<第32話>母の祝福
「奈津、おめでとう」
母が、目をうるませている。
ここは、母の家の玄関先。ゆうべから預けていた、娘のはるを迎えに行ったの。玄関に入ったとたん、いきなり、母が私の手を握ってきて。
「え? ……何が?」
おめでとう? 私の誕生日は、8月だよ。お母さん、どうしちゃったの。
「とっても素直でいい人を、つかまえたわね」
何の話だろう?
いい人……まさか、拓途のこと?
母は、拓途に会ったことないよね? いつ話したの?
「おつきあいしている人のことを、奈津はちっとも話してくれないでしょ。さっき、彼と電話でお話しして、やっとお人柄がわかったわ」
「お母さんが、彼へ電話したの?」
私はびっくりして訊き返す。
「お母さんは奈津へかけたのに、なぜかしら? 男の人が出るもんだから、そりゃあ驚いたわよ。あなたが、ゆうべ遅くにうちへ電話をくれたじゃない? その番号へ、今朝、リダイアルで折り返したの」
ゆうべは、母にはるを預けっぱなしだったし、様子が気になっちゃって、拓途のスマホを借りて電話したんだよね。
その電話番号へ、母が折り返してかけた。
母は、電話のリダイアル機能を使った? ……そうか! 私は、拓途のスマホからかけたもんね。
「ごめんなさい。ゆうべ、お母さんにかけたときは、彼のスマホを借りてたの。たぶん、彼のスマホに折り返しかかっちゃったんだよ」
私は説明した。
「まあ、そうだったの」
母は、目を丸くする。
「うふふ。でも、間違い電話してよかったわ。おかげで、安心したの。この方になら、なつをお任せしても大丈夫だって」
私を任せるだなんて、母ってば大げさだなあ。拓途はまだ高校生だよ!
「彼って、学校の先生かしら? 電話でお話していたら、チャイムの音が聞こえたの」
えっ! 拓途が、学校の先生?
やだあ、とんでもない勘違いしちゃって。
母は、私に年下の彼氏がいることしか知らないはず。私は30代でバツイチだし、普通に考えれば、高校生とつきあっているなんて思わないよね。だから母は、先生だと思い込んじゃったのか。
「彼は、あなたへ『いいお話』をするんですって」
母が言う『いいお話』って、プロポーズのこと?
「彼は、自信をなくしていたみたいだわ。あなたとの将来について。だから、お母さん、すごく頑張って説得したの! 『奈津のことが大事でしょう?』って」
ええっ! それはまずいよ! 拓途をけしかけちゃったの?
「もう、余計なことしないで」
プロポーズなら、今朝されたばっかり。拓途は、高校1年で子どもみたいなもんだから、今すぐ受けるわけにはいかないもん。
「どうしてダメなの? はるは、彼になついているんでしょ? 迷うことないわよ」
母は、不思議そうな顔をする。
「あのね。彼は、お母さんが思ってるより、ずーっと若いの」
すっかり勘違いをしている母に、本当のことなんて言えない。
学校の先生なんかじゃなくて、じつは高校生だとバレたら、母はショックでひっくり返っちゃう。
「彼は、きちんとお仕事もされているじゃないの。若くても大丈夫! こんないい人を、逃しちゃダメ」
母は、私をはげまそうとしているのか、ギュッと手を握る。
「あなたが来る前に、はると彼の話をしたのよ。はるは、大好きなお兄ちゃんの絵を描くんですって」
母は、後ろを振り返った。
さっきから、母の後ろで、はるが四つん這いでごそごそしていると思ったら、絵を描いていたの?
「ばあばー、でけた!」
はるが、大きな声を出す。
「はるちゃん、うまく描けたわね。ママに見せてあげたら?」
母が言うと、はるは白い紙をグイッとこちらへ押した。
えんぴつでぐるぐる描かれた、大きな円。その端っこに、への字を書きなぐったような線が二本。これは、笑った顔?
「にいたん、ぱっぱ!」
はるが、二本の線を指さした。
「ほら、ごらんなさい! はるも、彼にパパになって欲しいのよ」
母が、自信たっぷりに言う。
えーっ、そんなこと言われても!




