筆記試験
そろそろ、ユーリの入学試験だろう。師匠として、俺も負けてはいられない。うかうかしているとすぐ追い抜かれそうだ。
荷物をまとめて家を見回る。すぐに必要になりそうなものはない。これでいい。ロフトから一回を見下ろせば、あの頃の景色がまた蘇る。
この家はまた携帯ハウスだ。ユーリと生活していたのとは別の。一人暮らし用の、テインやリーシャンと初めて会った家。俺が人間に再びついていくきっかけとなった家。嘗て、人間に虐げられた俺が、人間を許しきれていないまま連れ出された、ある意味で運命を招いた家。
虐げられてきた。そう、かつてエルフはその容姿の美しさ故に身勝手な人間どもの手によって多数が売り払われ、多数が虐げられてきた。俺もその一人だった。
幼い頃、聖大森に一度人間が善良を装って侵入し、信頼を得て里に入った途端若い娘や小さな子供を連れ去って売り払う事件が横行していた。俺の村にはまだそれが来たことはなかった。
しかしある時、村を出て狩りをしていたら、人間に捕まった。声なんて出せなかった。そのまま誘拐され、次に目を覚したのは奴隷小屋。俺は、奴隷になった。
他にも数人エルフがいて、それぞれ絶望に染まるもの、啜り泣くもの、歯を食いしばるもの。いろんな奴がいた。そこに来たのが、人間。心底人間を憎んだ。
俺が売られた先はどこかの貴族の護衛用。簡単な護身術、そして魔法を叩き込まれた。エルフは人間種と聖霊族の混血だから、身近にいる聖霊が使うような術、力を行使するのは見慣れていた。そして、聖霊術を扱えない代わりにと体に流れる魔力を用いて生活するのは、もはや当たり前のこと。
そういう環境的要因もあってエルフはかねてより魔法に対するアドバンテージがあった。それを利用されていた。
「何を思い出してるんだ、俺は。」
こんなことを考えたって過去が変わるわけでもなければ人間の根本的な性格が変わるわけでもない。ただ、本当に純粋な人間もいるのだろうけれど。
暫く、この家ともおさらばだな。俺は十魔法公になりに行く。目指すは王都だ。無論ユーリがまだいる可能性はある。けど、学校自体は王都ではないから会う機会はさほどないだろう。
「×××××・ラードリア・ロスクレーダン。俺の名前、昔の俺を知っている人しか知らない、名前。……そのまんまの意味じゃねぇかよ。エルフの命名習慣クソだせぇな。」
早くも数日経ち、今日は筆記試験の日。入学希望者が一同に集まる日。何人ほどいるんだろう。
そんなことを考えながら、この前迷い込んできてしまったギルドが集中する区画へと足を進める。冒険者ギルドを目指して。実技は魔術師訓練室でやるものの、筆記はギルド内の講堂で行われるらしい。
ギルドについてやはり思うのは、一言に尽きる。
「でかい…!」
そっと扉を開けて中を除けば、奥のカウンターに人が見えた。人が活発になるであろう8:00過ぎ程度なのに、伽藍堂だ。一体どうしたんだろう。それとも、まだ寝ているのか。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。筆記試験の会場となる行動はあちらにございます。」
話しかけてもいなければ目が合ったわけでもないけれど、受付らしきお姉さんが右の廊下を指す。正確には、その奥を。きっとその先に講堂があるのだろう。
「ありがとうございます、それでは。」
一直線に講堂につながる廊下へと歩き、そしてまた一直線に講堂まで歩く。
ギルドの扉を開けたのよりも慎重に扉を開け、一歩踏み出した。まるで太陽が直接照っているかのように眩しい。
「あ!ユーリくんだ!」
聞き覚えのある声が僕を呼ぶ。紛れもなくノアの声だ。
やっと視界を取り戻すと、そこにはいつか見た顔があった。
「うわ!?ノアさん!?」
そう、目の前にあったのだ。近すぎて思わず後ろに飛んだ。
「うわ、ユーリくんったらひどい!」
「いやびっくりもしますよ!目の前にいたんですから!」
少しムキになってそう返すと、ノアはえへへ、とはにかむように笑いながら頬に手を当てる。その動作は口調とは明らかに違う令嬢らしい滑らかな動きだった。
「席に着こうか、あんまり大声で話すと迷惑になっちゃうからね。」
大声で話し始めたのはノアさんでしょうに。という心の声はしまっておき、言う通りに席に着く。
すると間もなく、僕が入ってきたのとは違う方向から大人が現れた。これまた、見たことのある顔で。
「よく時間内に全員集まったな。偉い。」
数日前にご飯屋さんについて教えてくれた人だ。まさか、彼が試験官だとは。
「用紙を配る。全員ここから一言も喋るな。そして周りを見回すな。」
軽く顎を引いて了解を示すと、試験官は少しこちらに向けて笑った。贔屓にならないだろうか、これはセーフ?
紙が配られ、試験官が順番に回って全員が表面に名前を書いたことを確認すると、「始め!」と言う声が響いた。その声と少し遅れて(当たり前だが)紙を返して、解き始める。
第一問
『春の女神の名前を答えよ。』
【レミアヴィノーフ】
『夏の神の名前を答えよ。』
【アリルヴネーヒ】
思ったよりも簡単だ。こんな問題ばかりで難しいのなんてない。詠唱を覚えていれば解けるし、そもそも魔法史やら何やらを見ていればすぐわかる。
『秋の女神の眷属の数を答えよ。』
【11】
ここからは勉強をしていないと解けなさそうだ。ノアさんが魔法史が出るとか教えてくれていなければもしかしたら危うかったかもしれない。彼女には感謝だ。
『水球魔法の詠唱を書きなさい。』
【世界を浄化し変化をもたらす春の女神レミアヴィノーフが眷属水の女神レンディドゥーシアに告ぐ。全てを押し流し浄化する聖なる流れを我が手に御授け願う。我が祈りを御身に捧ぐ。彼の祈りを御身に捧ぐ。祈りが耳に届いたならば、我等の求む魔法とならん。ボラ ディアグエ。】
長い!穴埋めとかにしてほしい。時間を取られてしまう。そういえば制限時間ってあったっけ。そう言う説明はされていなかったはずだから、全て埋めてこそ試験は終わりなのだろうか。
『浮遊魔法の詠唱を書きなさい。』
【 】
え!?浮遊魔法に詠唱はないんじゃなかったか。師匠も言っていたし、本にも書いていなかった。もしかして、師匠の情報が古かっただけなんてことはないだろうか。古そうな本だったし!
【詠唱なし。】
ひとまず、僕の知識を信じるしかないだろう。もしこれで不合格になったら師匠のせいだ!
その後は特に予想外なこともなく、ラスト一問を解いている。
『あなたは魔法をどのように捉えていますか。繕わないありのままの心を答えよ。』
急に何の問題!?これも入学に必要な問題なのだろうか。あや、試験に出るのなら必要なのだろう。別にやましいようには使っていないし、隠すことでもないから書いてしまおう。
【魔法とは、僕たちの生活を豊かにし、人々に利をもたらす魔学の神の恩恵を受けたものです。僕は、それを私生活に組み込むことで、日々を豊かにすると思っています。
つまり、魔法は僕たちの生活を支える大事な生活手段です!】
これで、いいだろうか。解いていない問題はない。このまま待てば良いのだろうか?
そう考えていると、不意に紙が動いた気がして思わず手を離す。それを狙っていたかのように淡く発光した紙は試験管のほうに飛んでいった。解き直しなんてしていないのに。せっかちだ。
「試験を終えた者は退出だ。入ってきたのとは逆側に奥へ続く扉がある。」
僕のことを指しているのだろう、こちらを見ながら言われるので大人しく立って出て行く。奥に何があるかはわからないけれど、怖いものではなさそうだ。身の危険がないといいけど。




