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わたしはまた湯呑を口にあて、今度は静かにほうじ茶を啜った。
サービスのいい旅館だ。
お茶の質、ほんの些細な事だけで、物事はある程度まで知れてしまう。
教えてあげましょうか、紗枝。
紗枝が、祐介と亡くなった婚約者に申し訳ないと告げた、その言葉だけで解かってしまった事がある。
あなたは結局、自分が一番大事だったのよ。その当時には。
祐介の事を愛していて、婚約者の事も愛していたんでしょうけどね。
それでも、あなたにとっては、その二人よりも自分が愛おしかったのよ。
けれど今は違う。
もっと大事なものが出来てしまったの。
優香ちゃんが、あなたにとっては自分の命よりも大事なのよ。
だから、もう祐介を以前と同じには出来ないの。
あなたは母親になったのよ。
「ねぇ、遙香。なんとか言ってよ。わたし、間違ってるのかも知れない。こんな風に中途半端にしてたら、いずれ取り返しのつかない事になるかも知れないわ。」
紗枝は恐れている。
祐介と優香ちゃんが、男女の関係を持つかも知れない事を。
かつての自分と同じ苦しみを、自分はもう慣れてしまったその痛みを、自分の娘が差し引き無しで被ってしまう事を、怖れている。
祐介が紗枝に与えた物の一番は、愛することの苦しみだったのだから。
「遙香。わたし、やっぱりちゃんと祐介と別れた方が良かったのよね? そうでしょう?」
わたしが頷けば、あなたはわたしの言葉を言い訳に先へ進めるというの?
「ねぇ、紗枝。思い出さない? いつだったか、紗枝のお母さんがさ、祐介と紗枝を別れさせようとして、わたしに頼んだ事があったでしょう。もちろん、おばさんはそんなつもりはなくって、ただ紗枝を説得して欲しいっていうだけのつもりで。」
祐介とああいう事になったのは、おばさんのせいじゃないけど。
紗枝は思い出したみたいで、途端に苦い顔を作った。
「もうずっと昔の話じゃない、遙香。わたし、もうあんな事気にしてないわよ。」
傷付いた顔で、紗枝は言う。
傷付いたのは、親友であるわたしが紗枝を傷付けたからね。
祐介は関係ないのよ。今、解かったわ。
わたしは紗枝とは逆に内心で喜んでいた。




