三十六話
食堂は兵士も冒険者も一緒くたになって食事をとる。宿舎に近いところに食堂単体での平屋の建物が有り、中へ入れば長いテーブルとイスがぎっしりと並んでいる。一番奥に厨房が有り、手前の対面式の受け取り口でトレーに自分で乗せていく。
すでに長蛇の列を作っており、テーブルも兵士や冒険者であちこち埋まり始めている。並びながら厨房の裏口からは食料庫と畑、鳥小屋などがある場所へ続く出入り口になっているとリックに教えてもらった。畑の周囲は、魔石を使った仕掛け付の柵で覆われていて簡単には出入りできない様になっているらしい。
「特に私たちは用がなさそうだけど、誰でも入れるところなの?」
「リックは盗賊だからな」
アルフレッドが代わりに答えた。盗賊だから……という事はお腹を空かせたリックが盗みに入ったこともあるって事かと、リーゼロッテは蔑むような目でリックを見た。リックはその表情から何を考えているのかを悟り、慌てて否定する。
「盗んでない、盗んでない。おい、アル!今の言い方だと俺が盗みに入ったみたいに聞こえるだろう」
「違うの?」
「どこに何があるか把握しておくのは癖みたいなもんだ。いざと言う時に逃走経路……あ、いや、ほら襲撃で内部まで来られたらどこから攻撃や避難をすればいいか調べるために見て回ったんだ」
「へー」
リーゼロッテが気の抜けた返事をすれば、アルフレッドは笑いリックはため息をつく。逃走経路なんて言っている時点で、いろんな疑いはぬぐえない。そうこうしている間にも行列はどんどん進み、リーゼロッテ達もトレーを受け取った。
「おばちゃん達、久しぶりぃ。今年も来たぞー」
「お世話になります」
リックとアルフレッドが厨房に声を掛けたのでリーゼロッテもぺこりとお辞儀をする。見れば中は中年女性達が忙しいながらも笑顔を返してくれる。受け取り口に一番近いおばちゃんが返事をしてくれた。
「なんだいあんたら、まぁた来てるのかい。もういい加減初心者ってわけでもないだろうに。……あらま、可愛い子連れてるね」
「新しく仲間を組んだんだ。リーゼロッテ、吟遊詩人をやってる」
「よ、よろしくお願いします」
「あいよ」
話しているうちに、リックはトレーにおかずやパンを乗せて進んでいく。リーゼロッテも慌ててそれに倣う。今日の夕食はパンとハンバーグ、スープとサラダに飲み物。並んでいるお皿は量が少なめから多めのものまであったのでリーゼロッテは少なめの物を取った。とは言え男性兵士が基準なのか、かなりのボリュームだ。
リックが目ざとく三人分開いている席を見つけ、確保した。リーゼロッテは慣れぬ配膳に零さぬようハラハラしながらそこへたどり着く。三人並んでいただきますをして食事を始めた。ハンバーグには野菜やキノコなどいろいろ混ぜて量増ししてあるが、これはこれで中々おいしい。かなり悲惨な兵士飯を想像していただけに、意外に満足できた。パンは少し硬いものだったがスープに浸して事なきを得る。
「ヴァナルはどうした?」
「食事が必要ないみたいだから外で待ってもらっているよ」
「あれも不思議生物だよな。全く食べないと言うわけじゃないんだろ?」
リーゼロッテは頷いた。出されたものは食べるが、何日も食べなくても平気らしい。全く洗わない毛並みはいつだって綺麗で、手触りもいい。言葉が通じるのだからもう少しいろいろと聞き出したいのだが、はぐらかすのか本人も理解していないのか答えは要領を得ない。
「不思議なのは私のバイオリンも同じなんだけどね。こうしたらこうなるって明確な、論理みたいなものが欲しいよ」
魔法が確立されている世界の不安定な術は、伸び代が大きい分暴発の危険もある。もしもどこかの機関で研究されているのならしっかり学びたいとリーゼロッテは切実に思った。
リックもアルフレッドも食べ終わりリーゼロッテももうすぐ終わると言う頃、二列ほど前の席で誰かの叫び声が聞こえた。守備隊長室の前ですれ違った貴族が癇癪を起こしているようだ。
「どうして他の者と一緒の食事なのだ!貴族の私が平民と同じテーブルで、しかも同じメニューとは、私を愚弄しておるのか!」
一瞬静かになった食堂内は直ぐにざわめきを取り戻す。「毎年ああいうのがいるんだよ」とアルフレッドの解説が入った。
金髪で十代後半、黙っていれば普通なのだろうが人を罵る顔と言うのはどうあがいても醜く見える。傍にはおそらく家から連れて来たであろう付き人と、守備隊長の補佐をしている男がいた。付き人はおろおろ、隊長補佐はやれやれと肩を竦めてそっと耳打ちをする。
「あなたより身分が上の方も文句ひとつ言わず召し上がられるのですが」
補佐の人がちらりとこちらを見れば、貴族のボンボンもこちらを見る。周りには聞こえなかったその声はリーゼロッテにははっきり聞き取れてしまった。守備隊長の部屋の前ですれ違ったのは間違いだった。何だか利用されている気がする。
「それにほら、坊ちゃまには特別にデザートを用意させました。歌姫にちなんで作られた、その名もアデライードです」
飲んでいたスープを吹き出しそうになるのを我慢したら気管支に入って咽てしまった。アルフレッドが心配そうに背中を擦る。初めて聞いたわそんなデザート、いつの間に作られたのかしらとちょっと見てみたくなった。若干腰を浮かせ気味にして覗こうとするが全く見えない。
坊ちゃまは機嫌を良くして席に着いた。どうやら歌姫のコンサートを聞きに行ったことがあるらしい。
「ふむ、この黄色の部分が彼女の髪を表しているのだな」
「ええ、左様でございます。なめらかな甘さが彼女の美しい歌声を、上層部の筋状のクリームが彼女の髪を、中の白いクリームが彼女の美しさを表しています」
全身がむず痒い感じがするリーゼロッテ。余計な解説は良いからさっさと食べて黙ってほしい、いや、私が早く食べてここを立ち去ればいいのかと食事の残りを急ぐ。また咽そうになってアルフレッドにゆっくり食べるように諭された。
貴族はデザートから食べ始める。一口食べては解説を、二口食べては薀蓄を述べ、いかにアデライードが素晴らしいかを周囲に言って聞かせる。ケーキを作ったのは食堂のおばちゃんなのに、材料は大したものを使っていないのに。
ムスタと言い、この人と言い、禄でもないファンばかりね―――
アデライードとしての実力が歌い手として本当は大したものでは無いのかもしれないと、徐々に思い始めたリーゼロッテだった。
ようやく食べ終わって満腹になった頃、視線を感じてふと顔を上げると貴族はこちらを見ながら自慢げに笑う。ケーキ一個でどうしてそうも上から目線になれるのか。リーゼロッテはあまりに馬鹿らしいのでにっ無視を決め込んだ。食事が丁度終わったので食器を受け取り口へ返しに行く。
「ご馳走様でした!」
「今日もうまかったよ!」
「あいよ!」
貴族の坊ちゃまがしないようなお礼を言って、夕食を終えた。




