<第15話>ほくほくシアワセ
「肉屋はこっち」
彼が自転車で、路地へ入っていく。
わたしもあとへ続いた。
保育園から住宅街の路地を抜けると、ひなびた商店街。八百屋に、花屋に、薬局、小さくても一通りのお店は揃っている。その中に、肉屋もあったの。
彼はもの慣れた風に、肉屋のわきのちょっとした隙間へ自転車を停める。わたしも自転車を降りて、お財布を出そうとした。
「このくらい俺がおごる。待ってて」
彼がわたしに言ってくれる。
「でも、いいの?」
年下の子におごってもらうなんて、ちょっぴり気が引けるよ。まあでも、今、わたしは彼と同じ学年の15才になっているんだし、素直に甘えちゃおう!
「カルビコロッケでいいよな」
「カルビ?」
「ここのは、牛のカルビ使ってんだ」
彼は、自分のことのように自慢げに言う。その粋がった口ぶりが、ちょっとかわいい。
「おいしそう」
「絶対、旨くてびっくりするから」
彼は、肉屋のショーケースの前へと小走りして行く。
もうすぐ夕飯どきだから、お客さんはひっきりなし。
店頭にフライヤーがある。わたしの目の前で、油の中に、カツやコロッケのタネが次々と放り込まれた。ラードの甘い匂いがふわっと立つ。ああ、お腹が鳴っちゃいそう!
店のショーケースの上に、肉の値段を書いた札が、ずらりとぶら下がっている。和牛切り落とし肉が250円。豚ばら肉も105円。キラキラと心がときめく安さなの! わたしの心は、もうイチコロ。すっかり舞い上がっちゃった。
わたしはショーケースの中の値札も見たくて、身を乗り出して覗いたの。そうしたら、注文を待つ列に並んでいる彼とばっちり目が合っちゃってね。
彼は、ほんわかした笑顔を向けてきて。わたしは、肉の安さに鼻息を荒くしちゃったのが恥ずかしくて、あわてて笑い返したの。
彼の順番がきた。彼は、お店の人と話し込んでいる。フライヤーにコロッケのタネが2つ放り込まれて、ジュワーっと音が立つ。彼が照れくさそうにニヤッと笑う。いったい何を話しているんだろう? ちょっと気になっちゃうな。
お金を払い終わった彼が、照れくさそうに歩いてくる。
「豚こま69円、今はもうやってないって」
「店の人に、訊いてくれたんだね」
わたしが言うと、彼はうなずく。
「でも、これもらった」
彼は、緑色の小さな紙切れをふたつ出す。それは、この店で使える100円分の値引き券だ。
「2枚くれた。『彼女の分もどうぞ』って」
「彼女いるんだね」
わたしはなんとなく相槌を打つ。
「違う。なつのことだ」
彼が早口で言う。
「わたし?」
わたしはびっくりして答える。
「中学で仲良かった奴の親が、ここで働いててさ。俺となつが一緒にいるから、『やっと彼女できたの!』って、勝手に勘違いして」
あわてて言い訳するみたいに、彼が真っ赤な顔でまくしたてる。
「でも、まあ、そうなっても…………ぃぃ」
最後の方は、急にぼそぼそと小声になった。わたしは、彼の言うことが聞こえなくて、訊き返そうとした。
そのとき。
「カルビコロッケ2個で、お待ちのお客さま」
フライヤーで揚げ物をするおじさんに、大声で呼ばれちゃった。
「とにかく、これあげるから使いなよ」
彼は、値引き券をぎゅっとわたしの手に握らせた。
コロッケが入ったビニール袋を提げて、彼はすぐに戻って来る。
「公園で食おう」
「うん」
わたしはうなずく。保育園の向かいに、小さな公園があるの。
「急ぎで行こう」
彼は、自転車を取りに走る。
商店街から路地を抜けて、保育園のまん前に出た。娘のはると同い年くらいの男の子が、母親に手を引かれて、ちょこちょこと、保育園の外階段を下りている。はるも今、わたしを待っているんだよね。
「迎えは、何時だっけ」
公園の入り口で、彼はペダルをこぐ足を止めて、わたしに訊く。
「遅くても、19時までには行かないと」
「じゃあ、食う時間あるよ。今は、18時43分」
彼は、ポケットからスマートフォンを出して、チラッと見た。
「ここにしよう」
入り口に一番近いベンチのわきで、彼は自転車を停める。
「うん」
わたしも彼に続いて、ベンチに座った。
ふたりして、熱々のコロッケにかぶりつく。
「はふっ、本当においしいね」
カルビの脂が、じゃがいもへ行き渡っていて、肉の味をしっかり感じるの。芋の食感も、滑らかで。
「だろ? 暫定だけど、ここのコロッケは、世界一だから」
彼がほこらしげに胸を張る。丸まっていた背中が、まっすぐに伸びた。彼はすごく幸せそうに、コロッケを頬張っている。
わたしも、温かいじゃがいもを最後のひとくちまで噛みしめた。




