事件へと誘う二通の手紙
朝霧に覆われる世界を東から昇る太陽の光が、静かに溶かす。
空を見上げれば漆黒の夜空は徐々に、白ばみ始めていた。
あと数時間すれば蒼穹へと変わるだろう。
半分ほど開けた窓から暖かな風が入り込み、ベットに眠る俺の頬を優しく撫ぜる。
温暖な太陽光と適度に涼しい風が、本当に心地よい。
日々の疲れもあって、眠りは深かった。
しかし、そんな穏やかな眠りは、個人部屋にある固定電話のベルによって妨げられる。
「チリチリチリチリチリチリ」
「………っス」
すぐに眠りから覚醒すると、隣の部屋の迷惑にならないように、ワンコールで受話器を手に取る。
「も゛し も゛し」
寝起きで声が掠れていたが、電話をかけてきた相手にはご容赦願いた。
「お早よう、私だ。お前の愛しいアイリスだ」
受話器越しに凛とした声がする。
アイリスはクールな見た目から生真面目のような印象を受けるが、意外と冗談なんかも言ったりする。
俺は机に置いてある懐中時計を見ながら返答する。
ーー6時30分
「こんな朝早くにどうしたんだ?もう少し寝たいんだが」
「ふん。うるさい腑抜けめ。
どうせこの2、3日休みで、十分に休息は取ってるだろ」
アイリスは呆れたように言う。
事件の療養という名目で俺とグレイスは4日ほど休みを与えられた。
だから、墓参りなんかも人が少ないであろう真昼を狙った。
「そうだなぁ、12時に家に来てくれ。これは強制だ」
「はいはい、わかったよ。もういいか?俺は二度寝するぞ。アイリスもあんまり仕事ばっかやってると、老けるぞ」
「うるさい、バカモンが。二度寝でもなんでもしろ」
「ふっ」
俺もアイリスもラフに話す。
仕事の内容で呼び出されている訳ではないと理解しているからだ。
もし、仕事の内容だったら手帳の方で知らせてくるからな。
俺は一言軽口を交わし合って受話器を置くとベットにダイブして目を閉じる。
………………。
………………………………。
………………………………………………。
半分ほど開けた窓から暑苦しい風が入り込み、ベットに眠る俺の頬を舐める。
燦々な太陽光とそれに熱せられた風が、本当に心地悪い。
「んっつ、、ん」
汗ばむ体を不愉快に思い目を覚ます。
ベットに横になりながら、背中に手を伸ばす。シャツは汗でびしゃびしゃに汚れていた。
まだまだ寝足りないと思い、三度寝を敢行しようと思っていたが、これでは無理だ。
観念してベットから立ち上がり、ふと何となしに机に置いた懐中時計を見ると10時50分を指し示していた。
「ーーーッい!」
ここからグレイス邸宅まで1時間程度。
全力で走れば40分だ。
今すぐ行けば間に合うかも知れない。
でも、この寝汗まみれの体でアイリスに会える訳ない。普通に叱られそうだ。
アイリスは、かなり身だしなみに厳しい。
一緒に暮らしていた時なんて、その事でしょっちゅう怒られていた。
その時、よく鉄拳制裁でシメラレタナァア。
………………………嫌なことを思い出した。
兎にも角にも、急がなければ。
「はぁ」
俺は一つため息をして寮部屋に備え付けられている浴場に足を踏み入れた。
15分ほどで準備を整えると俺は寮を後にした。
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煉瓦造りの街並みの中、学院の制服に身を包んで走る。
あまり全力で走っても、せっかく正した身なりが崩れてしまう為、配慮はしているが其ればかりでは間に合いそうにない。
何回か民家の屋根を伝って近道をしていた。
「だいぶ馴染んできたな」
俺は身に着けた制服を見下ろして適当にぼやく。
今までは軍服やスーツなどの年齢よりも背伸びした装いをしていたが、学院に入ってからは年相応の制服を着ている。
最初は、ずっと着ていた事もあって、そっちの方が似合うと思っていたが、着てみるとこれが意外と似合うと自分でも思う。
「まぁ、アイリスは似合わないと言いそうだが」
と言うか、そんな詰まらない事を考える余裕があるとは……。
意外と追い詰められてないなと小さく笑って屋根を走る。
それから、50分ほど走ると時間ピッタリにアイリスの邸宅に辿り着いた。
門を開け、まるで自分の家かのようにリラックスした足取りで当主執務室へと足を運び、扉を開く。
「遅い。いつまで私を待たせる気だ」
すると、この邸宅の主人が不機嫌な様子で俺を迎えた。
その様は、上司が部下に叱るというよりも、どちらかと言えば待ち合わせに遅れた友人に怒るような感じだ。
壁に立て掛けられていた時計を見てみると12時5分だった。
この家は、家主が在住する期間よりも空ける方が長い癖に無駄に広い為か、この部屋に来るまでに5分ほどかかってしまったのだろう。
申し訳ない、のだがーー
「5分くらいなら、多めに見てくれよ。
こっちは急に呼び出したんだから」
「ハァア、学生の身分になってかなり気が緩んでいるわね、戯け者。
忘れたのかしら?
私がそんな甘っちょろい事許すわけないでしょ。罰として腕立て伏せ千回」
これ見よがしにため息をすると、とんでもない事を言ってきた。
アイリスは意外と脳筋でもあるからなぁ。
「おいおい、何だそれ重すぎるだろ。絶対やらねぇからな」
「君は私の弟子なのよ。
弟子は黙って師匠の言う事を聞いていればいいのよ。
いい、弟子は師匠の奴隷のようなものなんだから」
酷すぎる。
もう少し格を上げてくれ。
「ああ、でも今やられると鬱陶しいから、後で適当にやっときなさい」
「はい」
アイリスに頭が上がる訳もなく、ただ頷くのみ。
「それで?どうして俺を呼んだんだ?
手帳からはないって事は、プライベートで何かあったか?」
「う〜ん、と言っても無関係ではないのよね。半々といった感じだ」
「ふ〜〜ん」
「そうだな、君を呼んだのはお遣いを頼みたくてね。
でも、それをお願いする前に君には知っておいて欲しいことがあるんだ」
「なんだよ身構えるじゃねぇか」
「ふふ、といっても大したものではないよ。
近衛騎士団宛に血闘祭選抜戦に合わせてラフォール魔術学院学院長殺害予告が来てね。
それを受け、騎士団としてはレイとサリンジャーを護衛に学院に派遣する事になったんだ」
「大変そうだな」
アイリスから告げられた内容に果たして俺は、ごく自然に日常会話のように流す。
暗殺、テロ、凶悪犯罪、違法薬物、カルト教団、そんなこの国の悪を凝らしたようなものばかり目にしてきた。のだ。
実際、俺にとっては殺害予告程度はは日常茶飯事だ。
そればかりか、マシな方だ。事前に教えてくれるんだから。
「人選も妥当か」
話に出てきたレイとサリンジャーは近衛騎士団の中では二番目、三番目に若い(勿論、最年少は俺だ)。
「二人ともまだ若造だからな。学院に馴染みやすいだろ」
「お前何様だよ。一応二人とも年上だぞ」
呆れたようにアイリスはツッコむ。
「いや、俺の方が騎士歴は長いからな。やっぱそこら辺はシビアにやらないと後輩に舐められちまう」
「なんでもいいけど、仲良くしろよ」
「分かってるよ。
それで?その殺害予告には俺はノータッチでいいのか?」
「うん。君は今回普通に学校行事を楽しんでくれればいい」
「OKだ。俺は青春してるぜ」
「ふふふ、なんだかんだ言って、君も学校を楽しんでるじゃないか」
「なんだよ、悪いかよ」
照れくさくなって、反抗期の息子みたいな返答になってしまった。
俺とアイリスの関係なら間違ってないような気もするが。
………気を取り直して、話を本題に戻す。
「で、その殺害予告がどう俺がここに呼ばれるのに関係するんだ?」
「ここからは、もう直ぐだよ。これを二人に届けて欲しいんだ」
アイリスは机の引き出しを開けると二通の手紙を取り出して、机に置く。
「これを二人に届けて欲しいの」
あの二人に会うのか。
嫌ではない。嫌ではないんだけど。
あの二人は疲れるんだよな。キャラが濃すぎて。
話したら話したでおもろいけど。
でも、それでもーー
「届ける必要あるかなぁ。別にアイリスが呼べばいいんじゃないかな?
上司なんだし」
「それこそ嫌よ。あいつら汚いんだもの」
「それは………あはは」
その通り過ぎて、愛想笑いを浮かべる。
でも、だからと言ってーー
「俺もヤダよ」
「そこをお願いだ。お前にしか頼めないんだ」
手のひらを合わせ、片目を瞑り懇願するアイリス。
冷静沈着で時には豪放磊落な彼女が見せる、庇護欲を唆るような可愛らしい仕草であった。
たまに、こういうのするからなアイリスは………。
「はぁ〜〜わかったよ。頼まれてやるよ」
アイリスにお願いされて断れる訳がない俺は、了承していた。




