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四十二話


 アニスの言葉で周囲の冒険者や兵士たちからリーゼロッテに疑いの目が向けられる。走り終えてまともに話せないのを良い事に、アニスは自分の主張を兵士に押し付けた。


「昨日、曲の中には能力を向上させる効果があると本人が言ってました。周りのみんなは一生懸命走っているのに卑怯です」

「自分は大して走っていもしないのによくそこまで言えるな」


 リーゼロッテが走り終えるのを待っていたアルフレッドが、思いっきりしかめっ面で文句を言う。普段は温厚なアルフレッドが、ここまで嫌悪感をあからさまにするのは珍しいと思ったリーゼロッテ。人に任せきりではなく自分も反論しなくてはと、深呼吸して息を整えてから兵士に向かって口を開いた。


「確かに毎日の習慣で弾いていますけれど、能力を上げる曲は弾いてません」

「彼女からバイオリンを取り上げるべきです」

「この砦に状態を見る鑑定のような魔法を使える人はいますか?能力を上げていない事は見て頂ければ分かります」

「バイオリンを弾かないで走れば済むことでしょう?どうしてそんなに頑ななの」


 リーゼロッテは兵士と話をしている。なのにアニスは食い下がるので、まるでリーゼロッテがに不都合があってアニスを無視しているかのように見えてしまう。だが、リーゼロッテはほぼ最下位を争うような順位だったため、アニスの側について抗議をする者はいない。もしも先頭を切って走っていたらあちこちから苦情が上がっていた。


 バイオリンをこのまま取り上げられて、明日の朝まで弾けなければ大人の姿に戻る。そうなれば若返っている理由を問われ、納得できるまで説明させられるのは必至だ。

 砦の兵士に口止めはできても冒険者には無理だろう。礼金目当てに情報を継母へと告げる事は想像に容易い。


 目の前の兵士はリーゼロッテとアニスを見比べる。どちらの言い分が正しいのか判断に困っていた。リックとアルフレッドが理詰めでリーゼロッテの擁護に回る。


「彼女の曲のサポートを受けたことが有りますが、そんなに長時間の持続作用は有りませんよ」

「ああ、もって十分ってところか。飯の後に弾いたとしても、集合して走り始めるころにはもう切れているはずだ」


 事情を知らないのに自分の味方をしてくれる二人を見て、リーゼロッテは泣きたくなった。

 ―――ここまで信頼されているのに黙っているなんてやっぱりできない。フォレスタへ戻ったら全部話してしまおう。


 このままでは埒が明かない、そう判断した兵士はひとまず解散する形を取ろうとする。


「私の判断ではいかんともしがたい。この件は上へと報告して指示を仰ぐと―――」

「その必要はない」


 騒ぎを聞きつけた守備隊長と補佐が兵士の言葉を遮る。冒険者たちの間を縫うようにしてリーゼロッテ達の前に姿を現した。補佐が兵士に厳しい口調で問い詰める。


「リーゼロッテ嬢が貴族であることは全ての兵に通達してあったはずだ。その上で判断できないとするのか」


兵士がはっとした表情に変わり、アニスの方を向いて告げる。兵士と言う職業は貴族に接する確率が格段に上がる。対処の仕方を知らなければ兵士としては致命的だ。


「リーゼロッテ様の意思でバイオリンを弾くことは許可が出ている。納得できないと言うのであればあなたが砦を出て行きなさい」

「な、貴族と言うだけでこのような事が許されるのですか」

「そもそも、周囲に被害が出ているわけでもない。単なる言いがかりで時間を奪っているあなたの方が問題だ」


 昼の休憩時間が少なくなっていくことに気付いたのか、その言葉で何人かの冒険者たちが集団から離れて行った。残っているのはアニスとリーゼロッテの仲間だけ。

 成り行きを見守っていた守備隊長がリーゼロッテに詫びを入れてきた。


「冒険者として扱ってほしいとの事でしたが、これが限界です。黙って見過ごすことはグエン様の命に背くことになります。彼女を牢にブチ込むことならすぐにでもできますが」

「そのような事は望んでおりません。対処して下さって有難うございます」


 バイオリンを取り上げられずに済むのは助かったが、苦いものが胸を過る。もしも逆の立場だったら貴族に不満を募らせていただろうとリーゼロッテは思った。

 出来る事ならアニスも納得できる形で解決したかったし、案を出したつもりだったが受け入れられなかった。魔法でステータスを見てもらったところでアニス本人に見えなければ意味が無い。それすら誤魔化していると文句を言う可能性がある。

 腑に落ちないが、これが一番後腐れのない形なのだろう。ただしアニスを除いては―――


 守備隊長たちに礼を言い、リックとアルフレッドと、一応ヴァナルと一緒に食堂へと向かう。アニスのパーティーも歩く方角は同じで、自然と会話が耳に入ってきてしまう。


「お前が彼女を転ばせようとしているところ、俺らも見ていたんだ」

「今までそうやって仲間になった女の子を追い出していたんだな。怪しいと思っていたんだ」

「貴族にケンカ売るなんて、俺らまで巻き込まれたらどうするんだよ」


 アニスをちやほやするだけの仲間達かと思っていたらそうでもないらしい。彼らの豹変ぶりにはアニス自身も目を丸くしている。


「何よ、皆いきなりどうしたの?どうして私の味方をしてくれないの」

「なんていうか……やっと目が覚めた気分だ。バイオリンを聞いてからかな」

「自分たちに落ち度があるから仲間が抜けていくんだと思ったが、一度きっちり話し合う必要があるな。アニスを仲間として残すかどうかについて」


 リーゼロッテの足が止まる。この砦に来て引いた効果付の曲は、毎朝の習慣で弾くものだけだ。なのに別のパーティーの存続問題に影響を及ぼすまでに発展してしまっている。数歩先を歩いていたリックたちが、リーゼロッテに気付き後ろを振り返る。


「昼飯、食い損ねてもしらねーぞ」

「ええ、ごめんなさい。今行くわ」



 昼食を取りながら、先ほど聞こえてきた会話を二人に報告する。思い出したようにリックが食事の手を止めて言った。


「そういや貴族の坊ちゃまも改心していたな。あまり理不尽な文句を言う所、見かけなくなった」

「弾いていた曲の中に効果付のものが入っていたのかしら?」

「どうだろうな。普通に音楽に心が洗われただけかもしれないぞ。会議室で弾いた最後の曲は格段に綺麗だったからな」


 宗教曲はそれでなくても心に響く旋律が多い。だがそれは技術があってこそ。リーゼロッテはそこまで自分が優れているとは思えない。ブランクがある上に最後に教わったのは母親で、半分ほどは自己流と言ってもいいくらいだ。


「でもアニスに効いていないみたいよ。無差別のものだったらアニスももう少し……その……」

「性格が良くなっているはずだって?」

「リーゼロッテを敵と認識しているからじゃねーの?聞く耳持たないってのは言葉だけで無くて音楽もだったりしてな」


 確かにその自覚はある。けれども、だったらなおさらアニスに効かなくてはダメな効果だ。自分の行いを悔いて大人しくなるなんてことは絶対に考えられない。


「気を付けた方が良いかもな。ああいうのはどんな行動を起こすのか予測がつかない」

「宿舎の中で何かされても助けられないからな。絶対に一人になるなよ」


 二人の心配する言葉に、リーゼロッテは神妙な面持ちで頷いた。



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