四十七話
「失礼する。……おい、ヴィート。何故お前がここに居る」
入ってきたのはグエンと補佐だった。グエンが睨みつけると、ヴィートはヴァナルを撫でていた手を放してベッドから慌てて離れる。
「襲われたと聞いたのに警護もいなかったし、書類を読むのに静かな場所が欲しかったから……」
「護衛と言うならその狼がいるだろう。お前の部屋は別に用意したはずだ。まさか寝ている女性の部屋に無断で入ったのではなかろうな」
むぐっとヴィートが言葉に詰まった。今まで疑問も何も持たずに会話していたリーゼロッテも、そう言えばとヴィートを見る。もっと警戒心を持つべきなのだが、ヴァナルもいたのですっかり油断していた。思えば最初にヴィートの前で大人になった時も、別の方法を取れたのではないかと今更ながらに気付く。子供の姿で大人と言い張っていたことから女性として見られていなかったかもしれないが。
ヴィートはリーゼロッテとグエンの顔を見比べながらすすすと扉の方へと移動した。
「あーっと、そう言えばリーゼロッテはお腹空いているんじゃないか? 三日も何も食べていないもんな。うん。何か胃に優しいものを作ってくるよ」
そう言ってヴィートはそそくさと部屋を出て行こうとするが、扉の傍に立っていた補佐がその肩をグイと掴む。二人はリーゼロッテ達に背を向けて小さな声で話始めた。
「寝顔見ていたりとかしていたのかなあ。布団掛けるふりしてそっと顔に振れたりして。まさか、寝ている彼女に無理やり……」
「してないっっ!」
「へえ、してないって何を?何を想像して言っているのかな?」
はっと思わず口元を抑えるヴィートを、補佐がにやにやしながらからかう。扉の前で二人で肩を組みながらぼそぼそと話しているのでリーゼロッテには聞こえない。知り合いかしら、仲が良いなと思いながら二人を見ている。
「まったく、その齢になってそんな初心な反応で大丈夫かね。女性経験が全くないってわけでもないだろに」
「なっ、馬鹿、聞こえたらどうするんだよ。全く、もう行ってもいいか」
補佐が肩を話すとヴィートは慌てて部屋の外へ出て行った。二人のやり取りを見ていたグエンはしょうもないことを話していると推測して、軽く頭を振りながらリーゼロッテに詫びる。
「愚弟が申し訳ない。責任もって結婚させるので安心してくれ」
リーゼロッテは冗談だと思っているのでくすくすと笑う。これほど仲の良い兄弟が以前はいがみ合っていたなどと信じられなかった。
ベッドから降りようとするとグエンに制止された。グエンは手近な椅子をベッドの傍において座り、話す態勢に入る。
「すみません、このような格好で。先ほど起きたばかりなものですから」
「ああ、こちらこそ押しかけて済まない。……なるほど、それが本来の姿か。追手を欺くには十分だな」
改めてリーゼロッテに向き合うと、まじまじと見た。アデライードの時と髪色が違う上にメイクもしていないが、それでも見るものが見ればすぐにわかってしまう。子供の姿になることは必須だったと言えよう。
グエンは補佐に手招きををし、自己紹介をするように促す。
「これでやっと名乗ることが出来るね。グエンの弟でヴィートの兄のスピタクだよ。上から四番目にあたる」
「弟には君の護衛も兼ねて誰かを付ける様に指示したのだが、まさか本人が入り込んでるとは私も思わなかった」
「諜報活動が出来る人材を半分趣味で育てていてね。まあ、自分でもやったりするんだけど」
スピタクは自己紹介をした途端に、補佐の時の少し面倒臭そうな表情とは違う笑みを浮かべる。表情を変えるだけで同一人物とは思えなくなるような風体にリーゼロッテは思わず目を疑った。声色を変えるどころか口調も軽薄そうな物に変えれば、同じ服を着た別人になった。
「ずぅっとリーゼロッテ嬢て呼んでいたことに気付いたかな?吟遊詩人てさぁ、いろいろな情報集めたりするから諜報活動にはもってこいなんだけど、君もやってみるかい?」
「おい、今スカウトするのは止めろ。こっちの用事が先だ」
部屋に入ってから全く話が進まない事に業を煮やしたグエン。一度だけにやけた笑みを返したのちに口を噤んできりっとした顔になったスピタクは、扉の傍に立った。グエンは大きなため息をついて、もう一度リーゼロッテに向き直る。
「まずは結果から話そう。君に矢を放った馬鹿……ソレルは家もろとも取り潰しとなった。当人の処刑のみを考えていたが、上位の貴族を傷つけただけでは無く、君が指示を出した砦の作戦を妨害したという事で反逆の意が有ると判断した」
リーゼロッテは目を向いた。取り潰しは家の断絶、つまり一族全員処刑という事を表す。そもそも自分が指示を出したと言う自覚は全くない。けれどおそらく自分が貴族という立場ではそうなってしまうのだろう。
その部分については言及せず、別の疑問に思っていたことを口に出した。
「あの、そもそも彼はどういった理由で私に矢を放ったのですか。殺されかけるほど恨まれた覚えが全くないのですが」
「アニスと言う女性冒険者に唆されたそうだ。君を内通者として排除すれば、家の者も見直すだろうとな。浅はかすぎる考えだ」
「アニスはどうなりました?」
「騒動の後行方をくらませて、未だ見つかっていない。呪詛を扱っていることから魔女認定される可能性が高い。神殿の者が行方を追っているから直ぐに捕まるだろう」
―――どんな魔法が使えるの?
―――それは……いろいろよ
リーゼロッテは聞いた時に言葉を濁していたアニスを思い出す。姿を消してしまった事からアニスが何を考えてそのような行動に出たのか分からないままだ。グエンもあまりアニスの事には触れず、ソレルの事に話を戻す。
「隣の領地の次男坊が優秀で、遊ばせとくにはもったいないと思っていたのだ。長男に過失が無いのに分割させるのも争いを残すから、近くに空きが出て丁度いい」
「だったら何も命まで奪わなくても爵位と領地を取り上げだけでいいではないですか」
「ふむ、その理由は?さしたる理由もなしに決定を捻じ曲げるのは貴族の横暴でしかないぞ」
リーゼロッテは頭を回転させる。誰もが公正に納得できる理由。射られた自分が良いと言っているのだからという事ではおそらく通用しないだろう。
「私は一冒険者として扱う様に守備隊長にお願いしました。そこにいる補佐……スピタク様も聞いている筈です。貴族が冒険者を傷つけて何かお咎めが有るものなのでしょうか。冒険者が行っている作戦を邪魔した貴族は処刑されるものなのでしょうか」
「彼は君が貴族だと知っていた。にも拘らず君を攻撃した。唆されたとはいえ確たる証拠もなしに内通を疑い、殺意も否定しなかった。殺そうとした相手を助けようと言うのか?逆恨みとは言え今度こそ身に覚えのある殺意を受けることになるぞ」
自分本位な考え方である者は、反省をせず責任の在り処を他者に向ける。生きていればリーゼロッテに牙を向けるのは想像に容易い。
反論をあっさりと諦めるリーゼロッテ。無駄に命が奪われるのは嫌だとユヌ族の時にはあんなに執拗に食い下がったのに、ソレルに関してはどうでも良いのかと今度は自分が嫌になった。
リーゼロッテは薄々感づいている。自分を取り巻く「貴族」という状況がそうさせているのだと。自分よりおそらく上位の者が下した判断に噛みついているこの状況こそがおかしい上に、身内と言うよりは敵に属する者をかばい立てする余裕は今の自分にない筈だ。
いろいろと協力してもらっている身で何をやっているのだろう。
救えないのか、別にどうでもいい人だからと意図的に敢えて救わないのか。
全部諦めて本当に只の冒険者だったらこんな事も起きなかったのではないか。
でしゃばってユヌ族と交流を持とうなんてしなければ良かったのではないか。
ぐちゃぐちゃになった考えは苦いものを胸に残す。
「もう少し、親しくしていたら別の道が有ったでしょうか」
「それは何とも言えん。もしもが何も意味をなさない事、君は身に染みて分かっているだろう?」
ぽそりと思わず口から零れ落ちた問いにグエンが返した答えは、皮肉なことにリーゼロッテをきちんと納得させるものだった。
「話を続けよう。守備隊長は降格の上、他の場所へ転属。リックとアルフレッドは冒険者資格をはく奪の処分となった」
「待ってください!リックとアルフレッドは関係ないでしょう」
「傍に居ながら君を守れなかったのだ、当然の事だと思うが」
「彼らには私の身分を明かしていません。仲間として接していました」
「それはつまり身分を明かすに足る人物ではなかったという事ではないのか?処分を受けても問題は無いように思えるが」
帰ったら話そうとは思っていました、と言っても今となっては言い訳にしか聞こえない。悔やんでも悔やみきれず、リーゼロッテは自分に掛かっていた布団の端を握りしめた。
ヴィートやスヴェンからもリーゼロッテの仲間として二人のことを聞いているグエンは、処分がかなり軽いものになる様に動いた。だがその事を言わず、淡々と事実を告げるにとどまる。
「二人は既にフォレスタに戻っている。ソレルのように命まで失うわけでは無いのだから、声を掛けてやると言い」
リーゼロッテは、自分は涙を流すのは二人に申し訳ないと思った。けれどどんな顔をして会えば良いのか。仲間になるだけであれほどすったもんだが有ったのに、結局とんでもない大迷惑を掛ける羽目になってしまった。




