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後宮青月妃伝 ―IF―  作者: ヴィルヘルミナ


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◇ 簪の真の姿

 大きく揺れた馬車が傾いていた。馬のいななきと兵士たちの怒鳴り声が聞こえる。

「何が起きたの?」

「矢を射かけられたようです。鍵を掛けて、ここにいて下さい」

「何をするの!?」

 矢? 強盗か何かだろうか。窓に鎧戸を降ろし、被り布を脱ぎ捨てたユーエンの表情は緊張感に溢れている。


「馬車の女を殺せ!」

 外から聞こえた叫びの意味が一瞬遅れて頭の中に入ってきた。狙われているのは私。硬直した体をユーエンが強く抱きしめる。


「必ず護ります。馬車に護りの魔法を掛けますから安心してください」

 ユーエンはそう言って微笑んだ後、馬車から飛び出した。両手に短い剣のような物を持っていたように見えた。


 あの剣で戦うつもりなのだろうか。男たちの叫びと剣戟の音が響き渡る。

 暗闇の中、体が震える。後宮の妃が争って互いに毒や異物を仕込んだり、刺客を送るなんて漫画か小説の世界だけだと思っていた。


 鎧戸のせいで窓は暗く閉ざされていて外は見えない。馬車の周囲は妙に静かで怒号や剣戟の音は遠い。


 私はユーエンの言葉を思い返していた。ユーエンは魔法が使えるのだろうか。この異世界には魔法使いはいないと思っていたけど、この簪だって不思議な力で出来ている。


 自分の不甲斐なさが悔しい。ユーエンのように剣を持って戦うこともできない。ただ震えて助けられるのを待っているだけなんて、嫌。


 力が欲しい。この状況を変えるだけの力が。

 護られるだけの存在ではいたくない。


 私がこの世界に呼ばれた理由があるなら知りたい。

 

 強く願った途端に〝華蝶の簪〟から紫の光が溢れた。

『我を手に取れ』

 何の声なのか全く理解できないけれど、私は簪を引き抜いた。


「何、これ……」

 手の中の簪の花が開き、激しい雷光のような光を纏う。見る間に光は激しさを増し、馬車の中を風を伴って暴れ回る。


「嘘っ!?」

 強い風で髪が乱れ、まばゆい光が暴れ回る。がたがたと音を立てて、馬車の傾きが真っすぐになった。

『我の姿を民に示せ。真の青月妃よ』

 何が起きているのかわからない。この不思議な簪の力を見せて、私が青月妃だと知らせれば戦いを止められるだろうか。


『迷う時間はないぞ!』

 鍵を掛けていた筈の馬車の扉が開いて、外の音が流れ込んできた。

 剣戟の音と何かが当たる音は矢だろうか。ユーエンと馬車の護衛の兵士たちと賊が戦っているのだろう。初めて聞く音が怖い。


『怯むな! 願え、己が望む未来を!』

 声が私を叱咤する。……望む未来は戦いを止めて、ユーエンを護ること。覚悟を決めて歯を食いしばれば、震えが止まった。


「わかった!」

 勢いをつけて扉から出て、横についた梯子を登って馬車の屋根に立つ。

 周囲の光景は酷いものだった。血を流し倒れたまま動かない者、腕や脚が無くなっている者が地面でのたうち、立っているのは泥と血まみれになって斬り合う者ばかり。木や草には血が飛び散り、体の一部が転がっている。


「嘘……何、これ……」

 私がこの戦いを止められるなんて思えない。

『この世界では、願いは力だ。できると信じよ』

 声は私を支える。私に射かけられた矢が紫の光で焼かれた。大丈夫。私はこの〝華蝶の簪〟に、そしてリョウメイに護られている。


「戦いを止めなさい!」

 私の声は周囲に響いた。喧騒が一瞬で静寂へと変わり、戦っていた者たちが手を止めて視線を向ける。


『我を天にかざせ』

 声に指示されるままに簪を空に向けると、紫の光に包まれた簪が一振りの剣に変化した。あれは何だと口々に男たちが叫ぶ。


「私は真の青月妃! 天に逆らう者は覚悟を持って剣を取れ!」

 剣から発する紫の雷光が私を包み、周囲には嵐のように風が吹く。皆、信じられないものを見ているという表情。


 弓を持ち、矢をつがえていた男たちが最初に弓矢を捨てた。賊も兵士も関係なく、次々と剣や武器を捨てて膝を着く。


 誰もが跪く中、一人走り寄ってきたのはユーエンだった。赤銅色の髪もクリーム色の装束も血にまみれている。大きく破れた袖の下には酷い傷が見えた。


『望むなら、お前の力を使って傷を癒すこともできる』

 私の力と言われても全くわからない。それでも不思議な声にすがるしかない。


 掲げていた剣を胸に抱き、癒しを願うと嵐のように吹き荒れていた風がぴたりと止んだ。


「お願い」

 ユーエンの酷い傷を治して欲しい。今の私の願いはそれだけ。

 私の胸の奥から温かな白い光が沸き上がり、広がっていく。


 それは不思議な光景だった。優しい光が周囲を包むと敵味方関係なく流された血が消え、傷が癒されていく。傷つき倒れていた者たちも、起き上がって自分の体を確認している。

 何が起こっているのか、私にも全くわからない。ただ、皆が助かったのならそれでいいと思う。


「良かった……」

 安堵と同時に貧血のような症状が体に起きた。指の先、脚の先、髪の先から力が抜けていく。世界が回っているような眩暈がする。


 跳躍したユーエンが馬車の上に着地して、倒れようとしていた私を抱き止めた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫。……ユーエンが無事で良かった……」

 いつも護られるだけの私が、ユーエンを護ることができて本当に嬉しい。


 剣が元の簪に戻り、私はユーエンの腕の中で意識を失った。

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