四十四話
今回バイオリンで弾くのは敵意を失くすだけの曲。リックとアルフレッドが魅了された時は戦う必要性が感じたので操る方を弾いたが、今回聴かせるのはユヌ族側だ。最初から操る曲を弾いてしまえば、話し合いどころではなってしまう。
「任せますって、判断をですか。あなたそれでも貴族ですか」
「礼儀作法は多少教わっていますけれど、駆け引きまで学べていたら冒険者なんてやっていませんよ」
弾き終えた後に話しかけてきた補佐に反論する。けれど事情を知らない者からすればそんなのは関係ない。口調は穏やかでも逆切れしてしまったような言葉を言った瞬間にリーゼロッテは反省する。
「ごめんなさい、頼りない貴族なのに自分の望みばかり持って。必要のない戦いならば無い方が良いと言うのが私の意見です。話し合いをしてどのような状況になるか考慮したうえで判断をお願いします」
そう言って頭を下げるリーゼロッテに補佐は唖然とした。
交流が持てるのか、争いが激化するか。それぞれの国の思惑、ここの領地を治める者の考え方、砦の存在意義。最近までこの砦がある事すら知らなかったリーゼロッテが学ぶには時間が短すぎる。元々ここに居る者が判断した方が良策だ。
敵襲の報告を受けた後、いつまでも矢を放つ号令が聞こえない事に業を煮やしたのか守備隊長のグルダンが城壁の上へと上がってきた。ここ数年の動きはほぼ決まっていて襲撃時には隊長室に詰めているだけだった。ユヌ族が途中で止まると言う例年にない異変が、リーゼロッテを示しながら兵士によって報告される。
「襲撃を止めて何をお考えですか」
「話し合いをしようと考えています」
リーゼロッテが答えると、今話していたことを補佐が報告する。段々と渋い顔になっていくのを居た堪れない気持ちで見ながら、リーゼロッテはヴァナルを撫でることで落ち着こうとする。補佐相手には説得しようと意気込んでいたのに、なぜかグルダンには謝りたくなった。
「見たところ、効果はありそうですね。持続時間はどのくらいですか」
「種族や状況によって違うので、話し合いになるなら私もついて行って傍で弾くつもりです」
言いだしたリーゼロッテが安全な場所でのうのうとバイオリンを弾くのは自身でも納得できず、もとよりその心算だった。
敵意を失くしたユヌ族は、そのまま何処かへ行ってしまう可能性が高い。短い時間で判断を下すのが良いと考えた守備隊長は、顔を上げる。
「このような手段を取ること自体有り得ないのですが、本当に今回は例外ばかりです。分かりました、許可を出しましょう」
物凄くやつれて老け込んだように見えるグルダンにリーゼロッテは同情する。今まで何らかの問題が有ったとしても想定の範囲内だったのだろう。
「仲間を連れて行ってください。イグニア語が話せる兵士は……」
「乗りかかった船だ、私が行きます」
あれだけ反対していたのに補佐が名乗りを上げた。驚いたリーゼロッテが補佐を見ると苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「ごねた者勝ちだとは思わないでくださいよ。あなたをここへ薦めた人たちの顔を立てて出るだけですから」
「有難う存じます。ならばその方たちの利となるよう、私はバイオリンを弾くのみです」
リーゼロッテが意気込むと、守備隊長と補佐が盛大にため息をついた。
リックとアルフレッドに簡単に説明をすれば二人とも快くリーゼロッテについて行く意を示した。ヴァナルは言わずもがな、他にもう一人付いてくる見慣れぬ兵士は、補佐の護衛だ。
イオニア国側の大きな城門が開かれて、リーゼロッテはバイオリンを弾きながら歩き始める。その後ろを補佐と兵士がそれぞれ馬に乗っていて、ゆっくり進んで行った。
ユヌ族は馬に乗ったままこちらが来るのを待っているようだった、弓を構える気配は無く、武装も解いて刃物の類は鞘へしまってあるようだった。とは言えいつどんなことが起こるか分からないので警戒を怠らずに進む。
全員が細身の筋肉質で、どこか別の場所にいるのか女性は見当たらない。やせ気味ではあるが食糧不足で栄養が足りていないほどではない所を見ると、イオニアの中で他の部族や集落との交流が全くないわけでもない筈だとリーゼロッテは推測する。集団の真ん中に一人、装飾品をジャラジャラと首から下げている男がいる。一族の中でも大きな馬に乗っていて、どうやら一番地位が高そうだ。
補佐が馬上からその族長らしき男へ何か言葉を叫んだ。リーゼロッテ達には理解はできなかったが、族長は言葉を返す。いくつか言葉のやり取りを交わすが、やがて補佐が諦めた声でリーゼロッテに告げた。
「やはり、通じないようですね。近いものを向こうは話しているようですが、意味が分かりません。どうしますか、ここまで来て。何か策があるのでしょう?」
取りたくなかった手段を思い浮かべる。根本的な問題の解決にはならないが、砦から離れたところへと移動してもらうだけでもリーゼロッテがいる間は争いを避けられるだろう。
「操るしかないか」
ぽそりとリーゼロッテが呟くと、リックとアルフレッドは「げ」と呻く。魅了などで普段以上の力が出せるのなら、命じれば知らぬ言語も話せるのではないかとリーゼロッテは考えたのだ。バイオリンを弾こうと構えると、それまで大人しかったヴァナルがリーゼロッテを鼻先でつつく。
「ヴァナル、ハナシ、スル。ナニ、ハナス?」
ヴァナルの思い掛けない言葉にリーゼロッテは素っ頓狂な声を上げた。
「ユヌ族の言葉が分かるのっ?」
「ナントナク」
補佐は疑わしげだが、リーゼロッテ達はそんなこともあるかもしれないと期待の目で見る。皆に注目され、お座りしたまま誇らしげに胸を反らすヴァナル。
「どうして砦を襲うのか、聞いてみて」
「ワカッタ」
タッタッタっと身軽にユヌ族の前に出ると、先ほど補佐が話していた言葉とよく似た、けれどどこか違うイントネーションで話し始める。こちらの言葉と同じように片言の印象だが、それでも話は通じているようだった。
「マエハ、ココデ、コウカン、シテタ。トツゼン、デキナイ、ワカラナイ」
「街道が移動したのを知らなかったのか」
補佐がヴァナルに聞くとヴァナルは首を振って答えた。
「カイドウ、ナクナッタ、シッテル。ソノアト、コウカン、シテタノニ、チカヅク、コウゲキサレル」
「それって……完全にこちらの落ち度じゃねぇか」
「いや、でも盗賊と組んで門を破ったこともあると聞いたぞ」
リックとアルフレッドがすかさず反応する。確かにここ数年、矢を射かけるのはこちらからだったかもしれないが、そうせざるを得なかったのは過去に襲撃が有ったからだ。ヴァナルがこちらのいう事を相手に伝えると、ユヌ族は眉尻を下げて答えている。
「トウゾク、ダマサレタ、イッテル。トリデ、タイセツナ、モノ、トラレタ、、トリカエス、テツダエ、イワレタ」
補佐が馬上からヴァナルに話しかける。
「街道のある南側で交易をしないのは何故だ?こちらで拒絶されるのであればそちらを利用すればいいだろう」
「ショウニン、ダマス、ナンドモ、シンジラレナイ。コトバ、オボエタイ、イッテモ、オシエナイ」
旅商人の中にはユヌ族の言語を話せるものもいるが、利益を追求する商人は他の人間と言葉の通じないユヌ族を良いように扱っている。文字を読み書きできない事で不当な要求を受け入れてしまう事は多々有るが、言葉自体が伝わらないのならなおさらの事だろう。矢を射かけられてもこちらでの交流を望むほど、痛い目にあったのかもしれない。
補佐はしばらく考えた後、口を開いた。
「わかった。今後も交易をするかは砦に持ち帰って話し合わないと何とも言えないな。明日またこの辺りで待つように言ってくれるか」
始めは疑っていたのにすっかり通訳としてヴァナルを受け入れている補佐は、リーゼロッテに変わって受け答えをしている。真面目にヴァナルと話している姿に、感謝しながらもリーゼロッテはちょっぴり笑いたくなった。
合間合間にユヌ族も話しているのだが、彼らも戸惑うことなくヴァナルを受け入れてしまっている。補佐の意向をヴァナルが話すと、頷きながら何事かを話した。
「アシタ、マツ、ショウチ、シタ。アクマ、ヤッテクル、ユメ、ゾクチョウ、ナンドモ、ミタ、キヲツケロ」
補佐はヴァナルの顔を見た後、ついで族長らしき男の顔を見た。詳しく聞こうと口を開いたその足元を何かが掠め、補佐の前に居たリーゼロッテの右肩にどすっと鈍い音と共に突き刺さる。
最初はただの衝撃を、次いで激しい痛みと熱を感じて、持っていたバイオリンの弓が手から滑り落ちる。首をひねってみれば肩越しに矢羽が見え、リーゼロッテは自分の状況を理解した。
―――ああ、バイオリンが弾けなくなってしまう。
リーゼロッテが意識を失う直前に思ったのは、自分の命の心配よりも好きなことが出来なくなることへの心配だった。




