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薄黒い雲が見渡す限り空中を覆っている。恐らく一刻もしないうちに大雨が降ってくるとだれもが推測できる空模様だ。だが、コーディオンは天気とは反対に晴れ晴れとした気分でいた。
ああ、ようやく、ようやく、彼女に会うことができます。ソウカ、私はやりましたよ。貴女の愛の試練を乗り越えることが叶いました。
荒野に降り立ったコーディオンは意気揚揚と辺りを見渡す。目で見える限りは何も残っていない。だが、彼女が転移したであろうかすかな魔力の残滓を感じ幸せをかみしめていた。
さて、ソウカを探しましょうか。
彼女の魔力を探知しようとして、ふと異変に気がついた。
おや?あまり魔術を使用してないようですね。
魔力の残滓がこの一帯以外にほとんど存在しないことに気が付き、コーディオンはかすかに眉をひそめた。
ここでも、試練ですか、ソウカ。
より精密に魔力の探索をかける。
その時、視界の片隅で彼女の魔力の残滓の塊が動くのを感知した。
すかさず停止の術をかけてその方に向かう。
そこにはかなり巨大な生き物が口を開けたまま停止していた。
「おやおや。これはトカゲ系の魔物でしょうか?」
なぜ、この生き物から彼女の魔力が感じるのか。分からない。分からなければ、調べればよいとコーディオンは手を翳してトカゲの魔物の頭に術を施した。
その途端に、コーディオンの脳裏に様々な現像が浮かんでくる。トカゲの記憶を読み取っているのだ。
見たこともないほど嬉しそうに笑う彼女の様子に見惚れながら、トカゲの頭を掴む手に力が入ってくる。
「彼女を食べようとしたばかりでなく、汗を吹き飛ばしてもらい挙句の果てに彼女に撫でてもらったのですか?許せませんね。私を差し置いてそのようなことを・・・」
トカゲは停止しているはずなのに滝のような汗が体中から流れ出ていた。加えてほんのわずかだが小刻みに揺れている。
本能的に命の危機を感知しているのだろう。事実、コーディオンはやる気満々だった。だが、死滅の術をしかける一歩手前で思いなおした。
手を大きく広げ円を描く。するとトカゲの魔物がみるみるうちに縮んでいき、小指サイズまでになった。
さらに指をはじくとトカゲもどきのまわりに丸い球が出現する。
青い透明の珠の中に小さなトカゲが入っている形になる。
「さきほどの記憶の彼女は本当に生き生きとしてて可愛らしかったですからね。その記憶を消すなどもったいないことです。こうしておけばいつでもみることができます。ソウカコレクションの一つにしましょう」
うっすらと笑いながらたった今作成した珠を懐にしまいこんだ。
そしてトカゲもどきはソウカに発見されるまでコーディオンの懐で仮死状態のままに放置されることになる。
「とりあえず彼女の居場所を掴みましょう」
コーディオンはその場で眼をつぶって小さく息を吐く。途端に、彼女の美しい声が耳に入ってきた。
その声に衝撃を受ける。
歌を歌っている・・・。
「なんて美しい歌声でしょう。この歌をきいたら王宮抱えの吟遊詩人たちの歌などわらべ歌程度にしか思えなくなります。愛し合っているときの声とおなじぐらい艶がありますね」
コーディオンは恍惚とした表情でその歌声を聞いていた。すると、そちらに意識を向けたことで彼女の様子が鮮明に映像として脳裏に入ってくる。
それをみた瞬間、彼の身体中から風が巻き起こった。
荒地で生き物が存在しない空間だったためにコーディオンは自分の感情をコントロールする気も起こらず、思いのまま魔力を放出する。
「ああ。ソウカ。なぜにたくさんの人前でその美しい歌声を披露しているのですか?眼の前に陣取っている男どもが貴女を狙っていますよ。今すぐ止めてください!」
コーディオンはこの世の終わりかと思えるほど、美しい顔に皺をつくって苦渋の表現をしている。
その声が聞こえたからというわけではないが、ちょうど歌を披露するのはそこで終了となったようだ。アンコールの声もちらほら聞こえてきていたが、そこの女主人だと思われる恰幅のいい女性が一声あげてその場は解散となる。さらにその女性がソウカを呼びなにやら布を手渡していた。
どうやら服のようだ。
ソウカは頭を一つさげてそれをもって奥の部屋に入り服を広げる。
それを試着した彼女を見た途端、自分でもわかるぐらいごくりとのどが動くのを感じた。
丈は長いドレスである。だが、肩ひもがホルタータイプになって、首の後ろで結ぶタイプなので胸が強調されている。さらに、身体にフィットしているので、今までの服装とちがって一目で彼女の素晴らしい身体付きを見せる形になっている。すそまであるのでそれほど抵抗がないようだが、左後ろにスリットがはいっているので、なまじ肌を露出させるより色気を感じる作りになっている。
決して今まで着せたこともないような露出の高い服。
な、なんですか、そのとんでもない破壊力の姿は。
そんな姿を他の誰かに見せる訳がないでしょう。もし見た男がいれば間違えなく記憶を奪い取るか、視力を失わせるぐらいのことをしなければ気が済みませんね。
コーディオンは物騒なことを頭に描く。
もう我慢できませんね。さっさと行きましょう。
思いのままに彼女の許に転移するために、手を軽く払った。
一瞬で周りの風景ががらりと変わる。
彼女と待望の再会に、たがが外れ思いのまま彼女を求めてしまった。
だが・・・。
コーディオンはひとつ決心を固めていたことがある。
それはこの異世界にいる間に彼女との新たな絆を作ってしまうことだ。
彼女が『異世界への渡り』を習得しているのであれば、今回はエドワールが印をつけていたのですぐに探し出すことができたが、次の同じようにされると探し出すまでにかなりの時間を要する羽目になる。
彼女が真の魔術師体質であることは十分理解している。もちろん、その研究を邪魔するつもりはない。だが、今のままだとその術を何度も駆使して王妃の座から逃れようとするのは眼に見えていた。
さすがに、自分の子を身ごもれば逃げようとまでは思わないだろう。
「すみませんね。それほど貴女の気持ちが私に向かっていなくても、もう手放す気はさらさらないのですよ。ですから、諦めて私のモノになってくださいね」
コーディオンは抱きすぎて気絶するように眠りについている彼女のふっくらとした唇に、自分のそれをそっと当てながら心の中で謝る。
「こうして二人っきりで仕事をわすれてハネムーンを味わえるなんて嬉しいですよ。本当に1年ほどここで過ごしましょうか?」
コーディオンはソウカが聞くと全身全霊で拒否するようなことを、夢すらみないほど深い眠りについた彼女に満面の笑みを浮かべて問いかけていた。
数日で元の世界に帰りたいと懇願するソウカをなだめながら、色々な場所に跳んではふたりっきりを楽しむ。ソウカが1人では異世界に行かないと誓ったことで、ようやく長いハネムーンを終わらすことになった。
戻ったコーディオンはさっそくに侍医にソウカを診せ、侍医から自分の思惑通りの回答を得ることができた。
それを聞き、魂が抜けたようなソウカを抱きしめる。
「これで逃げられませんね、ソウカ。愛しています」
「ちょ!?・・・まて!・・・ええ~・・・」
自分でも何を言ってるか分かっていない表情の彼女を、より一層強く抱きしめて抱擁する。
「戴冠式は安定期に入ってからにしましょ。では、また夜に会いに来ます」
ちゅっと触れるだけの口付けを奪って、部屋から退出する。
えええええええええええ~。ちょ~~~~。
彼女の可愛らしい叫び声をBGMに、コーディオンは死神のようになっている幼馴染みのいる執務室へと軽やかに足を運んで行った。
コーディオン視点、ここで終わりです。
とりあえずこれで完結です。
気が向いたら短編で後日談を書くかも?
自分の趣味爆裂の話をここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。




