三十七話
女性用の宿舎には女性兵士意外にも食堂などで働いている人達も寝泊りしている。宿舎内への持ち込みを禁止されている武器は入口にある受付で預けられるようになっていた。リーゼロッテはバイオリンをどうするか聞けば武器と見なされず持ち込みは許可される。
使い魔や守護獣としての扱いにされるらしく、ヴァナルが入ることも許可される。受付の女性はそのまま宿舎の中を案内する。一階は共同で使う規模の小さな炊事場、洗面所、洗濯場。二階はこの砦で働いている人達、三階は兵士、四階は冒険者達の部屋になっている。
「こちらが冒険者の寝泊りする部屋になりますが、今回女性は二名しかいません。男性のリピーターは居ても女性はあまりいませんからね」
そこまで厳しい訓練なのかとリーゼロッテが不安そうな顔をしたが、案内は気にも留めずに中へ入るように促した。起床や食事、訓練の集合時間などを手早く説明していく。掃除やシーツなどの替えは雇われ人がやって他の洗濯などは自分ですること等、注意事項もつらつらと並べ立てていく。
「何か質問は?」
「訓練が始まる直前くらいに一曲だけバイオリンを弾きたいのですが、こちらで弾いてもよろしいでしょうか。毎日の日課でして、弾かないと具合が悪いのです」
案内は記憶をたどり、告げる。
「その時間でしたら兵士も雇われ人達も起きているので構いません」
「有難うございます」
「では、何かありましたら受付まで。夜間も常駐しておりますので」
成る程、襲撃があっても武器を預けたままでは話にならないものねと一人で納得するリーゼロッテ。部屋の中を見渡せばベッドは六つ、そのうち二つに布団が用意されていた。一つには先客が座っている。
「あ、あなた、リーゼロッテ?フォレスタのギルドに居た時あなたを見かけたんだけど覚えてる?ダイクトの噂を聞いてあなたに声を掛けようと思ったんだけど掛けそびれちゃってね」
ピンクの髪に黒いミニ丈のワンピースといういかにも魔法使いと言う出で立ちの少女が、きゃんきゃんと高めの声で話しかけてくる。今まで会った事のないタイプの女の子に面食らったリーゼロッテ。……いや、義妹に似ているかもしれないと思い直し、少しだけ警戒をする。
「ごめんなさい。覚えていないわ」
「ま、いいわ。私はアニス、魔法使いをやっているの。それよりあなたお仲間とうまく行っていないんでしょ?良かったらうちに来ない?うちのパーティー女の子は私だけだからあなたが来てくれると心強いわ」
早口でまくしたてられたので、耳に頭が追い付かない。リーゼロッテは少し間を置いてから返事をした。
「えっと……うまく行ってますよ?だから一緒にここへ来ました」
「そうね、そうよね。二人ともそこそこカッコいいから手放したくないのは分かるわよ。でもあなた、吟遊詩人でしょ?気づかぬうちにお荷物になっているかもしれないわよ」
噂を聞いて声を掛けたと言っていたのに矛盾することを言っている。しかもそこそこカッコいいとは上から目線で何とも失礼だ。二人をそんな目で見たことはないが何と返事をしていいのかリーゼロッテが迷っていると、アニスは言い返せないと解釈したのかどんどん話を先に進める。
「思い当たることがあるのね。私のパーティーは私を含めて六人いるからあなたの事もカバーできるけど、二人では大変でしょう?」
「ヴァナル、イル」
自分の存在を忘れるなと言わんばかりにヴァナルがアニスとリーゼロッテの間に入った。アニスはヴァナルが怖いのか、ひっと短い悲鳴を上げて少し顔をひきつらせている。いいタイミングで入ってくれたとリーゼロッテはヴァナルに手を伸ばす。
「大丈夫ですよ、大人しい子ですから。ね、ヴァナル?」
「ヴァナル、オトナシイ」
耳の間を撫でれば気持ちよさそうに目を細めるヴァナル。それでもアニスの警戒は解けず、じりじりと後退して座っていたベッドから落ちてしまう。
「きゃあっ」
「大丈夫ですか」
慌ててベッドの後ろへ回りこみリーゼロッテが手を差し出せば、羞恥で顔を真っ赤にして睨みつけ手を振り払って立ち上がる。アニスは怒りながら腰に手を当てリーゼロッテを指さした。
「何よ、人が下手に出ていればいい気になって。あなたなんてこちらからお断りよ」
リーゼロッテがどうやって断ろうか、どうすれば話を聞いてもらえるのか迷っているうちに勝手に話は完結していた。
あまり仲良くなれそうもない女の子に、これから先が少しだけ不安になる。
何事もなければ砦での滞在期間は一週間。出来るだけ穏便に過ごしつつ、ここを去るまでに少しでも体力が付けばいいと願いながらリーゼロッテは眠りについた。
「リーゼロッテ、同室の女の子にヴァナルけしかけたって噂になってんぞ」
朝食を取ろうと食堂に行けば、リックが開口一番とんでもない事を言った。二人はリーゼロッテが来るまで待って、一緒に列に並ぶ。一緒に朝食に来ようと思ったのに、洗面所などで身支度を整え終える頃には既にアニスはいなかった。
「私、そんな事してないよ!」
「大丈夫、大丈夫だから、落ち着いて。俺たちそんなのこれっぽっちも信じていないから」
「でもなぁ……あれ」
リックが顎で示した先には泣きながら訴えかけているアニスがいた。既に席についているが彼女の前に食事は無い。周囲には男性冒険者達。
「二人しか女の子がいないし、仲良くしようと思ったらいきなり狼に命令して攻撃してきたの」
「ひどいな」
「ああ、アニスの可愛さに嫉妬したうえでの所業だろう」
リーゼロッテの事を指しているのだと嫌でもわかる。メンバーは他に五人だと言っていたけれど、それ以外にも周りに集まっているのかちょっとした人だかりになっている。二人分の食事を持った一人が人ごみをかき分けてアニスに近づいた。隙間が出来て丁度リーゼロッテ達と目が合う。
冒険者たちの厳しい視線とうっすら笑みを浮かべるアニス。同年代の女の子の友達がほぼ皆無だったリーゼロッテにもアニスの意図するところが何となく分かった。
けれど外見は十一歳でも中身は二十歳越え。目指す女性はシエラであるリーゼロッテは、にっこり笑顔で両手を振って、同室の女の子を見つけた喜びを無邪気に全身で表しているように軽く飛び跳ねてみたりもした。リーゼロッテの反応にアニスの周囲は少しどよめく。
「意外と可愛いな」
「ああ、狼けしかけたと言うのも何かの間違いじゃないのか?」
アニスに同調していた者たちの怒気が波紋が広がるように静まり返っていく。男性たちが顔を見合わせる中、アニスだけが真っ直ぐにリーゼロッテを見ていた。
嫉妬が見え隠れする顔で。笑みを一切消して。
「これで、良し」
「女って、怖ぇー」
泣き寝入りせずに自分なりの対応が出来たリーゼロッテは満足する。リックの嫌にしみじみとした声が食堂のざわめきにかき消されていった。




