10
あれは学校に入学して数カ月の頃。
私は13歳の時の夢わたりでの失態による精神的トラウマのようなもので、よく気分が悪くなっていた。
おまけに依頼をこなした次の日は寝不足で、体調は最悪だった。
そのため保健室でベッドを借りて、休むこともしばしばあった。
あの日も保健室の二つあるベッドの一つを占領し、我が物顔で寝転んでいた。
保健室の先生も慣れっこで、私を置いて、お昼ご飯を食べに外に出た。
うつらうつらしていると扉が開く音がした。
「あれ?先生いないのか…」
ベッドのカーテン越しに男の子の声が聞こえた。
明かに病人と思われるしんどそうな声である。
カーテンを少しだけ開くと、明るい茶色の髪の毛が見えた。
あれはアイザック・ヴェセリー。
隣のクラスの男子である。
人気者なようで、周りにいつも人がいる。
隣のクラスだが、目をひく存在で女子の話にもよく出てくるので、名前は知っていた。
予想通り体調が悪いらしく、気だるげな様子である。
もう一つのベッドに勝手に横になっていいのか迷っているようである。
「寝ていいと思うよ」
見かねて思わず声をかける。
「うわぁ!」
突然話しかけてしまったのでアイザック・ヴェセリーが驚いた声をあげる。
その声に私も驚いてしまう。
二人で目を見開いた後に顔を見合わせて笑う。
「ごめんな、びっくりして」
「ううん、私も急に話しかけたから」
「いや、助かったよ。勝手に寝ていいのか迷っていたから」
やはり迷っていたらしいアイザック・ヴェセリーが私の隣のベッドに横になる。
いつも太陽のように笑顔を浮かべているアイザック・ヴェセリーしか見かけたことがなかったので、彼の様子に心配になる。
自分自身は寝て、少し回復したので、せめて邪魔にならないようにここを出るか。
そしてついでに保健室の先生を呼んでこよう。
音を立てないようにそろりとベッドから降りる。
「どこ行くの?もしかして気を遣っている?」
目をつむっている彼の邪魔にならないように配慮したつもりだったが、気配がしたようである。
アイザック・ヴェセリーがこちらを見ている。
「あっ、俺がいて気になるならカーテン閉めるよ」
カーテンを閉めようとするので、慌てて止める。
「違うの。私は寝不足みたいなもので、マシになったから」
「そうなんだ」
ほっとしたようにアイザック・ヴェセリーが息を吐く。
すごいな、この人。
自分がしんどいのに、周りのことを気遣えて。
だから人気者なのだろうな、人見知りの私でも初対面でも会話がしやすいし。
「寝不足ってしんどいよな。俺もそんな感じ」
ベッドに横たわり、力なく笑ったアイザック・ヴェセリーの顔をよく見ると、目の下にうっすらクマができている。
「寝不足ってどうして?」
「うーん…」
「あ、言いにくいことなら言わなくていい」
自分が寝不足の理由を聞かれたら困るくせに、気になって問いかけてしまった。
アイザック・ヴェセリーが困ったような顔をしたので、慌てて話をひっこめる。
どうして私は初対面の人にずけずけと。
「いや、そうじゃなくて」
アイザック・ヴェセリーが体を起き上がらせて、口を開こうとする。
しかし上体が前に傾く。
「大丈夫?」
駆け寄って支えると、身体が異常に熱い。
驚いて、アイザック・ヴェセリーの顔を覗き込むと、先ほどより息も荒くなり、しんどそうである。
そっと彼を支えながら、ベッドに横たえる。
「ごめん」
「謝らないで」
そして冷蔵庫に向かい、氷枕を出す。
手に持つと冷たすぎるくらいのそれを、アイザック・ヴェセリーの明るい茶髪の下にひく。
「ありがとう」
「絶対高熱だから。ゆっくり休んで」
先生を呼びに行こうと、立ち上がった時、保健室の扉が開いた。
先生が帰ってきたのである。
そのことにほっとする。
純粋に来てくれた安心感と、初対面の人に無神経に質問してしまい、あげく体調を悪化させてしまった気がして、このまま二人きりでいることに耐えられなかったからである。
「じゃ、私はこれで」
「あっ」
アイザック・ヴェセリーが声をあげた。
しかし先生が来たから、私と話す必要はないだろう。
アイザック・ヴェセリーに背を向けて、先生にお礼を言うと、保健室を出た。




