8-3
叔母の言葉を思い出す。思い出しながらで、蛇口を少しだけ捻って水を流した。
わずかな水流でも音は響いているような気がして、焦ってしまった。
「浮気性っていうんは、これは病気や。もう一生治らへんもんや。おばちゃんの経験上で言わしてもらうけどもな。」
泣きじゃくるわたしに、おばちゃんは暗闇の中に立って、そう言った。
「ほんとに絶対、治らない……?」
一縷の望みも、そこにはないのかと絶望しながら、それでも聞き返していた。
叔母が言うと、他の誰が言うよりも説得力がある。怖かった。
おばちゃんはゆっくりと首を振って、そしてきっぱりと言い切る。
「治らんやろ。治るもんやったら、二度目、三度目なんか、あらへん。」
答えを聞いたら恨めしくなった。
最後の希望くらい、残してくれてもいいじゃない。
「せやけど、あんたはそれでも好きなんやろ? せやったら、もうしゃーないがな。治る、治らんの問題やない、あんた次第や。別れたないって思ううちは、一緒におったらええがな。愛想も尽きたら、そんときは、お母ちゃんのとこへ、帰り。」
母はいつでも優しく迎えて入れてくれる。多少は文句を言うだろうけど、すぐに赦してくれる。
その光景が、瞼に浮かんでくるようだ。
「あんたには大手振って帰れる家があるんや。せんでもええ我慢だけはしたらあかん。親に逆らった手前、帰りにくうて意地張ることもあるやろ。それこそアホらしい事や。誰もあんたを怒ってるんやないで? 心配しとるんや。そこは、間違ったらあかん。」
母の怒った顔が目に浮かんだ。
「いらん我慢だけは、したらあかんで。もう帰れんとか、そんなんは思ったらあかん。」
繰り返す言葉は何だか重かった。
おばちゃんは、思ってしまったのかも知れない。
誰の言うことも聞かず、家を飛び出しておじさんと列車に乗った夜に。
おばちゃんの代わりの涙までが、延々と流れ続けた。胸が潰れるように痛い。
蛇口を閉めて、かるく洗ったハンカチを絞る。
同じ痛みを抱いて、布団に潜りこむ。
久しぶりに、膝を抱えて丸くなった。
寂しくて、人恋しくて、だけどやっぱり出てくるのは祐介だった。




