自分のためだけの褒美
「良かったらこれからも花束を作ってもらえるかしら? お礼は必ず――」
「あの、私で良ければこれからもお作りします。でも……お気持ちは嬉しいのですが、私は王妃様に喜んで頂くことが一番の望み。こうして嬉しそうなお顔を拝見できて、もう十分にお礼を頂きました。ですから、これ以上は受け取れません」
いずみが慌てて小首を振ると、王妃の目が一瞬丸くなり、小さく吹き出した。
「それは困ったわ。貴女のために色々と取り寄せて準備していたのに、すべて無駄になっちゃうわ……せめて何か一つだけでも受け取ってくれないかしら?」
柔和な物腰なのに、なぜか有無を言わせない迫力がある。外観は似ていなくても、やはりイヴァンとは親子なのだと実感してしまう。
どうすれば良いか分からず、いずみは隣に控えていたトトヘ目を泳がせる。
すぐに思いが伝わったらしく、トトが柔和に微笑んだ。
「せっかく王妃様がそう仰って下さるのだから、エレーナの好きな物を言えば良いんだよ」
「ああ。母上は贈り物が好きな人だから、早く言わないと取り寄せた物すべて受け取る羽目になるぞ」
背後に立っていたイヴァンから、からかい気味の声が飛んでくる。
チラリと後ろを見やると、その顔に薄っすらと楽しげな笑みが浮かんでいた。
言わざるを得ない雰囲気に、いずみの思考が目まぐるしく働いた。
(ど、どうしよう、本当に何もいらないのに……)
必死に考えて、考えて――ようやく欲しい物が浮かんだ。
「ではお言葉に甘えて……日持ちするお菓子を頂けませんか?」
いずみが王妃の顔を伺いながら口を開くと、王妃は小さく笑った。
「遠慮せず、もっと高価な物でも良かったのに……分かったわ、侍女に用意させておくから、帰りに忘れずに受け取って頂戴」
「ありがとうございます。これでいつも休みなく働き続ける兄を元気づけることができます」
ホッといずみが胸を撫で下ろしていると、なぜか場の空気が困惑したような色を見せる。
変なことは言っていないはず……と、いずみが戸惑っていると、王妃が悩ましげに人差し指でこめかみを押さえる。
「んー、どう言えば良いのかしら? ……お兄様用のお菓子は準備するから、貴女自身が必要としたり、楽しんだりする物を教えて欲しいの」
いずみは二、三度瞬いてから視線を下へ落とす。
自分のために欲しい物……そう言われると、ますます浮かんでこない。
適当に差し障りのない物を言えば済む話なのだろう。けれど、まったく望んでいない物を口にするのは、一番失礼なことのような気がした。
このまま答えに窮し続けるのは失礼だと、いずみは顔を上げ、城へ戻る時までに考えたいと答えかける。
ふと視界の脇に、窓の向こうで広がる庭が入った。
ハッとなったいずみに気づき、王妃が「あら」と微笑んだ。
「何か思い浮かんだのかしら?」
「はい、王妃様。どうかあちらの庭園に咲いているお花を、一輪だけ頂けませんか?」
心から欲しいと望んだ物。いずみは口にした途端、自分の頬が熱くなるのが分かった。
今度は王妃が不思議そうに瞬き、顔を柔和に崩した。
「一輪と言わず、馬車の中を埋めるくらいでも構わないのに……本当にそれだけでいいの?」
「それだけだなんて……私には十分過ぎるほどです」
いずみはかすかに首を横に振り、胸の前で両手を組む。
「王妃様とお会いできた今日という日は、私にとってとても嬉しくて特別な時。ですから、頂いたお花を押し花にしてから本のしおりにして、この時を一生の宝物にしたいと思っています」
ジェラルドを治す道半ばで殺されてしまうにしても、治して水月とともに自由を勝ち取るにしても、こんな特別な日はもう二度とない。
一国の王妃とこうして身近な距離で向き合って話すことも、青空の下を走る馬車の中で、イヴァンと妹や里の思い出を楽しく語ることも――。
ジッといずみの目を見つめていた王妃が、「分かったわ」と手を叩いた。
「誰か、エレーナを庭に案内してあげなさい。……エレーナ、私はイヴァンとお喋りしているから、私に構わずじっくりお花を選んで頂戴ね」
「ありがとうございます、王妃様」
いずみが深々と一礼すると、おもむろに部屋へ案内してくれた侍女が隣に立ち、「こちらへどうぞ」と促してくる。
ゆっくり立ち上がって侍女の後ろへ続こうとした時、イヴァンと目が合う。
あの重苦しい王城ではないからか、いつになく穏やかな顔でこちらを見ていた。
いずみが「イヴァン様、行ってきます」と笑いかけると、イヴァンは「ああ」と頷きながら笑い返してくれた。




