↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/32

夜明け

 夜、俺たちは南の街道沿いで息を潜めていた。

 街の明かりは遠い。

 聞こえるのは、時折吹き抜ける風の音。

 俺は寝袋に包まりながら、何度目か分からないあくびをする。


 「……本当に魔物なんて来るのか?」


 「さあ。」


 隣でセレナが答える。


 「でも、来るとしたら今日だと思うわ。」


 「なんで?」


 「昨日、アルベルト領主に話したでしょ。」

 「私たちは北の森を調べるって。」


 「ああ。」


 「それが本当に漏れているなら、今夜あたり何か動きがあるはず。」


 セレナは街道の先を見つめる。

 俺も同じ方向を見る。

 暗闇の中には、何も見えない。


 …静かだ。


 そう思った時だった。


 「……ん?」


 遠くから何かが聞こえた。


 馬の嘶き。

 続いて、男の叫び声。


 「助けてくれ!」


 セレナが立ち上がる。


 「来た!」


 俺も慌てて剣を手に取った。

 街道を走る。

 少し進んだ先に、一台の馬車が見えてきた。

 荷台が横倒しになっている。

 その周囲には、何匹ものゴブリンやコボルトがいた。


 「セレナ!」


 「分かってる!」


 セレナが一気に駆け出した。

 剣が月明かりを反射する。


 ザシュッ!


 一匹。

 続けて二匹目。

 鋭い剣撃で、魔物が次々と倒れていく。


 「すご……。」


 商人が呆然と呟く。

 セレナはそのまま馬車へ向かう。

 俺も負けじと走った。


 「うおおおっ!」


 剣を振る。


 ゴブリンが吹き飛ぶ。

 そしてもう一匹。

 今度は一撃で仕留めた。


 「俺も、前より強くなってるんだ。」


 セレナに負けてばかりじゃいられない。

 俺は体勢を整えて、コボルトを切りつけた。


 だが。

 その瞬間。


 ――ズン。


 地面が揺れた。


 「……え?」


 セレナの動きが止まる。

 魔物たちも、一斉に動きを止めた。


 そして。

 暗闇の奥から、巨大な影が現れる。


 「グオオオオオ……。」


 俺の倍近くの身長。


 長い手足。

 巨大な鼻。

 全身を覆う分厚い皮膚。


 『トロールコマンダー』


 戦闘力 210


 「……210。」


 思わず呟く。

 セレナが剣を構える。


 「ケンイチ。」


 「ああ。」


 さっきまでとは、空気が違う。


 こいつは――別格だ。


 トロールコマンダーが棍棒を振り上げる。


 「来る!」


 巨大な棍棒が振り下ろされる。


 ドゴォン!!


 地面が砕けた。

 俺は横へ飛び退く。


 「危なっ!」


 その間にセレナが向かっていく。

 トロールの攻撃を紙一重でかわし、そのまま懐へ入り込む。


 「はあっ!」


 ザンッ!


 セレナがトロールの腕を斬る。

 しかし――。


 「浅い…!」


 傷はついた。

 だが、致命傷には程遠い。


 トロールが腕を振る。

 セレナは後ろへ跳んで回避する。


 「硬すぎる……!」


 俺は再度トロールの動きを見る。

 

 一撃一撃は重い。

 まともに受けたら終わる。

 でも、動きは遅い。


 俺は呼吸を整える。

 思考から余計なものを消す。


 恐怖も。

 迷いも。

 全て。


 ――明鏡止水。


 トロールが腕を振り上げる。

 同時に、俺は一歩踏み込む。


 「そこだ!」


 剣を振り抜く。


 ザシュッ!!


 刃がトロールの脇に入った。


 「グオオッ!?」


 巨大な体がぐらりと揺れる。


 「効いた!」


 だが、倒れない。

 トロールは無理やり体勢を立て直す。


 「嘘だろ……。」


 俺は息を呑む。

 明鏡止水で狙いを定めた一撃。

 完璧に入ったはずだ。

 しかし――倒れない。


 トロールが腕を振り上げる。


 「まずい!」

 「避けられない!」


 ザシュッ


 間一髪、セレナがトロールの足に一撃を与える。

 そして、俺の腕を掴んだ。


 「商人連れて逃げるわよ!」


 その言葉で、俺は商人たちを見る。

 馬車の陰で震えている。


 「……分かった!」


 俺達はトロールから距離を取る。


 「商人さん!」


 「は、はい!」


 「馬車を捨てて逃げるぞ!」


 「でも荷物が……!」


 「命の方が大事だ!」


 セレナが魔物を牽制する。


 「今のうちに早く!」


 商人たちは慌てて走り出した。

 それを確認して、俺たちも後退する。

 トロールが追ってくる。

 しかし、速くはない。

 セレナが振り返りながら言う。


 「この速度なら振り切れる!」


 「よし!」


 俺も走る。


 背後から巨大な咆哮が響く。


 「グオオオオオオッ!!」


 やがて、トロールの姿が暗闇に消えていった。


◇◇◇


 街道をしばらく走り、俺たちは足を止めた。


 「……はぁ……はぁ……。」


 息が苦しい。

 セレナも肩で息をしている。


 「ありがとうセレナ。」

 「おかげで助かった。」


 「お礼はいいわ」

 「あなたがいなかったら、私も危なかったもよ。」


 セレナの表情が少し和らぐ。


 「俺が?」


 「ええ。」


 セレナはトロールが消えていった方向を見る。


 「あなたの一撃で、あいつの動きが鈍った。」

 「あの隙がなかったら、商人たちを逃がすのは難しかったと思う。」


 「……そっか。」


 そう言ってもらえるとありがたい。

 明鏡止水。

 俺はまだ完璧には使いこなせていないが、少しずつ自分の力になってきている気がする。


 そんなことを考えていると、セレナが口を開いた。


 「…でもやっぱり、漏れているわね」

 「私たちが北の森へ向かうと伝えたら、南の街道で魔物が現れた。」


 「……。」


 俺は後ろを見る。

 さっきまで、あれほど激しく暴れていたトロールコマンダーの姿はもう見えない。


 「偶然ではないってことだな。」


 「ええ。」


 セレナの声は静かだった。


 「私たちの行動が、魔物に伝わっている。」


 「でも、それだけでアルベルト領主が犯人だとは限らないだろ。」


 俺がそう言うと、セレナは少し考えるように黙った。


 「そうね。」

 「ただ……。」


 セレナはルーベンの方角を見る。

 遠くに、街の明かりが小さく見えていた。


 「少なくとも、私たちが昨日伝えた情報は、誰かに利用された。」


 「……ああ。」


 「そして、その情報を知っていた人間は多くない。」

 「アルベルト領主が関わっている可能性は、かなり高いと思うわ。」


 俺は何も答えられなかった。

 リリアーナの話をしていた時の、優しそうな笑顔。

 俺達を見送る時の、心配そうな顔。

 それらを思い出す。


 それでも。

 今日の出来事を偶然で片付けるには、あまりにも出来すぎていた。


 「……戻ろう。」


 「ええ。」


 夜が明ける。

 俺たちはルーベンへ向かって歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。