魔剣術
次の授業は魔剣術の授業で、教室移動だ。
広大な敷地の一区画である修練場にて行われる。
とんでもなく、大きなドーム型の修練場であり、同時に何千もの観客席が配置された決闘場でもある。
ここは、かなり歴史が古く学院創立当初から存在し改築、増築を繰り返した末に今の状態へと至ったのだ。
「気をつけ!礼!お願いします!」
天まで届かんばかりの大声。
俺たちクイントスクラスは各々が木剣を帯びて一人の教師に整列していた。
魔剣術とは自身の魔術痕や魔力を使わずに魔術器と呼ばれる魔術的武具に宿る魔力の流れを使いこなして眷獣を殺す術で、魔術痕を持たない平民でも扱えるのだ。
魔術師ではない平民がはっきりと知覚することの出来ない魔力の流れを僅かでも感じ取って操る必要があり、それは風を視覚で捉えて意のままにするようなものなのだ。
それが魔剣術。
魔術という力を持たない人たちが磨きあげ、形を成した戦う術だ。
「おし!これからよろくしくだ!!俺の名前はアルベルト•ジョーマンだ!」
そう言ってニッと笑う。
短く切り揃えられた髪に凛と覇気のある顔。
引き締められた筋肉、百九十センチはあるであろう高身長と、戦うことに適した肉体。
俗的に言えばモテそうな男だった。
アルベルトは魔剣協会が定めた階位の上から二番目『剣師』というこの国で四人しかいない称号を持つ凄腕、学院が雇うだけあるな。
「早速、二人一組になって打ち合いをしてもらう。まずは各々の実力を見せてもらいたいからな。このクラスのレベルを知りたい」
う〜〜ん、誰と組もうか?
正直、グレイス以外なら誰でもいいんが……。
どうするか悩みながら突っ立っていると、声をかけられた。
男子生徒だ。
「あの、もしかして一人ですか?」
その質問に「うん」と答えるのは癪だが、本当の事だからどうしようもない。
「ああ、一人で困ってるんだ」
俺は苦笑を浮かべて答えると、俺に話しかけてきたひょろっとした細身の男子生徒は「よかったーー」と安堵した様子だ。
「ーーー」
確かこいつはジェイドと言ったかな。
この国の首都である第一都市の貴族出身だった気がする。
そしてこいつにはーー
「お〜〜い、組む奴決まったか?」
ロイドとウィルという幼馴染がいる。
三人で行動する彼らだから一人あぶれてしまったらしい。
「あのよかったら僕と組んでくれないかな?」
「こちらこそ頼む」
特に断る理由はないし了承しておく。
「よかったぁ。あっ、まだ名前をいってなかったな。僕の名前はジェイド。出身は第一都市なんだ」
自己紹介ありがとう、知ってるんだけどね。
続いて俺も自己紹介をする。
「俺はアイト・フローラルハートだ。よろしく頼む」
出身などの個人情報は出来るだけ伏せての挨拶。
口端で笑いながら手を差し出すと、向こうも手を出して握手する。
「それじゃあ、早速やるか」
「そうだね。なら、僕が最初に打ち込みでいいかな」
「ああ、それでーー」
「ちょっと待ちなさい」
続く言葉は第三者の声で途切れる。
遠い過去に聞き馴染んでいた声。その頃より、ちょっぴり大人になって透き通った洗練されている。
声の主はグレイスだった。
綺麗に手入れされた艶のある白髪を二つの房に分けたツインテールにしている少女。
その少女は眉を吊り上げて、こちらを睨んでいる。
コワイ。
「あっ、あの何か?」
おどおどしながらジェイドはグレイスに尋ねる。
「そいつとは私が組ませてもらうわ」
何を言い出すのかと思ったら、戯けたことを。
「いや、でも僕はアイト君と組んじゃったし」
そうだそうだ言ってやれ。
というか、君をつけないでくれ、むず痒い。
別に普通のことなんだろうが、今までむさ苦しい男ばかりの職場にいたから、君をつけるような奴はいなかった。だから正直、変な感じだ。
「いいから、さっさとどきなさい」
「いや、でも」
「ぐちゃぐちゃと」
あまり口出ししない方が良いかと思っていたが、眺めてるだけじゃダメそうだ。
「悪いなグレイスさん。俺もうジェイドと組んじゃったんだ』
「何よ。この私と組みたくないってわけ?」
「そういう訳ではない。先にした約束を破るのは違うだろ」
美人は好きだけどグレイスは、流石にキツイ。
色々とあるからな。
「あまり私をイラつかせないでくれるかしら」
語気を強めるグレイスに周りの連中が、なんだなんだと集まって来てしまう。
「どうしたどうした」
「なんかあったの?」
「アクシデントか?」
「誰と誰だ?」
「クイントスのお嬢様と、ありぁ誰だ?」
どっか行け。
散れ!散ってくれ!
どれだけ、心の中で言っても意味はなく、クラスの注目を受ける。
が、そんなことは関係ないとグレイスの目は俺を捉えて離さない。
「どうした、揉め事かー?」
そうこうしているうちに、異変を察知してアルベルト先生が駆けつけた。
「私が頼んでいるのに組んでくれないのよ」
「足りねぇよ。俺はもうジェイドと組んだんだって、言ってるのにしつこいんです」
「そうなのか?」
「それはそうですが、私はアイトと組むと決めました。だから、変える気はありません」
「ほう」
聞き分けがないこいつに言ってやってくれと、アルベルト先生に期待を託す。
「なら仕方ないな。仕方ない」
「………えっと、それはどういう?」
困惑気味に尋ねる。思ってたのと違うんだが。
「戦場では、いくら言葉で要求しても無意味。叶いはしない。結局は力なのだ。力で己の望みを叶えろ」
ダメだ、こいつ。何となく言いたい事が予想できる。
「今は魔剣術の授業。魔剣術で決着をつけようじゃないか」
脳筋タイプだ。こいつに期待した俺が馬鹿だったか。
「おお〜〜!」
「これから決闘か!?」
「楽しみだ。クイントスの剣が見られるなんてラッキーね」
「相手は誰だか知らねえけど」
雰囲気が出来上がっており、覆りそうにない。
仕方ない、やるか。
「決闘というほど大袈裟なものではないがな、試合だよ。決闘のように誇りとか意地とか、そういうのを守るためではないからね」
それを耳に入れながら、無言で歩く。
俺とグレイスは互いに向かいあって立つ。
それを囲うようにクラスメイト達が、見物している。中には、ジェイドやロイド、ウィルもいた。
「そういえば、まだ名前聞いてなかったな?」
「私はグレイス・クイントスです」
「アイト・フローラルハート」
「ほぅ、君があのクイントスのね。そして、すまんな。初めて聞いた名前だ」
「大丈夫です。気にしませんから」
失敬失敬と申し訳なさそうにアルベルト先生は笑う。
流石にそりゃそうだ。
クイントスの名には負ける。
無表情で答える俺を捉えながらーー
「ボコボコにしてあげるわ」
まるで肉食獣のような笑みを浮かべて言う。
俺もそれに応えるように、ふっと笑う。
「負ける気はない」
騎士として。
ごちゃごちゃ言ってきたが、どんな試合になるか実は少しだけ楽しみだ。
強者と戦う機会は、あまりないからな。
惜しむらくは、全力ではないことだろう。
アイリスにかけられた痕跡封印魔術は魔力と身体能力に制限をかける術であり、これにより今の俺の戦闘能力は術をかけられる前と比べて大幅に落ちている。
目立たず無難に学校生活を送るなら、変に力をセーブするより、こうしてしまった方が楽だ。
それに出来る奴か出来ない奴かは分かる人には分かるからな。
「今は全力でやる」
小さな声で呟く。
今の制限された俺では全力でやってもクイントスの人間であるグレイスには万が一でも勝てない。
それでも全力でやる事に意味があるとアイリスも言ってたからな。
「両者構えろ」
「「………………」」
互いに腰に差していた木剣を抜く。
この木剣は学校からの真新しい支給品のため、傷や欠けているなどの不備はない。
俺は大上段の構え、グレイスは正眼の構えをとる。
アルベルト先生が息を吸い込み勢いよくーー
「試合開始!」
「シッーーー」
開始の合図と同時に一気に走る。
グレイスとの距離を埋めて大上段から振り下ろす。
が、それをグレイスは木剣で受け止める。
だろうな。
グレイス・クイントス。
『剣聖の魔術痕』を継承する家系。
そして初代剣聖は俺が今在籍するクイントスクラスの由来となった英雄だ。
ルーツは『勇者一行』とは異なるものの、引けを取らない強さを誇る。
剣聖の魔術痕が持つ魔術は殆どが不明。何となく初代剣聖の英雄譚で知れる事が出来るが、それでも推測の域を出ない。
ただ、一つ俺だけが知っているものとして『剣の寵愛』というものがある。
これは状態付与の魔術で剣を装備していれば、あらゆる攻撃に反応し戦闘中の戦いで有利に働く。
これだけでも異常なのに同レベルの魔術が、あと複数あるだろう。
しかし、いま警戒すべきは魔術ではなくグレイス・クイントス個人の剣の腕だ。
「ハッーー」
横一閃。
これも避けられる。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハァッーーー」
「………………」
木剣を何度も何度も打ち込むも、グレイスは俺の剣筋を見切って無言で受け止める。
正直、勝ち筋が全く見えない。
だが、攻め続けるしか道はない。
グレイスに攻撃を許してしまえば、一気に流れを持って行かれて、そのまま負ける事が目に見えている。
つまり、攻撃は最大の防御だ。
「ガッー」「ッキー」「ーー!」「カンッー」「シュー」「ーー!」「キンー」
何回も切り結ぶも、避けられるか受け止められる。
明らかに身体が重い。
痕跡封印魔術による現状の身体能力と今まで出来ていた動きの擦り合わせがなってない。
「フッーー」
小さく息を吐き出すと共に俺を吹き飛ばす。
思いっきり後方に飛ばされた俺は着地すると、その勢いのままにもう一度、斬りかかる。
グレイスは腰を落として抜刀の構えをして迎え撃つ。
「ハッーー」
「フッーー」
右上から左下に振り下ろす木剣と左下から右上に振り上げられる木剣が交差する。
「ガァギィッーー」
激しくぶつかり合い、俺の木剣だけが欠ける。
グレイスの方が剣の扱いが上手という事だ。
「グッーー」「………ーー」
木剣と木剣の鍔迫り合い。
グレイスは涼しい顔をしている。
こんな細い身体で、どこからこれだけの力が出てくるのか。
対する俺は全力を出しているが、それでも押し返されそうだ。
十秒程状況は停滞していたが、不意に動き出す。
「ハアッーー」
グレイスの声と共に木剣からの力が更に強くなる。
それに耐えられず、一瞬よろけてしまう。
すぐに体勢を立て直すが、その隙を見逃す訳がなくグレイスが猛攻撃を仕掛ける。
上下右左の全方位からの木剣に対応するので精一杯。
一旦距離をとる。
が、そうはさせてくれない。
俺の動きまでグレイスの思いのままになっている。
「………………ーーー」
淡々と木剣を振る。
完全に流れを掌握されている。
「ッチーー」
何か逆転の一手を。
考えても浮かばなずーー
「ガンーー」
そんな音が修練場に響く。
俺の木剣が半ばから折れる。
決着は劇的な何かがある訳ではなく静かに終わる。
一拍の静けさ、次いでワッーーーーー!!という歓声が上がる。
俺たちの試合を見ていたクラスメイトは口々に「どっちもすげーー!」や「あの二人ヤバすぎる!!」だの賞賛の言葉を並べる。
それを複雑な気持ちで聞いていると聞き逃せないような事を耳にした。
「クイントスさん一歩も動いてなかったよな」
誰が言ったかは知らないが、俺はすぐに確認した。
グレイスが立つ位置。俺が立っていた位置。
確かにグレイスは俺との試合で一歩も動いていなかった。
「良い試合をありがとう!この二人に盛大な拍手を。いや〜〜本当に凄かった。今年の一年はレベルが違うなぁ。俺も鍛え直さないとな!」
アルベルト先生が冗談混じりに言うとクラス中が笑う。
が、そんなものは耳に入らない。
ただただ悔しかった。




