第30話 賢者の試練
――【星渡りの塔】二十五階層。
それは僕にとって、一生忘れる事はないだろう異世界だ。
肌に纏わりつく殺気も。魔物避けのお香の匂いも全部つい昨日の事のように覚えている。
クルトンたちと別れて、見捨てられて、絶望を与えられて。
追い込まれた結果、自分の可能性を発現させて。希望と出会った。
良くも悪くもここから人生が変わった。僕の始まりの地点。
「来るよ……大型生物の気配だ」
【情報板】で確認するまでもない、身体に染みついた経験が叫ぶ。
僕たちの頭上に巨大な影が降り注いだ。翼を広げた生物界の覇者の姿。
迎え撃つ場所は水龍の住処。
「グオギャアアアアアアアアアアアアアアアア!」
――アクアドラゴンが、僕たちの前に再び君臨していた。
「よろしいですか、ロロアさん! あの日より経験を積んで強くなられましたが、それでも人間はドラゴンに触れれば即死する脆い生物であることには変わりません。国宝級のアイちゃんで受けてようやく生き残れる強敵なのです。ゆめゆめ油断なされないように。どうか私様に舌を噛ませないでくださいよっ!」
ライブラさんの警告を心に刻んで。油断なく前を向く。
隣に立つ相棒に軽く目配せして、僕は先に前を走り出した。
「いくよ、アクアドラゴン! まずは僕が相手だ!」
「グオオオオオオオオオオオオオ!!」
アクアドラゴンが尻尾を横薙ぎに振るう。
僕は低い身長を利用して、僅かな隙間に滑り込む。
「グギャオッ!」
通り過ぎた尾が地面で強く跳ねて、遥か頭上で鞭の如く反った。
反動を利用した連続攻撃だ、こちらを目掛けて真っ直ぐ振り下ろされる。
「……アイギス、僕を守って!」
帯電する盾を斜めに構えて、押し潰す力を横へと受け流す。
大地が割れて衝撃が両足にまで響いた。踏ん張って姿勢を維持。
「グギァオオオオオオ!!」
更に息をつく暇もなく、盾の隙間を狙って龍の爪が伸びてくる。
両足で地面を蹴り後ろへと跳ぶ。が、力が思ったより入らなかった。
まずい、爪の射程範囲から逃れられていない!
「あるじさま!」
瞬間、真横を高速の雷光弾が通り過ぎた。
アクアドラゴンの前腕に当たり、衝撃から若干ながら後退する。
鋭利な爪が僕に届く事はなく。最初の接触は、まずは互角に終わった。
「あるじさまが危ない時はエルがお助けします!」
「ありがとう! いつだって頼りにしてるよ!」
アクアドラゴンの龍燐は、どんな鋼よりも頑丈だ。
攻撃を貫通させるには膨大な魔力を魔導銃に装填しないといけない。
エルの蓄えている魔力回復薬では到底足りない。水龍の魔力水が必要だ。
奴をどうにか本気にさせて、龍の息吹を使わせる。それが勝利への道筋。
「鱗のない翼の膜を狙うんだ! 息吹を誘発させよう!」
「はいっ!」
魔導銃から余力を残さない全力の連射が放たれる。
アクアドラゴンは四足で地を這い、片翼を広げ大きく旋回した。
太い尻尾が追撃の雷光弾を弾いていく。何発か届いて翼を傷付ける。
見えない衝撃波が大地を抉った。ただの風圧ですら刃となる。
エルの前に立って【アイギスの盾】で不可視の刃をやり過ごす。
「……龍の息吹を使ってこない? わざわざ身体で受け止めるだなんて」
龍の強さの象徴ともされる息吹を、奴は頑なに封印している。
もしかしてエルを……魔力水を得た最大威力の雷光弾を警戒している?
「ロロアさん、冒険者ならばご存じのはずです。フロアボスは前世の経験を引き継ぐのですよ! エルエルに水龍の魔力水を奪われる事を恐れている。奴も前回の敗北から学んでいるのです!」
「そうか、これが……これこそが賢者の試練……!」
フロアボスは魔塔が創り出す魔導生物。
七賢人が遺した塔の守護者とも呼ばれている。
守護者の役割を果たす為――何度でも蘇り、そのたびに強くなるんだ。
知識として知っているのと、実際に経験するのとでは雲泥の差がある。
同じフロアボスと再戦する機会なんて、それこそ熟練冒険者でもなければないのだから。
成長したのは僕たちだけじゃない。アクアドラゴンが咆哮する。
最初からこちらを好敵手として捉えた――油断も隙も無い龍の眼光。
「あるじさま……強敵ですね?」
「そうだね。相手にとって不足はなしだよ!」
僕もエルも、極限状態の中で自然と笑っていた。
諦めたからじゃない。生物界の覇者に認められた喜びからだ。
指先の震えも、関節の傷みも、筋肉の疲労も。生きる為のもがきだ。
逃げ足だけが取り柄だった僕が、龍を相手に短剣を向ける。
まるでおとぎ話で聞く英雄みたいに。自分から望んで戦っている。
魔力水を得られないのであれば、放てる弾の数が限られる。
つまり僕がその分だけ、敵を消耗させる役割を担わないといけない。
思考がクリアになる。緊張も、恐怖も、どこかへ吹き飛んでしまった。
「グギャオオオオオオ」
息吹を封じたアクアドラゴンは、真っ直ぐ接近戦を仕掛けてくる。
「お前もこの短剣は見覚えないはずだ。僕たちの新しい仲間の力を!」
【黒炎龍の短剣】に魔力を籠めて炎を召喚する。
黒炎陣は自身の周囲に炎の柱を創り出すスキルだ。
僕を吹き飛ばそうと広げた翼に柱を打ち付けて、燃やす。
炎は水に弱い。けれど闇を纏った炎は違う。
持続性を重視した黒炎は龍の片翼を焦がし続ける。
熱は龍鱗の上から継続的な苦しみを与えて、自由を奪う。
「そこですっ!」
動きが鈍った隙に、もう片翼を雷光弾が貫いた。
鱗のない飛膜に穴が開く。アクアドラゴンは天に吠えた。
「グオギャオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「エル、危ないっ!」
アクアドラゴンは怯むことなく飛び上がり、エルに襲い掛かる。
黒い煙と雷を纏いながら、血を散らしながら超質量で押し潰した。
「あっ――――」
僕の視界からエルが消えた。無事なのは確かだけど、地面に埋められて身動きが取れない様子。
「ロロアさん、龍の息吹の構えです! 奴はこれで決着を付けるつもりですよ!」
一番厄介なエルを封じ込めてからの龍の息吹。狙いは僕。
アクアドラゴンは持久戦なんて端から望んでいなかった。
通じなければ敗北すると理解して、僕に勝負を仕掛けてきた。
「グウゴオオオオオオオオオオオオ!」
『我が一撃を受け止めてみせろ』そう聞こえたような気がした。
即座に【アイギスの盾】を構える。恐怖に負けたらそこで終わりだ。
龍の咢から、猛烈な魔力の奔流があらゆる障害を消し去っていく。
「うっ……ああ、あああああああああああああああ!!」
全身に圧し掛かる圧力。衝撃が大地にまで刻まれていく。
両手で盾を握り、歯を食いしばって、全体重を乗せて耐え続ける。
盾から展開される魔法障壁が擦り減っていき。体力も大きく削り取られる。
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
身体が悲鳴をあげる。耳に届く轟音が恐怖を伝える。
だけど僕は、前を向いていた。最後まで立ち続ける為に。
「はぁ、はぁ……受け……とめたっ。僕たちの勝ちだ!!」
龍の渾身の必殺技を、僕たちは力で上回った。
握力にも限界が訪れて、盾も短剣も、もう握れない。
「エルっ!」
――握る必要はないんだ。
水龍の魔力を宿した水。器の内にふんだんに取り込んだエルが、前に立っていた。
僕が龍の息吹を耐えている間に、拘束から抜け出していたんだ。
【改造型魔導銃トロン】の銃口の先に、数十の魔法陣が重なっていく。
前回の戦いで見たのと同じ光景。それを、今度は別視点から眺める。
「これで……終わりです!」
極太の光の奔流が水龍へと一直線に伸びていく。
反動で浮かび上がったエルを、僕は後ろから抱き留める。
「グオオ、オオ――――」
僕たちが放てる現状最大の一撃を、アクアドラゴンは避けようとしなかった。
『よくぞ試練を乗り越えた、強き者よ』脳裏に誰かの言葉が届いた。
最期までこちらを双眼で見下ろし。静かに、運命を受け入れたのだった。
◇
「倒した……僕たちの手で倒したんだ……!」
一度目の勝利が奇跡だとすれば。二度目は成長した上での必然。
昂る感情に目頭が熱くなる。全身に力が抜けてその場に座り込んだ。限界だった。
「あくあどらごんさん、逃げずに受け止めてくれました」
「僕たちを、心から認めてくれたのかもしれないね」
避けようとして避けられる一撃じゃなかったけど。
それでも抵抗する術はあったはず。龍の真意はわからない。
だから都合のいい解釈をしておこう。それが勝ち残った者の特権だから。
「エル、僕の相棒は最高だったよっ!」
「あるじさまも英雄のようでしたっ!」
僕とエルは座ったままでハイタッチする。そして同時に笑い合った。
「お二人とも私様のことも忘れないでくださいよ!」
「あははは、もちろん。いつもライブラさんの応援があるから、冷静でいられるんだ」
「らいぶらさんもタッチです!」
ライブラさんも加わりみんなでもう一度ハイタッチ。
「あるじさま、エルは強くなれたでしょうか?」
「今確認してみるね」
懐から取り出した【情報板】には、新しい文字が刻まれていた。
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エリクシルの空瓶☆3.0【擬人化】
☆1・不死身の器
☆2・液体蓄積
☆3・癒しの水
☆4・???
☆5・???
☆6・???
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