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   叶えたくない望み




 窓の外で侍女と並んで庭の花を眺めるいずみを、イヴァンは目を細めて見つめる。


 もっと欲を出してもいいというのに、どこまでも彼女は無欲で純真だ。

 ……いや。ハッキリと自分が何を欲しているのかを分かっているからこそ、どれだけ豪勢で華美なものでも興味が持てないのだろう。そう思うと実は誰よりも欲深いのかもしれない。


 家族や仲間を殺され、妹と生き別れ、過酷な環境に身を置くことで生まれた彼女の純粋な欲。それが愛おしくもあり、悲しくもあった。

 よほど嬉しいのか、花を選ぶいずみの表情が活き活きとしている。それを微笑ましく思っていると、


「エレーナ……あの若さで、余程辛い思いをしてきたのですね」


 ぽつりと王妃が呟く。いずみの事情を一切伝えず、彼女が辛そうな気配を見せた素振りも皆無だったというのに、それを見抜いた王妃にイヴァンは振り向き、目を見張る。


「……分かりますか?」


「ええ。あの若さで己が何を欲しているのか、何を大切にしたいのかをしっかりと理解しているなんて……きっと色々なものを失ってきたのでしょうね。私にも覚えはあるから」


 そう言って王妃は小さく息をつき、力なく微笑む。


 イヴァンが物心ついた頃は、優しい父王に愛され、幸せに笑っていた母。

 しかし父王が狂い出し、母は大切にしていたものを壊され、奪われていった。その上、悲しみに暮れる間もなく脚の自由を失い、父王の凶行をただ見続けるしかできなくなった。


 だからこそいずみが背負うものに気づいたのだろう。詳しい話をしたいところだが、キリルの目がある。言えば王妃であっても命を狙われる羽目になってしまう。


 イヴァンがどう話を切り替えようかと思案していると、


「あの子が普通の娘なら、やめておきなさいと言おうと思っていたけれど……エレーナなら問題ないわ。イヴァン、私はいつでも彼女の後ろ盾となりますからね。養子先も信用が置ける私の親類の一族にお願いしておきますから、貴方は安心して準備を進めていきなさい」


 いきなり何を言い出すんだ?

 話が掴めずにイヴァンが首を傾げると、王妃は満面の笑顔を浮かべた。


「私はエレーナを貴方の妃にすることを賛成するわ。侍女たちからは何度も貴方が男色家で、妃を娶る気がないという噂を聞いていたから実は心配していたのだけれど……これで安心して国を任せられるわ」


 想定外のことを嬉々として言われてしまい、イヴァンはギョッとなる。


「は、母上?! お言葉ですが、俺はエレーナをそういう対象としては見ていないのですが……」


「あら、その気があったから今まで私の見舞いを理由にして、わざわざエレーナに花束を作ってもらっていたのではなくて?」


 あくまでいずみを調べるために近づく口実としてやっていたのだが、本当のことを言えば秘密の暴露は許さないとキリルに斬られてしまう。

 困惑の色を見せるイヴァンへ、王妃は笑みを浮かべたまま眼差しを強くした。


「本来は有力な貴族から娶るものかもしれないけれど、次期国王となる貴方は現王のせいで荒れたこの国を立て直すことが求められる……国の内外に多くの敵を作ってしまった今、どんな危険が迫っても逃げ出さず、貴方を支え続けられる存在が必要だわ」


 どうやら戯れではなく、本気でいずみを王太子妃にしたいらしい。

 王妃の思惑が伝わってきて、イヴァンは眉間に皺を寄せる。


「……確かにエレーナなら、俺がどんな窮地に陥ったとしても支えようとするでしょうし、身を着飾るために国庫を浪費するなんてこともないでしょう。頭も良いですし、教養もある程度は身についていますから、少し学べば妃として申し分ない立ち振る舞いができるでしょう」


 一見か弱そうなあの少女が、どれだけ心が強く、優しいかということは十分に知っている。その強さに惹かれていることも自覚はしている。

 もし許されるならば、彼女を自分の隣に置きたいという望みはある。今のところ、そう思うことができる唯一の人間だ。しかし――。


 イヴァンは一旦口を閉ざしてから、ゆっくりと大きく首を横に振った。


「母上、俺は絶対に彼女を選びたくはありません」


「まあ……どうしてですか?」


「俺がこの手でエレーナの自由を奪い、この国に縛り付ける訳にはいきません」


 いずみにとって自分は憎き仇の子供だ。そんな人間と結婚し、憎悪する者が治めている国のために生き続けなければいけないなど、生きながら地獄に住まい続けるようなものだ。


 どれだけ切望しても、絶対に叶えたくはない望み。

 こちらの意思が固いことを悟ったのか、王妃は寂し気に眉根を寄せた。


「そう……残念だわ。でも心変わりした時にはいつでも私を頼りなさい」


「……ありがとうございます、母上」


 イヴァンは王妃に一礼すると、再び庭で花を選ぶいずみに目を向ける。

 どうやら欲しい花が見つかったらしく、小ぶりで可憐な桃色のバラを一本手に持ち、侍女と談笑していた。


 もっと立派な大輪のバラや華やかな花が咲き誇る庭の中、いずみは手元の花だけを見つめ、今にも泣きそうな笑顔を浮かべている。

 一瞬、ガラにもなくその花が羨ましいと思ってしまったが、イヴァンは即座に心の奥へと押し込んだ。

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