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第7話 アイギスの盾

 光と熱に包まれ、人の形をしたシルエットが浮かび上がる。

 僕よりもずっと大きな身体だ。素早く鞄から着替えを取り出す。

 良かった、近いサイズのシャツがあった。光が途切れる前に投げ渡す。


「……ちょ、ちょっといきなりなんなのよ。どういう状況!?」


 目覚めたばかりの少女が、頭にシャツを被って困惑している。当然の反応だと思う。


「おやおや、ご立派な二つの丘が。今後の参考に挟まれてみたいものですね」


 ライブラさん……初対面の相手にその感想はどうだろう。


「詳しい説明をする暇はないんだ。今すぐその服に着替えて欲しい。僕は後ろを向いてるから!」


「へっ? 着替えって――――私全裸じゃない!? きゃあああああああああ!」

 

 二度目なので流れ作業のように処理したけど。

 自分の格好に気付いた少女が、叫びながら逃げていく。

 人の姿になった時点で、羞恥心などの常識が埋め込まれるみたいで。


 エルの場合は……あの子はそういうのに疎そうだよね。


「――んで、この私を目覚めさせた貴方の望みは、あの水龍をぶちのめして欲しいと?」


 若干、頬を赤く染めて、不機嫌そうに腕を組む金髪の少女。

 腕も足も長くてスタイル抜群だ。二つ結びの髪が揺れている。

 ライブラさんが唸るのもわかるよ。シャツの一部分がはち切れそう。


「お願いします。どうか力を貸してください、この通りです!」


 あまり見過ぎるのも失礼なので、視線を地面に向けながら僕は頭を下げる。

 アイギスさんとは初対面。エルやライブラさんのような信頼関係が築けていない。

 【擬人化】を使っても、無条件で助けてもらえるとは思っていない。ここからが勝負だ。


「まずこのどうしようもない憤りを、貴方にぶつけてやりたいところなんだけど?」


「あとで満足するまで殴っていいです。それでエルが助かるのなら、僕は構いません」


「それでは困ります、王を傷物にされては。どうぞ代わりにこの私様を、その大きな膨らみで!」


 アイギスさんは鬱陶しそうに、飛び回るライブラさんに視線を向けた。


「はぁ……道具に慕われているところを見る限り、悪い子ではないのは確かね」


「おや、暴力はいいのですか?」


「貴女に触れると汚れそうだからやめておくわ」


「酷い言われようです。ロロアさん、傷心の私様を慰めてください。うえーん」


 ライブラさんが泣き真似をしながら僕のポケットに収まる。

 くだらない会話で怒りも冷めたのか、アイギスさんがゆっくりと歩きだす。


 僕もその背中を追いかけて、アクアドラゴンの住処をあとにした。


「グオギャアアアアアアアアアアア!」


「効かないわ」


 アクアドラゴンの極太尻尾が、アイギスさんに触れた瞬間弾かれる。

 水滴一つ通していない。アクアドラゴンはもう一度、今度は全体重を乗せる。


「形を変えたところで結果は同じよ」


 押し付けた力をそのまま流されて、アクアドラゴンが地面を転がっていく。

 その間、アイギスさんは一歩も動いていない。堅牢な盾として役割を演じている。


「すごい、アクアドラゴンが幼子のように遊ばれてるよ!」


「流石は国宝級。ですが、先程から受け流しているだけで、反撃する様子はありませんね」


 言われてみると、圧倒しているのに防戦一方だ。


「悪いけど、私は主人を守る盾なの。敵の攻撃を受け止めるのは協力する。けれど、討ち倒す義理はないわ。そんな野蛮な行為は他の武器の子にお願いして」


 涼しげな表情で、アイギスさんはアクアドラゴンを翻弄し続ける。

 そして横目で僕を見ていた。盾であっても、敵を攻撃する技術はあるはず。


 これはきっと彼女から与えられた、僕への試練なんだ。

 高位の武具は使い手を選ぶ。武具に使われるような冒険者は大成しない。


「アイギス――アイちゃんは一筋縄ではいかなさそうですね。ロロアさん、どうされますか?」


「そんなの決まってるよ! 僕だってやる時はやるってところを見せないとね」

 

 ありがたいことに敵の攻撃は防いで貰えているので、僕は攻撃に専念できる。

  

 アイギスさんと一緒に見つけていた【改造型魔導銃トロン】を構える。

 この子の持ち主の冒険者はあの水龍にやられたんだ。きっと復讐心を抱いてる。

 

 魔導銃は、自身の魔力を属性弾に変換して放つ武器だ。

 素人でも扱える、魔塔だけで見つかる地上に存在しない異世界技術。


 トリガーを押し込むと、雷属性の魔法陣が浮かび一筋の光が放たれた。


「グギャオオオオオオオオオオオオ!!」


「ダメだ、僕のちっぽけな魔力じゃ鱗を貫く事もできない……!」


 弾かれた雷弾が虚しくも霧散してしまう。自分の無力さが腹立たしい。


「あるじさま! 足りないのであれば、増やせばいいんです!」


 泥だらけのエルが僕の隣に立っていた。

 そして安心させるように僕の手を握ってくれる。


「龍の放つ息吹には膨大な魔力が宿っています! そして相手は”水”龍です!」


「そうか、エルは液体を蓄えられるんだったよね!?」


「あるじさまのお帰りを信じて、たっくさん蓄えていました!」


 エルが手のひらから大量の水を生み出していく。高密度の魔の塊だ。

 全身に弾け飛びそうなほどの圧が宿る。痛みから視界が赤く染まっていく。

 魔力を銃へと流し込む。銃口の先に、宙に連続した魔法陣が浮かび上がった。


「まだだ……まだ足りない。もっと、もっと魔力を……!」


 苦しい、死ぬほど痛い。こんな痛みは生まれて初めて。

 脳裏に後悔が宿る。胃液が口元まで上ってくる。それでもだ。


「ロロアさん、龍の弱点は逆燐です。顎下の付近をよーく狙ってください。隣で可愛くて忠実な貴方のライブラ様が応援していますよ! もう少しの辛抱です」


 気を失いそうになるたび、ライブラさんの騒がしい声が正気に戻してくれる。


「あるじさま。エルがお背中を支えます!」


 エルが僕の身体を、後ろから抱きついて支えてくれる。

 その間もアイギスさんは淡々と水龍の動きを封じてくれて。


 エルの献身。ライブラさんの激励。そしてアイギスさんの期待。

 すべてに応えてこそ、僕は僕としての新たな価値を創り出すんだ。


「これで……終わりだっ!」


 最後の魔力水を取り込んで、僕は全力で叫んだ。

 霞む両目を見開いて相手の首元を捉える、トリガーを引く瞬間。

 タイミングを見計らったかのように、アイギスさんが腕を振り上げた。

 シールドバッシュだ。アクアドラゴンは身体を浮かび上がらせて隙を晒す。


「グギャアアアアオオオオ――――――」


 極太の雷光が龍の首を貫いた。逆燐を超えてすべてを焼き尽くす。

 断末魔も途中で途絶えて、討伐の証である大きな魔石が転がり落ちた。


「まっ、及第点ね」


 水飛沫の合間で美しい女神像のように髪を揺らし。

 アイギスさんは一瞬、微笑んでいた――ように見えた。

 

「はぁはぁ……やったの? 倒せた……?」


 煙を放つ魔導銃を下ろし、僕の身体も脱力して尻持ちをついた。


「流石は私様たちの王です。普段は頼りなさげですが、やる時はやりますね。お見それしました!」


「あるじさまが勝ちました! わーいわーい!」

 

 ぱちぱちとポケットの中で拍手するライブラさん。

 身体を汚しながら、無傷で何度も跳ねて喜びを表すエル。


 フロアボスなんて、冒険者が数十人集まってやっと倒せる相手なのに。


 たったの四人で討伐してしまった。

 ……違うか。もう一人手を貸してくれた子がいた。


「君も僕に応えてくれてありがとう。ご主人の仇は取ったよ」


 功労者であるトロンを撫でる。単属性魔導銃は古い型だ。

 長い間放置されていたのか汚れている。あとで綺麗にしてあげよう。


「たったの一戦を終えただけで、大袈裟な子たちね。大した相手でもなかったでしょうに」


 アイギスさんはやれやれといった様子で戻ってくる。

 達成感に支配されて、僕はしばらく笑みが止まらなかった。

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