黒の襲撃者
試合が終わりフィールドから出ると試合を観ていた観客が出口の前に群がっていた。
観客たちはみな一様に、賞賛の言葉を口にしていた。
「すげぇよ」「ああ、凄かった」「なんだよ、あの射撃。百発百中じゃねえか坊主」「それにそれに、動きもだよ。あの距離で全部の弾を避けるなんて、信じられないよお姉ちゃん」
「ガンゲーム研究会に入らないか?お願いだ!」「君たちが入会してくれれば戦力向上するから」「ええ、あなたたち二人ならすぐにスタメンになれるわ」
途中からガンゲーム研究会のメンバーも加わり勧誘を受ける。
それにより群れの熱がさらにヒートアップする。
俺もグレイスもガンゲーム研究会に入るつもりはない。
というか研究会自体、入るつもりはない。そんな俺らからしたら、熱心に勧誘してくれるのは嬉しいが、ハッキリ言うと迷惑だった。
「あっああ」
ああ、ダメだ。このままだと押しつぶされる。
そう悟った俺とグレイスはアイコンタクトして群れから抜け出すと、申し訳ないと思いながら、俺たちはその場から逃げた。
………。
………………。
目的地も決めずに逃げてきた俺たちは、何か合図をした訳でもなく何となく、ちょっとした学院の広場でお互い足を止めた。
「あー疲れた。身体を動かしてお腹すいたわ、何かない?」
「あそこのアイスなんてどうだ」
グレイスのワガママを叶えようとあたりを見回すと、広場の傍に丁度あった露店のアイスを提案する。
グレイスは一言、「アリね」と言って露店に小走りした。
俺はベンチに座って待つ。
「………」
仰ぎ見ると空は夕焼け色だ。
沈みゆく太陽の光で生まれる雲の影がオレンジ色の空に黒く差す。
それが俺には怖かった。
敵が人ならば負けない。
絶対の自信。
俺より強い奴なんていくらでもいる。
俺を殺せる奴なんて山ほどいる。
だが、俺は負けない。どれだけ傷つけられ、殺されたとしても、心は屈さない。
心が折れなければ負けではない。
だから、俺は人には負けない。
「待たせたわね」
グレイスの声で思考が現実に引き戻される。
露店は誰一人並んでいなかったからか一、二分で戻って来た。
露店から戻って来たグレイスの両手にはアイスが握られてい、右手に持っていた物を俺に差し出す。
「俺に?」
「ええ」
「意外と優しいんだな」
「ふん、優しさじゃないわ。
義理よ、義理。
今日は色々と連れ回したから、そのお礼。
だから、変な思い違いするんじゃないわよ」
グレイスはそっぽを向いて早口で捲し立てる。
俺はそれを半分も聞かずにアイスを食べていた。
「美味い。ストロベリーか。
俺ストロベリー大好きなんだ」
アイスの心地よい冷たさに、ストロベリー特有の甘味と酸味のハーモニーが混じり合い、最高を引き出している。
ちなみにグレイスはチョコ味だった。
ふと、隣を見ると手が止まっていた。
「…………」
「どうした手が止まって。
あんま美味しくなかったか?交換してやろうか?」
「…………いいえ、大丈夫よ。美味しいわ。それより、気に入ってもらえて何よりよ」
グレイスは物憂げな表情で俺を見ていたが気を取り直す。
俺もそれには追求せず話題を変えた。
「それにしても、研究会も色々あるなぁ」
「王国一の魔術学校だもの、そういうところでも一番よ」
「ほんとな。多分だけど、あそこもだよな」
奥に見える低い建物を指差す。
あれが五号館だ。
五号館には教師が運営する研究会の研究室が入っている。
生徒が自主的に運営する研究会と教師が運営する研究会で違いはなくカテゴリーは同じだが、後者の方が堅い。
恐らくだが、五号館の空気は四号館のように緩くはないだろう。
「今日はいろんな研究会を見て来たが、グレイスはどこか入るのか?」
「まさか。私はそんな暇人じゃないわ」
「暇人て、またバッサリと。好きな講師に付いてより深く魔術を学べるのではないか?」
「うるさいわね。私もやる事があるのよ」
「ふ〜ん」
「そういえば、ラフォールの噂聞いたことある?」
「噂?そんなのあるのか?ラフォールに」
まぁ、ラフォールも歴史があるからな、噂の一つや二つあっても不思議じゃないか。
「ええ」
「へぇ〜〜教えてくれよ」
納得して内容を聞き出す。
「ええっと確か、五号館にある研究室は1番研究室から10番研究室までしかないんだけど、実はもう一つ0番研究室っていうのが存在するっていう噂よ」
「それだけ?」
「何よ、文句あるっていうの?」
「いや………」
文句っていうか。
「しょぼいなって思って」
「私に言われても知らないわよ。友達から教えてもらったんだもの。
でも、私も弱いなって思うわ」
「ふっ、だろ」
ベンチで駄弁っていると不意にゴーーーンと鐘の音が鳴る。
これは学院の時計塔の鐘の音、十八時を知らす音だった。
「もう、こんな時間ね。そろそろ、帰りましょう」
「ああ、俺は寮生活だが、グレイスは家の人が心配するしな」
ベンチから立ち上がり校門へ向かった。
############
俺とグレイスは別々の帰路のため校門の前で別れた。
日は完全に落ち夜空には静々と輝く月に、それを囲むように光る星々が瞬く。
その下で赤い煉瓦造りの道や建物の街並み、それを行き交う人々に混じる。
月や星では照らし切れないところも等間隔に設置された街灯が代わりになる。
「また明日、か」
グレイスの口からその言葉を何年振りに聞いただろうか。
その懐かしい一言が温かく心に染み渡る。しかしその熱はすぐに冷め今度は消えない毒へと変わる。
ただの別れの挨拶が頭の中をリフレインして侵す。
ーーだから、気づかなかった。
ーーその変化に。
「………っ」
小さく息を呑む。
無人。
先程まで俺は確かに人通りのある道を歩いていた。
それが、今では誰一人として認知できない。
今は夜だから昼に比べて人通りが少ないのは当たり前だが、それにしても早いすぎる気がする。
まだ、深夜ではないのだ。
何百年も前ならば納得出来るが、今の時代電気がある。
電気が発明された事により、人類は闇を克服した。
結果、闇を恐れる必要がなく人間の活動時間を大幅に伸びたのだ。
だから、人が「ただ」いないのではなく、「何か」がある。
それに、ゴーストタウンに紛れ込んでしまったかのように、人の生気を感じられない。
こんな状況は自然ではありえない。
しかし、アイトには思い当たるものがあった。
「人避けの結界、か」
俺も迂闊だな。
こんな罠のまんまとハマるとは、鈍ってるな。
このような体たらくではすぐ死ぬぞ。
もっと、しっかりしなくては。
己への罵倒はここまでにして。
「誰だお前」
前方に立つ黒尽くめの男に警戒心を孕んだ声をかける。
「………………」
返答はない。
黒尽くめの男がこれを仕掛けて来た張本人かは知らないが、明確に殺気を放っていた。
そして、それは実行に移される。
男はおもむろに掌を俺に向けると魔術陣が展開される。
それを見て俺はヤバいと思い、すぐさま剣を抜く。
「ーーッと」
魔法陣によって生まれた不可視の刃が俺の首へと一直線に飛んで来た。
それを抜いた剣でギリギリ弾く。
不可視の刃はそのまま建物の壁を切り裂き消滅する。
「どこの誰だか知らないが、危ないだろ」
黒尽くめの男は俺の言葉を聞く訳もなく、不可視の刃を放つ。
もちろんタダでやられる気はない、俺は建物の陰に隠れてそれをやり過ごす。
黒尽くめの男が使った魔術を思い出す。
分類的には風を使用した魔術だろう。
それ自体は何の特徴もない没個性だが、奴の恐ろしい所は魔法陣の展開から起動がとんでもなく速い。
凄まじい練度だ。
故に奴は強い。
だが、奴が強かろうが関係ない、ここで身を隠していても何も状況は変わらない。
それに、猟奇殺人事件の犯人か関係者かもしれない。
それが向こうから俺の前に現れてくれるなんて幸運を逃す手はない。
「お前を潰す!!」
声を荒げて陰から飛び出と一気に加速。
黒尽くめの男との距離を詰める。
見た感じ黒尽くめの男には武器を持ってるようには見えない。隠し持っている風にも思えない。
ならば、ここは戦況を近接戦闘に持っていくべきだ。
ただ、可能性として近接用の魔術を使用してくる事もあり得るが、奴が魔術を「展開・起動」するよりも、先に俺の方が速く斬る。
黒尽くめの男はそれをさせない為に、さっきよりも展開する魔法陣の数を格段に増やしていた。
展開された魔法陣は道をびっしりと埋めつくほどだ。
数はおよそ五十。
その数を全速力で走りながら対処するのは困難だと見切りをつけ、一度止まる。
それら魔法陣が同じタイミングで起動し、そこから不可視の刃が発射される。
飛来する刃を視認することは出来ないが、俺は耳で感じ取っていた。
「グァッ!!」
裂帛の気合い。
四方八方から迫り来る凶刃を剣と己一つで弾く斬る弾く弾く弾く斬る斬る斬る………と繰り返し、防ぎきった。
が、黒尽くめの男は再度、同じ数魔法陣を展開していた。
「チィ!」
これではジリ貧だと思い、魔法陣の攻撃範囲からの脱出を考え、建物の壁を駆け上がり屋根へと出る。
煉瓦の屋根を踏み締めた際にガキっと音が鳴る。
黒尽くめの男は無駄だと思ったのか、展開していた魔法陣を消す。
奴は今いる位置を微動だにせず、フード越しに俺を見る。
今のところ、正体が全く掴めない。
「なぁ、お前が猟奇殺人の犯人か?」
聞いていると思わず尋ねたが、意外にも返答があった。
「だったら、どうする?」
答えとも言えない言葉。どちらかといえば、煽りに近かったのかもしれない。
「ふん」
ゴチャゴチャ会話する必要はないか。
当初と変わらず、俺が今すべき事はコイツを捕える事だ。
身体を低くし剣を構えて、気合いを入れ直す。
「ハァ!!」
屋根から飛び降りる。
しかし、どれだけ気合いを入れたところで、何も考えずに行けば不可視の刃で蜂の巣にされる。
故に俺は身体の表面に魔力を張り巡らす。
これは魔術でも何でもなく、ただの戦闘技術。
身体に流れる魔力を駆使する魔術師用格闘術の一種だった。
「っぐう!?」
黒尽くめの男は、あいも変わらず不可視の刃を放つが、今の俺には効果はない。
不可視の刃は確実に俺の身体に命中しているが、全く意に介さない俺に情け無い声を上げる。
俺は黒尽くめの男の前に着地するとーー
「ふンッ」
剣を振り上げ首の皮一枚で寸止めする。
「なぜ、止める?」
「お前は猟奇殺人に関係していそうだからな。殺しはしない」
「舐められたものだ。俺をここで殺しておかないと、後で大勢の人が死ぬぞ」
「言ってろ、お前はこれから豚箱行きだ。
その前に、まずは眠ってもらうがな」
剣を逆手持ちに変え、首に柄を当てようとした、その時剣の柄に銃弾がぶち当たり剣を飛ばされる。
それに遅れてパァッンと一際甲高く銃声が鳴る。
「クソが」
剣が飛ばされた先へと、よそ見をしているうちに、黒尽くめの男は俺の鳩尾に拳を叩き込む。
「うグっ」
思わず身体が、くの字に曲がるが一瞬で立て直す。
剣を拾うのはやめて、黒尽くめの男を逃さないように目で追うが、その時にはすでに遅く、屋根つたいに逃げ去っていった。
意味のない事だと分かりながらも、弾道を読みスナイパーがいたであろう場所を予測して、見てみるも、誰もいなかった。
「…………」
戦闘の影響によって、崩れボロボロになった道に無言で佇む。
一、二分そうしていると、雨がポツポツと降りだし、次第に大降りへと変わる。
この日は、憂鬱な気分で幕を閉じだ。




