、議論はすべきであろうな」
と、マッシュは意味深な言葉を口にしたのだった。




