【10】
「私は、あいつと二年前に喧嘩別れした」
ロマンが唐突に語り始める。
「それ以来、一度も会うことはなかった。気まずいものがあったからな。かなりの口論をした上に、そうなるまでの経緯も良くなかった。しかし、だからと云って、もう二度と会わないなんて思ったことはない。ああ、夢にも思うものか。私はいつか絶対に、あの頃のように――」
ロマンはそう云いながらリオンをにらんだ。
「謝るつもりだったさ、仲直りするつもりだったさ。私の方から折れるというのは、かなり珍しいことだ。もしかすると、初めてのことかも知れない。喧嘩をした時は、いつもあいつの方が泣いて謝ったものだ」
アズクリッドが泣く姿も、謝る姿も、どちらもリオンには想像できなかった。
それも含めて、先程から、どうにも嫌な気持ちばかり高まっていく。
「あれは、私と共にいるべきだ」
「どうして、そんなことが断言できるんですか?」
リオンは遂に、口を挟んでしまった。
アズクリッドをまるで『物』のように云うのが癇に障ったのもある。
「どうして? そんなことは考える必要もない」
ロマンは吐き捨てるように答えた。
「あれは子供だ。そして、大バカ者だ」
「彼女は、そんな……」
「君こそ、その証拠ではないか」
ロマンが断罪するように指を突き付ける。
「念のために確認するが、君は冒険者になったのか?」
「……いいえ」
「それでは、何の仕事をしているのだ?」
「なにも……」
「なにも?」
「働いていません」
リオンはさすがに気まずく、視線を斜めにそらした。
一方で、ロマンの表情は鬼のように険しくなる。
「君のような社会不適合者を世話して、あいつはたぶん、それで幸せのつもりなのだ。クソッタレめ。あれは昔からそういう所がある。悪癖だよ。冷静沈着な顔をして、一人で自立してやっていけますみたいな態度を取りながら、実の性根は甘ったれで寂しがり屋なんだ。だから、こんな可能性もあるだろうと危惧していた。ああ、畜生め。怒りばかりわいてくる。君のような、君みたいな甲斐性なしを――このヒモ野郎め。私には権利がある。私はあいつを不幸にしないために、君みたいな奴を絶対に認めるわけにはいかない」
ロマンの激情はいよいよ頂点に達しそうな勢いだった。
リオンは逆である。ズドンと、気持ちが最底辺に沈んでいく。
「……ヒモ」
予想外の罵られ方。
不意打ちである。
まさに、クリティカルヒット。
たった一撃で、心がバラバラに砕けた。
「ヒモ。……ヒモ。ボク、ヒモだったのか……?」
思えば、このひと月の間、まったく働いていない。
これからも働き口が見つかる予定は特になかった。
稼いだお金は、ゼロ。
生活費は彼女に出してもらっている。
申し訳なさはあるものの、最近は慣れ始めていた。
仕事が見つからなくて焦る気持ちも、徐々に薄れつつあり――。
「ボク、ヒモだ!」
リオンは膝から崩れ落ちた。
「そら、見ろ」
ロマンは勝利したように叫ぶ。
「わかったら、出ていけ。彼女の元を離れろ」
「……い、嫌です」
「あくまで寄生するつもりか。このゴク潰しめ!」
「い、いえ。そんなつもりはないんですが――」
リオンはふらふらになりながらも立ち上がる。
「確かに、あなたの云う通りだ。ボクは昔から役立たずで、他の人に迷惑ばかりかける。ロクなもんじゃない。出て行けと云われるのは仕方のないことだって、ちゃんとわかっているんです。でも、ボクだって、そんな風に生きたくて生きているわけじゃない」
リオンは、ロマンをまっすぐにらみ返した。
「彼女のことが大事です。これまでの恩をちゃんと返したい。それができないとわかった時には、ボクは消えるべきなんでしょう。でも、少しぐらいの可能性は残っていると思うから……ボクは、まだ――」
「口だけならば、何とでも……」
「それと!」
リオンは叫ぶ。
「ボクのことは関係なく! ひとまず置いておいて!」
宣戦布告するように、ロマンに指を突きつけた。
「あなたには彼女を渡さない! あなたが気に食わないように、ボクもあなたが気に食わない!」
まるでアズクリッドは自分の物だと云わんばかりの、ロマンの独善的な語り口にずっとイライラさせられていた。いつでも笑顔でヘラヘラとやり過ごして来たリオンが、声を荒げるなんて、もしかすると生まれて初めてかも知れない。叫ぶのに慣れていない。むせてしまって、ゲホゲホとせき込んだ。情けない。ひたすら情けないと自覚しつつ、それでも顔を上げてロマンをにらみ続ける。
「ふん……」
ロマンは鼻で笑う。
「威勢は良いが、中身が伴うかな?」
ロマンは剣を抜いた。
リオンは身構えるものの、レベルの差は悲しいぐらいにはっきりしている。
「無駄なおしゃべりが過ぎたな。メッセージは覚えているだろう?」
ロマンはようやく本題に入った。
そもそも、彼からシステムを介して送付されたメッセージとは――。
前口上が長々と書かれていたものの、要するに、メッセージの中身は決闘の申し込みだ。
「話し合いで解決できるとは思っていない。男同士、これが一番単純だよ」
ロマンは腰元の道具袋からもう一本、別の剣を取り出した。
小さな袋と剣の大きさが物理的に合っていないが、それ自体に不思議はない。アイテムをたくさん収納しておける便利な空間――一流の冒険者ならば持っていて当然の【インベントリ】である。
取り出したその剣は、何の変哲もない鉄の剣だ。
「使いなさい。素手というのはさすがに無茶だ」
ロマンは剣を投げて寄こした。
リオンの足元に、剣は鋭く突き刺さる。
「さあ、堂々と勝負――」
「嫌です!」
剣を構えたロマンに対し、リオンは吠えた。
足元の剣には目もくれない。ロマンだけを見ていた。
「……ん?」
ロマンは虚を突かれたように首を傾げる。
「聞き違いか? さあ、勝負を――」
「嫌です!」
繰り返しの二度目。
ロマンがちょっと情けない顔になる。
「待て。どうしてだ、待ちなさい」
ロマンが頭を押さえながら、うーんと唸った。
「ここは勝負する所だろう、普通は?」
「それはロマンさんの理屈です」
リオンはヤケクソ気味に吠えまくる。
「ロマンさんと正々堂々、一対一で勝負しろって? 阿呆ですか? それは勝負ではありません。ロマンさんがボクを一方的にボコボコにするだけですよ。平和的に話で解決できないから、じゃあ、剣で決めようなんて――そんなの野蛮人の発想だ。知っているはずです、ボクは弱いんです。めちゃくちゃくに弱い。戦う人の論理で語られても困ります。あなたのメッセージを見てボクはちゃんとここに来ました。だけど、決闘するなんて一言も云っていない。ボクはただ云いたいことを云いにきた。それをさっき理解しました」
リオンは一気にまくし立てる。
「もう云った。さっき、本当に云いたいことはもう云いました。でも、もう一度云います。あなたが気に食わない。あなたの考え方が気に食わない。アズクリッドのことを勝負の報酬みたいに云わないでください。そもそも、ボクらだけで決めるものじゃない。アズクリッドの気持ちはどこにあるんですか? ボクとロマンさんがここでこんなことをする意味なんて、だから、何も、意味なんてまったくないんだ!」




