第32話 忠義の懐刀
アクアドラゴンを討伐して、順調に歩みを進めた僕たち。
エルの新しいスキルも目覚めて、水龍の魔力水も手に入った。
魔石も二つ鞄の中に入っている。地上に戻ったらヘラさん驚くかな。
すべての憂いがなくなり、あとはレイリアさんたちに追い付くだけだ。
「そういえば道中に白骨遺体が落ちていましたね。それも三つほど重なって」
「ライブラさん? 突然どうしたの?」
魔塔で白骨遺体を見つけるなんて珍しい話でもないのに。
きっと魔物に襲われたんだ。身を寄せ合っていて可哀想だった。
――両手両足が折れていたから。逃げられなかったんだろうね。
拷問のように徹底的で、一体どんな魔物の仕業なんだろう。恐ろしい。
「ロロアさんがお忘れなのでしたらそれでよいのです。きっと今が充実している証拠ですから」
「……?」
「あるじさま、支援物資の食事をいただいてきました! 食べましょう!」
よくわからないけど、僕は気にしないでいいらしい。
エルがパンを食べさせてくれる。新鮮なお肉と一緒に頬張る。
そして器に入った水を飲もうとして、エルに止められる。
「あるじさま、癒しの水もどうぞ!」
指先から水滴が一つ混ざり。渇きを潤す飲み水が生命力を与えてくれる。
疲れた身体が一気に回復したみたいだ。筋肉痛なども気にならなくなった。
「ありがとう。エルの新しい可能性は僕をより助けてくれる力だったよ」
「はい! 癒しの水は疲れだけじゃなく、怪我も治せるみたいです!」
僕は昔から大きな怪我とは無縁だったけど。
怪我を治す手段があるだけで安心感が違うなぁ。
「エルエルは、神話級のエリクシルの力を取り戻してきていらっしゃいますね」
「それは僕も思ったよ。最終的に辿り着くのは不老不死……かな?」
エルと同じ不死身の器を他者に与えるスキルだろうか。
いや、今は【擬人化】で更に潜在能力を引き出している状態。
いずれエルは、元のエリクシルを超える存在になる可能性の方が高い。
成長が嬉しい反面、少し心配になってくる。
エリクシルはかつて古代戦争の引き金になったアイテム。
不老不死だなんて、多くの権力者が求める神話級のスキルだ。
僕のような庶民には過ぎたる力。きっと誰が使ってもそうだ。
「エルはもっともっと強くなって、あるじさまをいっぱい支えますね!」
「……ほどほどでいいんだよ? ほら、いきなりエルが成長すると置いて行かれたみたいで寂しいし。僕たちは相棒だからね」
「そうですよ。エルエルは焦る必要はありません。同じ歩幅で歩いた方が長く楽しめますから」
「わかりました! エルもあるじさまと一緒がいいです!」
素直で、僕に一途なエルを抱きしめて。何度も頭を撫でてあげる。
僕にはこの子を守る義務が生まれたんだ。他人に利用されてはいけない。
これ以上の急成長は危うい。現状の僕たちでは国を相手には勝てないから。
ライブラさんも同じ考えみたいで、こちらを見て小さく頷いていた。
「エルの癒しの水があるとはいえ、ここから先は未知の領域だから。慎重に進んでいこうね」
僕たちはついに前回の最終到達点である三十階層に辿り着いていた。
目標としていた一人旅での突破はできなかったけど。
ここまでの頑張りをアイギスも認めてくれるかな。
今は急ぎだけど、焦らず周囲の先駆者からも情報を集めておきたい。
「エルが目覚めてから十日も経っているし、アイギスたちも早く戻って来ないかな」
「そうですね。個人差はあれど大体同じ時期に目覚めるでしょうから。先にアイちゃんですかね」
「トロンはのんびり屋だから僕も最後だと思う。そういうところが可愛いけど」
どちらにしろ久しぶりに声が聞けるのは嬉しい。
「あっ! あるじさま、誰かが白く光っています!」
噂をすれば、僕の腰ベルトが輝き出す。予想と違いアイギスじゃなかった。
「……あれ? そういえばトロンはエルが持っていたよね?」
「はい、エルはとろんさんをお預かりしています!」
トロンはアクアドラゴン戦前後からエルの武器として活躍しているから。
って事は――
「黒炎ちゃんですか!」「新人さんです!」
「しまった、ベルトに差したままだと大惨事になる……!」
慌てて僕は【黒炎龍の短剣】を腰ベルトから外す。
光が途切れたのはその直後だった。腕に一人分の重みが掛かる。
「わっ!?」
「……あう」
バランスを崩して地面に仰向けになった。
目の前に黒髪の女の子がいた。角が生えている。
当然のように裸で、僕は急いで身体を抱きしめて隠す。
「おお、小振りな丸二つです。眼福眼福」
ここは他の冒険者も利用する休息所だ。魔物はいないけど。
周囲は――今のところ大丈夫。エルと変態妖精さんしかいない。
「身体に触れてごめんね。エル、着替えを持ってきてくれないかな?」
「はい!」
探索中に【擬人化】で新しい子が仲間になるかもしれないと。
アイギスが色んなサイズの服を選んで用意してくれていた。
この子は、僕より少し大きいくらいかな?
あまり見るのは失礼かなと思いつつ、頭の角を見つめる。
アクアドラゴンに近い形状だ。妖精並みに珍しい龍人族だ。
◇
「…………」
新しい衣服に身を包んだ【黒炎龍の短剣】。
――コクエンは視線を逸らし地面を見つめていた。
長い黒髪に紅色の瞳。そして二本の角。
正座しながらも背筋は伸びていて礼儀正しい。
美しい横顔に、どこか気の弱そうな印象を受けた。
龍人は血気盛んで獣人と並ぶ戦闘民族と知られているけど。
「えっと、君のことをコクエンって呼んでいいかな?」
「はひっ」
ビクっと怯えたように身体を震えだすコクエン。
僕が何かしたかな? あっ……裸の彼女を抱きしめていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 卑しい私めは畏れ多くも、ご主人様の御身に触れ穢してしまいました。――コクエンは命を絶ってご主人様にお詫びいたします!」
唐突に手のひらから闇の炎を具現化させて、首元まで持っていく。
思い出した。龍人は自分たちの主君の為なら命を捨てる忠義の一族なんだ。
「私様の次に忠誠心の塊のような子ですね。暴虐王に相応しい臣下と呼べましょうか」
「ダメだよ、そんなくだらない理由で命を絶つだなんてっ! 僕は君と仲良くしたいんだ!」
「ああ……ご主人様が罪深き私めにお言葉を掛けてくださるなんて……はひぃ」
「こくえんさん、気を失ってしまいました」
口から黒煙を吐いて目を回していた。
自分の炎では燃えないみたいで良かった。
うーん、殆どまともに会話もできなかった。
これからどう接すればいいんだろう……困った。
「アイちゃんとは別の意味で面倒臭い性格ですね。ええ、私様はそういうのに理解がありますので。今後も執拗に可愛がって差し上げたいと思う次第です。私様のデータも期待の新人に昂っていますよ!」
「らいぶらさんの顔が怖いです……」
「変態妖精さんは、あとでアイギスにキツイお仕置きをしてもらおうね?」
気絶したコクエンを持ち上げる。僕より大きいのに軽い身体だった。
空いている天幕で寝かしてあげて、目を覚ますまでに情報集めを済ませよう。




