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後宮青月妃伝 ―IF―  作者: ヴィルヘルミナ


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◆ 助命の嘆願

 冷たい感触に目を開くとユーエンの膝の上で抱きかかえられていた。水でぬらされた布が気持ち良い。私たちがいるのは岩場の日陰になった場所で、馬車からは少し離れている。


「カズハ様……良かった……」

 微笑んだユーエンが私を抱きしめる。力が強すぎて少し苦しく感じても、ユーエンが無事だったことが嬉しくてほっとする。


「……ユーエン、怪我は大丈夫? 痛くない?」

「大丈夫です。ほら」

 斬られた袖から見えていた傷は、綺麗に消え去っていた。


「ユーエンがいきなり剣なんて出すから、びっくりしちゃった」

「カズハ様もいきなり剣を出したので驚きました」

 額を寄せて、二人で笑い合う。何が起きたのか自分でもよくわからないけれど、ユーエンの怪我が治って本当に良かった。


「あの剣、いつも持ってるの?」

「外出時には持っています。後宮にいる時には別の武器を持っています」

 月宮に帰ったら見せてくれると約束した後、支えられて立ち上がる。


 私がいる場所から馬車を中心にしてちょうど反対側に襲撃した三十名近い男たちが捕らえられていた。縄で手を縛られて項垂れて座る姿は痛々しい。


「あの人たち、どうなるの?」

「……それは……」

 ユーエンが言葉を濁す。皇帝の妃を襲撃した罪は重いだろう。牢屋に入れられるのか、それとも処刑されてしまうのか。


「せっかく助かったのに……」

 白い光は、あの場所に倒れていた人も酷い怪我をした人もすべて癒した。処刑する為に助けた訳じゃない。



 土煙を上げながら十数頭の黒い馬が岩場を駆けて来た。先頭の馬に乗るのは兵隊長のレイシン。金茶色の短髪に緑の瞳、黒い装束に包まれた二メートル近い精悍な姿は遠くからでも目立つ。素早く降りた馬を兵士に預け、私の方へと歩いてくる。


「青月妃様、お久しぶりです」

 レイシンが膝を着いて礼をして、駆け付けた兵士たちも同じ礼をする。屈強な男たちに跪かれるのは、物凄くいたたまれない。


「あのっ! そのっ! 跪かないで下さいっ! お願いっ!」

 動揺しながらお願いすると、レイシンと兵士たちが顔を見合わせて苦笑しながら立ち上がった。


「お元気になられたようですね。先日とは表情が違います」

 レイシンが明るい笑顔を見せた。言われてみれば確かにそうだったもしれない。村から帝都までの道行の間、私はずっと緊張感に包まれていて同行する兵士と話す機会もなく、お礼を言うのが精一杯だった。


 レイシンの指の合図で黒ずくめの装束を着た兵士たちが散っていった。捕らえられた者たちの方へ向かう者、馬車や馬の様子を見に行く者と様々で、その動きは無駄がなく統率されている雰囲気を漂わせている。


「……ダメだってわかってるんですが、あの人たち、何とか助けることはできませんか?」

 声を潜めて聞くと、レイシンは厳しい表情で考え込んだ。


「自分を襲撃した者に慈悲ですか。……再び同じ者たちに襲撃されるかもしれないという覚悟をお持ちですか?」

 自分の命を賭けるだけの価値はあるかとレイシンは重ねて問う。


「はい。私が真の青月妃であることを、あの人たちに示しました。それでも襲撃するというのなら仕方ありません」

 本当は怖い。目にした悲惨な光景は一生忘れる事はできないだろう。今度は血を流して倒れるのは自分かもしれない。


「示した? どうやって?」

「〝華蝶の簪〟が不思議な剣になりました。それを見て、皆は戦いを止めました」

 レイシンの視線は簪へと向けられる。簪から声がしたというのは緊急時における幻聴かもしれないので黙っておこうと決めた。実際、今は簪の声は聞こえない。


「……皇帝陛下の月妃を襲撃した男は死罪と決められています。貴女が皇帝陛下に助命の嘆願書をお書きになり、それが認められれば助けられる可能性はあります」

 過去にも月妃が皇帝に嘆願して助けた例はあったとレイシンは言う。


「すぐに月宮に戻って嘆願書を書きます」

「……青月妃様、貴女が優しい心根の持ち主だとはわかっておりますが、国の為には厳しい決断をしなければならないこともあると覚悟をお持ちください」

 皇帝を支える妻であるはずの私の考えは甘いと、言われたような気がした。それでも、一度口にしたことは撤回したくない。私が助けた命を無駄にしたくないだけ。思いを込めてレイシンの厳しい緑色の目を真っすぐに見ていると、その表情がふっと緩んだ。


「今回は私も嘆願書を書くことに致します。助けられるかどうかはわかりませんが、出来得る限りのことは致しましょう」

 優しい笑顔になったレイシンが、私に約束してくれた。



 突貫で修繕された馬車で月宮に戻ったのは深夜になってからだった。お風呂に入って汚れた体を綺麗にしてから、私は嘆願書の制作に取り掛かった。


「お疲れなのですから、明日でもよろしいのでは……」

 苦笑しながら、ユーエンがお茶とお菓子を用意してくれる。蒸して温められたお饅頭が美味しい。後宮にはない甘い甘い庶民のお菓子。


「私が呑気に寝てる間に、処刑されちゃったとか嫌だもの」

 確かに体は疲れていて布団に入ればすぐに寝てしまうかもしれない。でも、神経は高ぶっている。


 万年筆を持って文面を考える。宰相から過去の助命嘆願書の例文をもらって来るというユーエンの提案は辞退した。


「えーっと。最初に嘆願書って書いて、それから……」

 ユーエンから嘆願書のフォーマットを聞いて、自分の言葉で内容を書いていく。


「私は殺されなかったので……んー。ちょっと弱いかなー。……〝華蝶の簪〟を見て改心したので……これも違う」

 何十通りもの文面を書いて、ユーエンが一番に選んだものを翻訳してもらう。


「最後に署名、ね。……できたー!」

 書き上がったのは、夜が明ける直前だった。暗い夜空がほんのりと青色に染まっていくのが窓から見える。


「お疲れさまでした。すぐに宰相に届けてきますので、先にお眠り下さい」

 ユーエンを玄関先まで見送ると主張したのに、寝台へ放り込まれて睡魔に負けた。


「いってきます。……カズハ」

「いってらっしゃい。ユーエン」

 眠りにつく直前に交わした言葉のせいなのか、元の世界でスーツを着たユーエンが仕事へ行くのを見送る夢を見た。

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