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四十六話


『可哀想に、こんなに顔を赤くして。苦しいかい、リーゼロッテ』

『あなた、今日は重要な会談なのでしょう。早く行かないと遅れるわよ』

『でも……ああ、出来る事なら代わってやりたいよ』


 両親が心配そうに熱にうかされる幼いリーゼロッテの顔を覗き込む。母親が額に手を当て、冷水で湿らせたタオルを乗せる。いつまでも離れない父親を母親が窘めるが、一向に出て行こうとはしない。のどの痛みを我慢しながらリーゼロッテは声を出した。


『とうさま、わたしがんばってげんきになるからねてるあいだにおしごといって』

『リーゼロッテ……』

『げんきになったらいっしょにあそべるようにおしごとをすませて。でもさみしいからはやくかえってきてね。」

『わかった。リーゼロッテのためにも頑張ってくるよ』


 父親はリーゼロッテの頭を一撫でし、モミジのように小さな手を軽く握ってから部屋を出て行った。リーゼロッテと同じ赤紫色の髪を持つ母親は、掛かっていた布団を寒く無いようにと首元まで引き上げる。


『偉いわ、リーゼロッテ。その年にして男のやる気を引き出すなんて、流石私の娘ね』

『がんばれば、とうさまみたいにいいひとみつかる?』

『ええ、もちろんよ。リーゼロッテを大切にしてくれる人。見つかったら、リーゼロッテもその人を大切にしなくてはダメよ』


 母子の他愛ない会話にしては、父親の前では出来ない話題ではある。父親と入れ替わるようにして侍女が一人部屋に入ってきた。苦い薬と水差しとコップをベッドの横のテーブルに置きながら、母親に話しかけている。


『奥様も、風邪が移らない様に別の部屋へどうぞ』

『あら、それではリーゼロッテが一人ぼっちになってしまうわ』

『私が見てますから、大丈夫ですよ』

『……それでは、私が一人ぼっちになってしまうわ』


 父親以上に強情に離れようとはしない母親。二人の愛情がとても嬉しかったが侍女の言うとおり移してしまっては心配だ。


『かあさま、ばいおりんひいて。そしたらべつのおへやでもさみしくないから。かあさまもわたしにきかせているとおもえば、さみしくないでしょう?』

『そう……そうね、分かったわ』


 母親も部屋を出て行き、侍女も食器を片付けに厨房へ向かった。リーゼロッテ一人が取り残されたが、やがてバイオリンの優しい音色が聞こえてくる。熱で潤んだ瞳を閉じれば、涙が一筋零れて行った。


 ―――これは、夢だ。あまりにも優しすぎて、失った今となってはとても残酷な。子供らしく両親に傍に居てと泣き喚けば良かっただろうか。でも、もう、どうすることも出来ない。




 目が覚めると、リーゼロッテは全く見たことのない部屋の中にいた。フォレスタの宿屋とも、砦の宿舎とも違う部屋。ぼうっとした頭を少し動かして視界をずらせば、窓際に座って書類を呼んでいるヴィートの姿が見える。白いカーテン越しの淡い日の光の中、椅子に足を組んで座り傍らにヴァナルを横に寝そべらせている姿はまるで一枚の絵のようにリーゼロッテの瞳に映った。

 声を、掛けられなかった。言葉を発すればまるで夢の中の両親のように消えてしまう気がして、リーゼロッテはまばたきをせずにその光景を見つめる。

 やがてヴァナルが気付き、そのままリーゼロッテの方へ走り寄ってきた。動きを目で追ったヴィートもリーゼロッテの目覚めに気付く。


「具合はどうだい?」

「頭が少しぼうっとして……私、大人の姿になってますか?」


 起き上がりながら、途中で声に違和感を感じてヴィートに尋ねる。布団から出ている腕は伸び、ヴァナルを撫でる手のひらはいつもよりも大きくなっていた。


「覚えているかな、君は交渉の最中に矢を射られたんだ。痛みは、無い?」


 その瞬間と共に恐怖を思い出してリーゼロッテの顔は少し引きつった顔になる。どのあたりだったか、記憶を思い出しながら肩の辺りを探った。いつの間にか病人用の簡素な服に着替えさせられている。サイズは勿論大人サイズ。

 肩をそうっと回すが引きつるような感覚もない。


「今は、ありません」

「良かった。魔法による治療が為されたんだけど、疲れも有ったのか熱を出して三日ほど寝込んでいたよ」


 ヴィートはリーゼロッテが気絶してからのことを話し始めた。砦に来ていたもう一人の貴族が、内通を疑って弓で攻撃したこと。ヴァナルを通じてユヌ族との話し合いが行われたこと。襲撃は今後一切行われず、取引と言葉の教育が砦で行われること。

 支援自体は領主であるグエンと砦の守備隊長の主導で行うが、許可を取るためエオリア国王からイオニア側へ打診したところ、ユヌ族の女性や子供は奴隷のような扱いを方々でされていることも発覚した。国家としては黙認していたが、友好国に首を突っ込まれたことによって救済処置をとらざるを得なくなったのである。


「君のお父様やおじい様は多岐にわたる教育の支援に尽力を注いだ方達だったらしいからね。図らずもきっかけを作った君に面影を重ねるものは出てくると思うよ」


 自分のしたことに亡くなった父親の姿を垣間見られ、本来ならば喜んだり懐かしむべきはずの言葉にリーゼロッテの気持ちは沈む。単なる一部族の襲撃を止めるだけのつもりが、国家間のやり取りにまで発展してしまった


「ただ、ただ、人間の血を見たくなかっただけです。戦いたくなかっただけです。そんな大それたことになるとは思ってもみませんでした」


 ヴァナルがいたから良かったものの、言葉が通じなければ追い返すことしか考えていなかった。準備も何もせず、ただ、バイオリンを弾いていただけ。それだってもともとユヌ族は聞く態勢にあったのかもしれない。

 実力と結果が伴わない。少なすぎる実力に大きすぎる結果が、これほどに重圧になるのか。


 久しぶりに見た大人リーゼロッテの顔がちっとも笑顔にならず、ヴィートは少し残念に思った。子供の姿の時の笑顔は何度も見ているが、大きくなると憂いを帯びた顔ばかりだ。


「仲良くしたい、争いを止めたいと思うのは悪いことではないよ。俺も大した準備もせず家族の喧嘩を止めたことが有るからね」


 ヴィートは料理で兄弟喧嘩を止めたことを話した。王族であることは巧妙に隠しながらも身振り手振りを交えてリーゼロッテに話す。


 けれど、後継者争いが殺し合いに発展しそうになる家族なんてそこらの貴族でも滅多にない。戦争のない今、武功などによって手柄を上げることもない世の中ではよほど大きな功績を上げなければ下剋上も有り得ない。甘んじて自分の置かれた状況を受け入れるものがほとんどだ。

 話の中でセト兄上と出てきたことでリーゼロッテの疑念は確信に変わる。領の領主でセト侯爵。リーゼロッテは自分が住んでいた土地周辺の事は幼い頃から教えられていて、セトが王族だという事は知っていた。


「今思えば、かなり無謀だと思うよ。それぞれの兄弟の利点を調べて取引すればいいのに、俺の料理食って仲良くしろってどう考えてもおかしいよな?」

「いえ、マスターらしいですよ。だってムスタだって大人しく通っているじゃないですか」

「それもそうか」


 ヴィートが笑えばリーゼロッテの頬も自然とゆるんでいく。いろいろな事情があるのは自分だって同じだ。だったら本人の口からしっかり聞くまでは今まで通りに振る舞おうと思う。聞いてしまったらこうして気軽に話をすることも出来なくなるかもしれない。


 ヴァナルがベッドの上に顎を乗せる。いつもはキリっとした釣り目が、少しだけ眉頭が上がってハの字になったしょんぼり顔。


「ヴァナル、タクサン、テツダッタ。リーゼロッテ、ヨロコバナイ?」

「そっか、私が落ち込んでいたらヴァナルの立つ瀬がないものね。話し合いがうまく行って嬉しいわ。有難う、ヴァナル」

「ヴァナルがいない間も言葉に不自由しない様にって、兵士がひたすらユヌ族の言葉を聞き取っていたからな。お疲れさん」


 ヴィートが両手でヴァナルの首の周りをわしゃわしゃとかき回す。少し迷惑そうにしながらもされるがままになっているヴァナル。平和な光景にリーゼロッテが静かに微笑んでいると、部屋の扉が開いた。


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