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おまけその二 数年後

「オムライスオムライスオムライス……」

「おやこどんおやこどんおやこどん……」


 リーゼロッテと、リーゼロッテによく似た子どもがそれぞれ好みの料理を呟きながら厨房の出入り口にへばり付いている。ヴィートの前には鶏肉や玉子、玉ねぎと次々に用意されていく。未だにどちらの料理か分からない状態だ。


「おむらいすがたべたいなんてまだまだこどもですね、かあさま」

「トマトの酸味を嫌うなんてまだまだお子様ね、ヴォルフ」


 両者互いににらみ合い、譲らない。ぷっくりとしたほっぺを膨らませる生意気そうな子供の顔を見て、リーゼロッテは思わず笑ってしまった。ヴォルフガングはますます機嫌を悪くしてリーゼロッテに食って掛かる。


「もうこどもじゃないもん」

「はいはい、私は大人ですから。あなたの母親ですから」

「二人ともテーブルについてお行儀よく待っていて。じゃないと、飯、抜きかなー」


 二人は驚愕の表情を浮かべ、慌てて食堂に戻り席に着いた。まだ調理前なのだから席に着く必要は無かったのだがきちんと姿勢を正しじっと座って待つ。一応料理人も雇われているのだが、休暇中であったりする時はヴィートが作るのがいつもの風景だ。使用人たちの分も大量に作る為、ストレス解消にもなるらしい。


 街は瞬く間に復興し、二人の間には子供が生まれ、あっという間に数年が経った。ヴォルフガングと名付けられたその男の子は、リーゼロッテと同じ髪の色をしている。正式にリーゼロッテが伯爵を継ぎ、領地を治め、学び、子育てを並行して行うのはとても大変だった。支えてくれる人が多いから頑張れる。自分も誰かの支えになれていればいいと願ってきた。平和な世の中、ゆっくりとバイオリンを弾けるのはとても喜ばしい事だ。


 ヴィートに音楽の才能が無いように、リーゼロッテには料理の才能が皆無だった。爆発、炎上、劇物の製作は冒険者時代だったらきっと武器になったと力説するが、厨房には出入り禁止となった。逆に、ヴィートの料理に興味津々のヴォルフガングは大人しくしていることを条件に料理の様子を間近で見ている。


 親子で厨房に立つ姿は微笑ましい。ヴォルフには自分の好きな事をのびのびとやってほしいと、戸口にへばり付きながら思うリーゼロッテ。


「かあさま、ひとりでりょうりしてみた、たべてー」

「はいはい、あら美味し……え、これあなた一人で作ったの?父様と一緒に作ったのではなくて?」

「いや、一応危なくない様に見て居ただけなんだ。もしかして次代ガルム伯の才能は料理、か?」


 またしても形に残らない才能に、夫婦二人して顔を見合わせる。誰が演奏しても効果の出る作曲をしておいて良かったと思うリーゼロッテ。ヴィートは微妙な顔をしながら思いを巡らせる。


「料理で封印される悪魔の類なんて――――――ムスタならされそうだな」

「そう言えばそうね。今頃どうしているのかしら」


 ムスタと揺蕩う城の目撃情報は、ユヌ族経由でギルドに入ってきた。詳細は分からないが孤児を引き取り歌姫に育て上げる計画を企んでいるらしい。「子供が夜に歌を歌うとムスタが来るよ」と言う情報が隣国では迷信として出回っているそうだ。


 最近になってフォレスタに家族で遊びに行った。リックとアルフレッドは以前よりも大人びていて、ギルド職員としてもバリバリ働いていた。ヴォルフガングを紹介すると驚きつつも抱き上げてほっぺたをつついている。


「小っちゃいリーゼロッテみてー」

「俺らはお前の母様の仲間だったんだぞ」

「なかまっておともだち?」


 意外にもあやすのがうまい二人にヴォルフガングを預け、スヴェンやシエラ達には結婚式に招待できなかったことを夫婦共々謝る。


「かなりお世話になったのに、本当にすまなかった」

「こっちもそれどころではなかったからな。仕方がない」


 依頼が溜まりに溜まっていて手ごろな冒険者も現れず、皆で手分けして解決していたらしい。アビッソ周辺に冒険者たちが集まった結果の事なので謝っても謝り切れない。


 ヴォルフガングがシエラをじーっと見ている。きらきらしたおめめで少しはにかむようにしてずっと見ている。視線に気づいたシエラが微笑みながらどうしたの?と尋ねると、大きな声で爆弾発言を投下した。


「しえらさん、ぼくのおよめさんになってくださいっ」


 あらあらとシエラは頬に片手を当て、困ったように首を傾げながらスヴェンを見ている。事態を飲み込んだスヴェンは真っ赤になって怒った。


「おい、両親っちゃんと子守しとけっ」

「支部長、大人げないですよー」

「職員も増えて差支えが無くなったと言うのに、未だに進展が無いのはどうかと思いますがね。支部長ももういい齢でしょう」


 ノーラとクレフがどうどうとスヴェンを宥める。リーゼロッテとヴィートは親馬鹿状態になっていた。


「シエラさんが私の義理の娘になるわけですか。楽しい生活が送れそうですね。その齢で女性を見る目があるなんてすごいわ」

「種族の違いを理由にのらりくらりしている誰かさんと違って、男らしくて偉いぞ。ヴォルフ」


 両親に褒められてえへへと照れるヴォルフガング。うがーと叫ぶスヴェンの声がフォレスタギルド内に響き渡った。





「かあさま、こもりうたうたって」

「父様に歌ってもらいなさい」


 リーゼロッテが枕元でそう言うとヴォルフガングは眉毛をハの字にして泣きそうな顔で言った。


「……とうさまにうたってもらったよるは、とってもこわいゆめをみるからいやだ」


 ヴィートはとても音痴で、リーゼロッテのバイオリンよりも破壊力があるかもしれない。普段はそこそこいい声で話しているのに、歌うとなるとどこから発声しているのか悪魔の叫び声のような歌になる。ヴィートが歌いだすと耳が駄目になっては叶わないと本能で失神するので、リーゼロッテは聞いた事が無い。


「かあさまも、もしかしてへたなの?なら、ぼくがまんするけど」


 歌うのはアデライード。でも、リーゼロッテに強制する者はもういない。自分の母がしたようにバイオリンを子守歌代わりに弾くことは出来る。けれど―――


 静かな夜に聞こえる優しく澄んだ歌声。声量を目一杯まで上げる舞台の歌とは違う、只一人の為の愛情が込められた子守唄。

 初めて聞くリーゼロッテの歌声に、別室で書類を読んでいたヴィートはヴァナルと共に聞き入っている。聞いてみたいと思った事はあったが、絶対にそれを口にはしなかった。頑なに拒むのを近くで見て来たから、本人が歌いたいと思うのをずっと待っていた。


「ようやく、乗り越えられたのかな」


 ヴィートが問うとヴァナルは片眉を上げて答える。


「リーゼロッテニハ、モウシワケナイコトヲシタ。コレデヤットユルサレタキガスル」


 ヴァナルが継母を黙認していたことを謝ろうとすれば、それがたとえ自分の望まぬことであってもリーゼロッテは心配を掛けまいと歌っていただろう。楽しそうに歌っているように見えた。自分が忙しくて屋敷に取り残されるリーゼロッテの気持ちなんて気づかなかった。悔やんでも悔やみきれない。


 リーゼロッテの成長を見守ってあげられなかった分、ヴァナルはヴォルフガングの傍にいる。両親の忙しさを理解できるとても我慢強い子だ。自分の寿命がどれほどのものか知らないが、出来るだけ長くあることを願う。


 アビッソの夜は更けていく。静かに、穏やかに。

ヴォルフガングが勝手に動いてくれました。四、五歳くらいを想定してます。

「リーゼロッテは歌わない」これにて最終回となります。有難うございました。

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