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第31話 王女の病

「レイリア、ついに四十階に到着です! 残るは僅か二十――まだ先は遠かったです……」


 喜びを表した直後には落ち込み出すメイド服姿の少女。

 ストブリはレイリアと手を繋ぎ、気を取り直し元気よく歩き出す。

 

 その光景を、上層まで登り詰めた猛者たちが驚いた様子で見ていた。


 魔塔は十階層ごとに地上へのゲートと、休憩所が設けられるが。

 四十階ともなると設備も簡素なものになる。到達が困難であるからだ。

 下層では数十人が寄せ合って眠る天幕に、ここでは数人しか入っていない。


 たった二ヵ月と数日で四十階層に到達してしまった。

 熟練パーティでも四ヵ月以上は掛ける果てしない道のりをだ。

 

 レイリア自身も未だに信じられない気持ちでいた。

 【王女の激励】を限界まで付与したのは、ストブリが初めてだ。

 元から優れた能力を持つ国宝級の宝剣が更に二倍の身体能力を得た。


 レイリアを胸に抱きかかえたまま、駆け抜けたのだ。

 道中の魔物も、フロアボスも、すべてを置き去りにしてきた。


 ただ【星渡りの塔】を踏破したという実績欲しさに。

 この探索中に何を得たのかと問われても、答えられそうにない。


 真剣に魔塔へ挑戦する冒険者に知られたら、きっと罵倒されるだろう。


「それでも空っぽの私には必要なの。どうか卑怯な私をお許しください……」


 七つある魔塔を管理する各王家には、始祖の代から続く共通の仕来りがあった。


 それは大賢者の血筋を絶やさない事。そして力を保持し続ける事だ。

 優秀な血を受け継ぐ王家の者は、ユニークスキルを発現しやすい。

 またユニークを持たずとも優れた才覚で活躍する者もいる。


 七賢人と同じ数ある七大国は同盟関係を結んでいる。

 その中で、如何に自分たちが優れているかを競い合うのだ。

 どれだけ優秀な子孫を残しているか、また実績を得られているか。 


 その結果がそのまま、国同士の力関係に多大な影響を与えるようになる。

 平和な地上世界の裏で繰り広げられる戦争のようなもの。子供は兵なのだ。


 ガーベラ王国も始祖の教えを守り、多くの子宝に恵まれていた。

 名前を覚えるのも大変な数の兄弟に囲まれ、レイリアは育ってきた。


 自分が大賢者の血を引く王家の者という自覚はある。

 幼少の頃は兄や姉に追い付こうと、レイリアも努力したものだ。


 だが、それもすぐに心が折れる事になる。

 レイリアは兄弟の中でも一番の無能だったのだ。


 剣も魔法も、すべてにおいて誰よりも劣っていた。

 強さこそが正義である王族の世界では致命的だった。


 すぐに待遇も最悪となり、王である父親に冷たく扱われた。

 見込みのない子供に掛ける時間がもったいないという理由でだ。

 他の兄弟たちもわかりやすく落ちこぼれなレイリアを虐め続けた。


 それを止める者は誰もいない。

 唯一の味方は王家に嫁いだ元公爵家の母親だけだったが。

 レイリアを救えるほどの力はなく。泣いて過ごす日々を送る。


 ……人の持つ可能性というものは、決してゼロから唐突に習得するものではない。

 

 最初に未完成ながら能力の片鱗が見え始める。

 少しずつ時間を掛け一つのスキルとして成熟させるのだ。

 その過程では【情報板(ライブラボード)】にも記載されないのである。


 完成して初めて世界に認知される。異界の神の祝福として扱われる。


 レイリアは誰よりも劣っていた――当然だ。

 無意識のうちに【王女の激励】発動させていたのだから。


 その事実は彼女が十三歳になった日に【情報板(ライブラボード)】が知らせてくれた。 

 落ちこぼれと馬鹿にされ続けた彼女は、最高峰のスキルの所有者だった。


 その日から世界が一変した。

 残飯のような食事が豪華なものとなり。

 使用人たちの態度もあからさまに礼儀正しくなった。


 気が付いたら同盟国の大貴族の元へ嫁ぐ事が決まっていて。

 

 あれだけ冷たく無関心だった父親も、 

 レイリアは自慢の娘だと周囲に喧伝するようになる。


 その時点で、何かが崩れていく音が聞こえてきた。

 まともに世界を見れなくなり、何度も眩暈に襲われた。


 決定的だったのは、レイリアの才能に気付いた兄弟の反応だ。

 これまでの非礼を詫びて、手のひらを返すように褒め称えたのだ。

 

 自分たちの活躍が【王女の激励】があってこそ成り立っていた。

 その事実を知り焦りだしたのだ。誰もがレイリアの前で媚びだす。 


 ――限界が訪れた。一番身近な家族の醜い姿を見せつけられて。

 レイリアは人を信じる心を失ってしまった。その場で倒れたのだ。


 目覚めたあとも深刻だった。医者に肌を触れられただけで嘔吐した。

 重度の病を疑った父親が、レイリアを離宮に隔離して封じ込めた。

 

 結果的に、他国の名も知らぬ大貴族との婚約も破棄されたのだが。

 

 またしても取り巻く世界が一変した。

 自分を救うはずだったユニークスキルに心を壊されて。

 三年もの間、レイリアは殆ど監禁に近い待遇を受ける羽目になる。

 

 監禁生活の中で、このままではいけないという焦りがあった。

 精神的な病を患ったとしてもだ。レイリアは真面目な子供だった。


 人間不信なんて対人関係のみで現れる症状で、他は正常なのだ。

 何の目的もなく、ただ呼吸するだけの日々に耐えられるはずがない。 


 レイリアは自分を変えたいと考えた。

 両親の反対を押し切って、外に出る決心をした。

 二十歳までに【星渡りの塔】を制覇するという約束を交わす。


 それがもし叶えられた暁には自由が欲しいと。

 失敗すれば、また離宮での監禁生活に戻される。

 

 時間はもう残されていない。今回を逃せば先に気力が尽きるだろう。


「創造主様も一緒だと心強かったのですが……」


「貴女は、ロロア様を信用されているのですね?」


「当然です! 私は肉体を得る時に創造主様のお心に一瞬ですが触れましたです。とても暖かくて、優しくて、何だか泣きそうになったです。レイリアと同じくらい信用しています!」


 ストブリは本心からの言葉を紡いでいた。


 レイリアも釣られて少年の姿を思い出してみる。

 何故か脳裏に浮かんだのは、自分に微笑み掛けている姿だ。


 どうしてか少し考えてみて、気付いた。

 少年は話している間、ずっと笑っていたのだ。

 擬人化したアイテムたちに囲まれて、幸せそうだった。


 他人の顔と名前を憶えているだけでも、レイリアにとって奇跡に近い。

 魔塔に挑戦するのに仕方なく、他人とパーティを組む機会もあったのだが。

 いつも一週間も持たなかった。途中で体調を崩し地上へと逃げ帰った。


 それもあって冒険者になる前から、知り合いと呼べる人物は一人もいない。

 少年と話したのも関わったのも、たった二日間だけなのに。鮮明に覚えている。


「……ロロア様はきっと心からお優しい方なのでしょう。突然の我儘に、嫌な顔を一つせず対応していただけました。私がこれまで出会った中で一番の――問題があるのは私の方で……」


 ユニークスキル所有者で、同じくらい苦しい境遇を経験した。

 だというのに、強い心の持ち主だった。自分と比較するのも申し訳ないくらい。


 嫉妬すら覚えた。だけどその嫉妬すら包み込まれてしまった。


「……怖い、怖かったの。あの方のお傍に居るだけでまた自分が壊れてしまいそうで」


 最後の砦だった。万が一彼にすら裏切られたとしたらもう立ち直れない。

 そう思うと、同じ空間に居られなくなった。決して嫌いな訳ではない。

 寧ろ、好ましいと思ったからこそ、嫌いになりたくないから離れた。


 記憶の中でずっと綺麗なままでいて欲しいという。身勝手な考えから。


「レイリア、きっと大丈夫です。魔塔を登り切れば、一つでも大きな結果を残せば。自分に自信がつきますです。そこからゆっくりと、病を克服していけばいいのです!」


「ごめんなさい……面倒な人間で」


「良いのです。私は王女を守る剣なのですから!」


 優しい言葉を素直に受け止められたのは、何年ぶりだろうか。

 偽りの仮面を被る人とは違い、裏表のないストブリだからこそ。


「でもレイリア。貴女の事情は貴女の都合。それが他人に迷惑を掛けていい理由にならないですよ? 戻ったら一緒に創造主様に謝るです。きっと、とっても心配をお掛けしているはずです。約束ですよ?」


 優しいだけではなかった。

 裏表がないからこそ厳しくもあった。

 

「はい……【星渡りの塔】を踏破したら。一歩前に進めたら。最初にロロア様に謝罪いたします」


「それでこそ大賢者の子孫です! ヒーリカ様もきっとお喜びになられていますです!」

 

 二人は休息所から少し離れた場所を訪れる。

 そしてレイリアは短めの、樹木の杖を取り出す。


「――クリエイト」


 目の前の野原に、丸太を重ねて造られた立派なログハウスが出来上がる。

 

 物体の形状をあらかじめ記憶して、その形通りに再現するアイテムだ。

 巨大な建築物も創り出せるが、材質が木になるので完全再現とはいかない。

  

 【創造の樹杖】と呼ばれて、☆4.8と国宝級に近い価値がある。

 レイリアの唯一無二の才能を欲する、他国の大貴族からの献上品だ。


 手に入れた経緯からも、あまり愛着は持てず【擬人化】は望まなかった。


「……この子も、ロロア様にお渡しした方がよかったのかしら?」


 擬人化したストブリと触れ合ってきたからだろうか。

 レイリアはアイテムに対する見方がだいぶ変わっていた。

 自然と優しく撫でるような手付きで【創造の樹杖】に触れる。

 

 以前は、触れる事すら避けていた杖だったが。道具に罪はないのだ。

 

「貴女も、私よりも大切に扱ってくださるロロア様に使われた方が、幸せよね?」


 今の未熟な自分では、ストブリだけにしか愛情を注げそうにない。

 もし次に彼と再会する事が叶ったら、精一杯の謝罪と共に贈りたいと思った。

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