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騎士と魔女の誓約  作者: 泉伊織
学院の殺人鬼
14/20

壁外

読んで頂きありがとうございます

 グレイスと研究会巡りをし、その帰りに黒尽くめの男に襲撃された日の翌日、放課後。

 俺はアイリスの邸宅に、報告に行った。

 その際に俺は、アイリスに疑問に思ったことを話した。

 黒尽くめの男は何故、俺だけを襲ったのかという事だ。

 襲撃を受けた後、俺は黒尽くめの男の正体を何の確証もなく、猟奇殺人の殺人犯だと考えた。

 もちろん、裏付けで導き出したものではないから、確かな証拠が見つかれば、すぐに捨てられる柔軟性を持つ必要がある中で、しかし取り敢えず、今持つ情報の中で、一番可能性のある敵と無理くり繋ぎ合わせる事も大切だと思う。

 敵が正体不明である方が怖いからだ。

 そういう訳で、猟奇殺人犯の犯行時間に現場に居合わせていた俺を消す為というのなら、襲われた理由に納得できる。

 だがもう一人、同じ時間、同じ場所にいたグレイスは狙われていない。

 それが俺は分からなかったし、当たり前だがアイリスから答えは得られなかった。

 その後結局、黒尽くめの男から再度、襲撃されることはなく、猟奇殺人犯が捕まる事は出来なかった。


 ーーそして、それから二週間が経った。


 俺たちクイントスクラスはフィーガの門の前に集められていた。

 ほんの二週間前には猟奇殺人があったというのに、今ではその影も形もない。

 今日は結界外実習の日だった。

 これから、自然秩序の埒外にいる獣が、跳梁跋扈する壁の外に出る。

 その事に対する恐怖はあるが、それで足を止めることはない。

 俺は、あの時よりも、全てにおいて強くなった。

 と、ちょうどドレイクが現れた。

 ドレイクは整列した俺たちの前に、簡易的な壇を置くと、その上に立つ。


「これより、結界外実習を説明する。

 と言っても、難しい事は何も無い。

 君たちには、眷属払いの術が記録された魔鉱石を持ち、門を出て北に位置するフォルテクスの森へ向かう。

 森の中央に設置された祠にある札を回収し、門に戻る。

 たった、これだけだ」


 楽勝だろう、とドレイクは事もなげに言う。

 しかし、全然簡単なことでは無い。

 壁の外を歩くという事は、とんでもないストレスがかかるだろう。

 この国に住む者ならば、壁の外は未知で恐ろしい物だと寝物語で聞かされ、根源的恐怖として根付いているのだ。

 故に、ただ歩くだけでも、とんでもない精神力を必要とされる。

 それを軍人でも騎士でもない、ただの学生にラフォールの教育は経験させるとは、これをハイレベルと言っていいのか、果たして悩みどころだ。


「はい、アイトくん」


 前に並んでいるジェイドから、魔鉱石を渡される。

 受け取った瞬間、何か違和感を感じたが、それよりもたまたま視界に入ったジェイドの手に移った。

 ジェイドの手はは、震えていた。


「あはは、ちょっと緊張してきた」


 それを恥じるかのように、パッと手をひっこめる。

 俺はジェイドの肩に手を置くとーー


「心配するな」


 ただ一言だけ言葉をかけた。


「そうだよ!恐れる必要はない!」

「ああ。それにもしもの時は俺たちがいる。四人で助け合おう」


 ロイドとウィルが続く。

 ひとまずは落ち着いたのか、ジェイドは「うん」と頷いた。


「よし。

 魔鉱石は行き渡ったな。

 何か、質問がある者はいるか?質問を受けられるのは、今のうちだぞ」


 手は挙がらない。

 ドレイクは全体を一度見渡して、小さく頷く。


「それではこれから、結界外実習を行う!

 開門!」


 ドレイクの言葉に反応して、重く堅い鉄扉は少しずつ動き出し、地獄の門は開いた。

 扉の先には、草原が広がっていた。

 結界を出る第一歩をドレイクは踏む。

 それにクラスメイトたちは列になって続いた。

 外へ出る一歩を踏めれば、二歩、三歩は勝手に足が動く。

 クラスメイト達は皆一様に緊張した面持ちで歩いていたが、グレイスだけは違っていた。

 グレイスは悠々と優雅に歩いていた。

 これには流石に、俺も驚いた。

 俺たち全員が結界の外に出たのを確認すると、扉は早々に閉じられた。

 数分歩き、草原の中間に着いた。

 きた道を振り返ってみると、壁上では結界師達が手を振っていた。

 それの応える余裕が、ある訳ないだろと思っていたが、一人いた。


「おおーーい!!」


 グレイスは大きく振り返していた。


「クイントス、静かにしろ!」


 ドレイクに叱られていた。


 ################


 俺たちクイントスクラス一行はフォルテクスの森の中を歩いていた。

 青々と高く生える木々たちが陽の光を遮る事により、森の中は日中にもかかわらず、夜のように暗い。

 その中を歩いていた。

 木々の根が露出した地面は歩きにくい。


「おい、見ろあれ」


 驚愕の感情を含んだ声をあげながら、ウィルは指差さす。

 その先には、何百年も前に建てられたであろう小屋があった。

 小屋は何百年という時の流れで、屋根は崩れ、壁には蔦が巻き付いていた。

 小屋の周囲だけ、時間が遅く流れているように感じる。


「………すげ」

「そうだね」


 ロイドとジェイドも呟く。

 あの小屋に、昔は誰かが住んでいたんだろうか。

 この古ぼけた小屋は、ここでは何も特別ではない。

 でも、俺には古ぼけただけの小屋が、理由も分からずに、神秘的に映った。

 俺はここの連中よりも、長く多く結界の外に赴いている。だから、このような景色は見慣れている筈なのに、何故だか惹きつけられていた。


「気のせいか」


 結界の外には、この国が魔女から呪いをかけられる以前の建物が多く存在する。

 そういう遺跡を調査する仕事もあったりする。


「いきましょう。アイトくん」

「ああ」


 いつの間にか、立ち止まっていた足を動かす。

 思考を切り替える。

 いつまでも、気を取られてはダメだ。

 例え、眷属払いの魔鉱石を持っていたとしても、気の抜いていい場所ではない事を身をもって知っているのだから。

 ………。

 …………………。

 ………………………………。

 小屋を見てから二、三十分程経過した。

 クラスメイトの連中は良くも悪くも、結界外にいるという事に慣れ始め、表情も大分弛緩してきた。

 今の所、眷属に遭遇する気配や産まれ落ちる気配もない。

 ポケットに入れた魔鉱石を触る。

 魔鉱石が正常に作動している証拠だ。


「全体、止まれ!到着だ」


 列の先頭から声が聞こえた。

 一時間程時間をかけて、俺たちは森の空き地へと辿り着いた。

 そして空き地の中央には、小さく祠があった。

 鳥瞰すれば、深い森の中で、ここは風穴のようにポッカリと空いるだろう。そのおかげか、太陽の光が溢れんばかりに降り注がれていた。


「よく、ここまで来た。これが札だ」


 そういって、無表情にドレイクは目的の札を掲げる。


「あとは帰るだけだ。

 といっても、疲れただろう。

 十五分ほど、ここで休憩をとる」


 その言葉を聞くと、皆一斉に地面に倒れ込む。

 俺も手近な岩に座る。

 ここまで何のアクシデントもなく来れた事に、小さく安堵する。

 結界外では何が起きても不思議ではないからな。


「………」


 周囲を見回す。

 クラスメイトたちは、はあはあと肩で息をしていた。

 数キロを歩くという、たったそれだけの事で、こうもへばってしまう。

 恐怖と戦っているのだ。

 それも仕方ない。


「意外と余裕そうね」


 しかし、想像通り一人そうではない者がいた。

 グレイスは髪をかき上げながら来た。


「どっちが」


 余裕があるやつしか、そんな動きしねえよ。

 グレイスは無断で俺の隣に座った。

 横にいるグレイスを流し見る。

 ハーフアップにした白髪は一切乱れておらず、汗をかいている様子は皆無。

 表情に緊張感や手指、肩に震えは見られない。

 これが、剣聖の一族の血と教育の結果なのか、ただ肝が太いのか。

 ま、それを知る由はない。


「暇だわ」


 隣でグレイスがぼやく。

 なんか、だんだん肝が太いのではなく、頭がおかしいのではないかと思い出してきた。


「何よ、なんか文句あるの?」


 どうやら、その思いが顔に出てたらしい。グレイスに指摘された。


「別に……すごいなーって思っただけだ」

「言い方がムカつくわ」


 そりゃ心が、こもってないからな。


「…………」

「…………」


 すぐに立ち去ると思ったが、グレイスは隣に座り続けていた。

 俺は気まずくなり、漠然とあった疑問を話の種として浮上させる。


「グレイスはここが、壁外が恐くはないのか?」


 壁外は地獄だ。

 壁外に安寧の土地などはない。

 あるのは、ヒトに牙を剥く、もはや自然秩序へと格上げされた魔女の呪いのみだ。

 呪いによって草木や土地は、汚染され食べ物は生まれない。

 また、呪いにより、眷属の母胎となした自然は、四方八方、何処からでも『眷属』を生み出し、ヒトを喰い殺すために何処までも追いかけてくる。

 よしんば、この眷属払いの魔鉱石を持っていようが、神の加護には酷く劣るものだ。

 もし、眷属から逃げ切り、食料を確保出来たとしても、その過程でヒトを捨てる。

 壁外にヒトの文明や法律、常識は通用せず、他人の目は届かない。

 眷属のみならず自分との戦いも強いられる。

 ヒトとしての尊厳ある生など、壁外には存在しない。

 故に、ヒトは簡単に狂える。

 俺たちは今、そんな地獄の中を歩いてきたのだ。

 俺は疑問を口にして、確かなものへと変わる。


「う〜〜ん。恐いとか恐くないとか、どうでもいい」


 返答は、その程度のものだった。

 しかし、俺はこの返答から、幼い頃のグレイスを思い出す。

 幼少期のグレイスはどうでもいい、なんて言葉を使うような奴ではなかった。

 グレイスも良くも悪くも変化していた。


「どうでもいいって……淡白だな」

「だって、ほんとにそうなんだもん。

 所詮、壁の外だろうと内だろうと、やる事は変わらないわ。

 戦って、戦って、戦い続ける。

 それだけよ」


 それが、『どうでもいい』の真理。

 グレイスは恐怖とか不安とか、そういう低次元の話をしていなかったのだ。

 俺の中で、言い知れない感情の起伏があった。

 力の強弱ではなく、精神はもはや、戦士と言える。

 この真理を得るために、グレイスは一歩ずつ、一つずつ己を磨き続けたのだろう事が、容易に想像できた。


「さすが脳筋。恐いもの無しか」


 口の端を吊り上げて言う。


「それ褒め言葉?私のこと馬鹿にしてるでしょ?」

「まさか、クイントスの令嬢に、そんな無礼な事は出来る訳がない」

「あんた実は性悪なんじゃないの?」


 目尻を吊り上げて言うが、すぐに意地の悪い笑顔に変えて、グレイスは俺に近づき、俺の懐に手を突っ込むとーー


「性悪野郎には、こうだ」


 俺が懐に隠していたパンを引き抜いた。


「てめ、なにしやがる、返せ。それは、俺が途中で食おうとしてたやつだ」

「いやいや、朝ごはんをちゃんと食べてきなさいよ。普通に行儀が悪いわよ。それでも貴族?」

「うるせぇ。俺は育ち盛りなんだよ」


 俺は取り返そうすると、ドレイクから号令がかかった。


「集合!」

読んで頂きありがとうございます

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