拓途視点【その16】 たこ焼き、あーん
口尖らして、たこ焼きフーフーしてる女。俺の隣に座ってるこいつを、何て呼べばいい?
見た目は、ミニスカ履いた高校生の『なつ』。だけど、中身はぜんぜん違う。こいつの正体、おばさんだからな! それも30代で、保育園に通うちっちゃな子どもまでいるし。
なんかもうイラッとくるぐらい、フーフー息かけまくってるんだけど。猫舌か? 腹減ってるんだろ。さっさと食えよ。
「ほら! もう熱くないよ。はい、どうぞ」
ニコニコして、たこ焼きをこっちに突きつけてくる。はっ? 俺が食うの? おばさんの息まみれのたこ焼きを、ツバとか思いっ切り飛んでるかもしんないやつを、俺に食えと?
「別に、腹減ってねーし。そっちが食えば?」
俺は突っぱねて、横向く。
ホントは俺だってめっちゃ腹減ってるけど。晩飯、食ってねーから。
「ふふふ。やだなあ、照れちゃって! 拓途が優しいのは、よーく知ってる」
ほわーんって、幸せそうに笑うんじゃねーよ! くっそ……あきらめらんなくなるだろ。
中身がおばさんだってわかったからって、速攻で吹っ切れるはずなくて。こいつの笑顔見ると、やっぱりかわいいって思っちゃうんだ。それが何気に辛かったりするんだよな。
こいつがおばさんに変わるところを見たら、忘れられると思う。めっちゃかわいい高校生の『なつ』が、地味なおばさんに変わる瞬間をがっつり見ちゃったらさ、さすがに『うわー引くわ、気持ち冷める……』ってなると思ったんだよ。
だから、俺はさっきから、こいつを尾行してた。
学校終わったあと、俺は、保育園の近くの路地でこっそり隠れてたんだ。こいつがおばさんになる瞬間を見ようとした。それで最後。こいつには二度と会わないって、そういうつもりでさ。
だけど、高校生がおばさんに変わるところなんて誰かに見られると、相当やばいもんな。こいつ、キョロキョロしてだいぶ警戒してたし、気づかれないように尾行すんのは、けっこう大変だった。
――で、それから3時間ぐらい経ってる。しかし何でこいつは、おばさんにならない?
こいつを追っかけてる間に、めっちゃ歩いたんだけど。10kmぐらい意味もなくブラブラしてたんじゃねーかな。俺、何やってんだ?
さっきこいつが警察に声かけられたときも、俺は関係ないんだし、そのまま放って帰っちゃってもよかったのに。
でもなんか放っとけない。尾行してるときに、しょぼーんとうつむいてる背中見たせいかもな。それで結局、ずるずる一緒にいて、たこ焼きおごってやってる。アホかな? 俺。
「拓途いらないの? だったら、わたしが食べちゃおうっと!」
こいつ、キラッキラした目で、俺を見上げてくるんだけど。
見た目にだまされんな、俺! こいつの中身おばさんだぞ。かわい……くない。かわいくない!
「んふーっ。おいしい」
めっちゃ口元ゆるんでる、こいつ。
かわ……いくない!
唇についたソースを、ペロッとなめた。
あの唇は、芋虫みたいにブニュッとしてんだからな! 見るな、見るなって俺! こいつとキスなんか、二度としねーぞ!
「あふ」
目を細めて、モグモグしてる。こいつ、うまそうに食ってるな。
なんか、俺もめっちゃ食いたくなってきたぞ。
「あのさ……俺も1個、食っていい?」
「ダーメ! 拓途さっきいらないって言ったよね」
たこ焼きの入った発泡スチロールのトレーを、肩のへんに避けた。こいつめ! 俺に取られないようにするつもりだな?
「いいじゃん、食わせろ!」
俺はトレーを取ろうと手を出した。
そのとき、トレーの底に溜まってたソースがドロッと垂れて、長い髪と白いシャツの襟が、べとべとに汚れちゃったんだ。
「えっ、嘘!」
こいつ、めっちゃあせってる。
「やだどうしよう? 今日、うちに帰れないのに。ソースまみれで、野宿だよ」
泣きそうな顔で、サラッとすごいこと言った。
は? こいつ、今、何て言った? 野宿?
「えっ? 帰……れない?」
俺は訊き返す。
「そうなの。家の鍵をなくしちゃってね。女子高生に変身したときだと思うんだけど、どこかに消えちゃったの」
しょぼんとうつむいて、たこ焼きのトレーをベンチの上に置く。
そうか! それでこいつは、寝るとこ探してウロウロしてたんだ。めっちゃ不安だったんじゃねーか? そーゆー大事なこと、何で早く言わないんだよ!
「うち来て、髪洗うか?」
俺は言った。口が勝手に動いてる感じだった。
「今日、家に誰もいないんだ。親も仕事で泊まりだし、姉のサツキも男と会ってるから、たぶん帰らない」




