<第14話>特売★LOVE
「近くの肉屋のコロッケがめっちゃ旨いんだけど、食いに行かない?」
彼が嬉しそうにニコニコしながら言った。
「今から?」
「そう」
「そんなの無理。はるを迎えに行かなきゃ」
わたしは、娘のはるを保育園に預けているからね! 15才の少女から、元通り35才のおばさんに戻れるなら、すぐにでも飛んで行きたい。
「今日も、妹を迎えに行かなきゃいけないのか」
彼が訊く。
そういえば昨日、彼に会ったとき、わたしは娘のはるを『 妹 』だって嘘をついたよね。
「何時までに、行けばいい?」
「19時」
わたしは答える。
それ以上、迎えが遅くなれば、延長保育料金がかかってしまうの。
「今は……18時20分。まだ時間あるな」
彼は、ポケットからスマートフォンを出して見る。
「海の子保育園って、広辻内科の隣にあるやつだよな」
彼が訊く。
「そうだけど、よく知ってるね」
わたしはちょっと驚いて、返事をする。
「いつもあの辺、通って帰ってるから」
彼はサラッと言う。
「店は、保育園から向かいの公園の角、曲がってわりとすぐなんだ」
「肉屋さんが?」
わたし、そんなところに店があるなんて知らなかったな。はるを迎えに行ったあとは、大急ぎで家に帰るから、保育園の近くに何があるか、気にする余裕もないしね。
「知らない? 近所じゃ、安くて有名みたいだけど」
彼が答える。
「その店って……そんなに安いの」
肉が安い……なんて素敵な店なの! 35才の主婦の心が、ぐらぐら激しく揺さぶられて、ときめいちゃう。ああ、胸がキュンキュンしてきた。目がハートマークになっちゃいそう。
「めっちゃ安い。小学校のとき、豚こまが69円の日によく買いに行かされた」
彼が照れくさそうに言った。
嘘でしょ! 豚のこまぎれ肉が69円なんて、メガトン級のありえない安さだ!
「今も、69円のセール、やってるかな」
わたしは彼に確かめる。
「そこに食いつくか」
彼は大ウケした。
「気になるんなら、行って確かめてみれば」
彼は呆れたように笑う。
「わかった。お肉屋さんに連れてって」
「じゃあ行こう」
彼はするりと防波堤を降りる。
「うん」
振り返ると、わたしの後ろには、銀色の自転車が停まっている。
「あれ?」
今日、わたしはここまで、えんじ色のママチャリに乗ってきた。なのに、目の前に停まっているのは、わたしが高校生の頃に乗っていた、銀色の自転車なの。
わたしの身体が15才に変身したついでに、自転車まで変わってしまったの? 自転車の前かごには、紺の通学カバンが入っているし。
「早く行かないと、コロッケ食う時間なくなるぞ」
彼は自転車にまたがって、わたしを待っている。細かいことを気にしちゃいられない。
「今、行く」
わたしは自転車に飛び乗った。
「飛ばすぞ」
彼がペダルを踏み込んだ。
「うん」
はるを迎えに行く時刻まで、あと30分くらい。残り少ない時間と追いかけっこをするように、防波堤のわきをまっすぐに走り抜ける。
【ミニ拓途視点】
潮風あびて走る、2台の自転車。
なつが、俺のあとを必死でついてくる。うは。かわいい!
うおおお、めっちゃ青春って感じする!
俺 + なつ = でっかいハート。
そーゆースクールラブっぽいやつ、俺にゃ絶対ムリって思ってた。
でも、奇跡ってあるんだな! 振り返ると、なつがキラッキラした目でこっち見てる。うわ。やば。照れるじゃん! 完全に、俺に惚れてんだろ。
もしかして。告白したら、OKくれるかも? チャンスがあったら、どさくさにまぎれて言っちゃうか!




