同じ言語なのになあ
ユーリに授けた指輪の中。ここは妾の自在領域。実に快適である。ここにはふかふかのソファに暖かい布団、美味しいご飯が揃っている。そのほとんどが、あのラードリアというエルフの家で見たり触ったりしたものだけれど。
厄災戦争と呼ばれる、通称昔の大戦。それが終わり、聖霊王となった妾が次の厄災に向けてのちに『刺天の巨岩』と呼ばれるようになった前聖霊王と人間が建てた砦で数千年眠っている間に、世は大変に便利になっていた。きっとこの調子で〈学校〉というところも快適なのだろう。楽しみである。
そう言えば、妾の本体は今どこにいるのだったか。この指輪に入っているのは妾の力を維持するためのいわば分身体なので、本体が同行しているわけではない。今は意識を分身体に向けているから分身体を動かせているが、本体の方も動かさなければ。確か本体は………。
馬車に揺られて数日、数週間のところに王都はあるらしい。どうやら僕が家で受けた試験は一次試験と言って、入学試験を受けるに値するかを見られたらしい。つまりまだ安心はできないということだ。
道が悪いのもあるだろうが、馬車自体がそれほど高価なものじゃないのだろうか、揺れがひどい。気持ち悪くなりそうだ。起こされるまで眠っていよう。
そう考えて体を横たえると、窓から空が見える。
「西側は、あっちだったかな。」
顔を動かしてみた先にあるのは僕が三年暮らした『刺天の巨岩』。三年修行したあそこに、今も師匠はいるのだろうか。それとも実家に帰っただろうか。もしかしたら僕の知らないところでまた実験をしているのかもしれない。
そろそろ眠りにつこう。これからのためにも……。
「おはようございます、本日の宿につきました。」
その声で目覚めた僕の目には、馬車を出してくれている御者の顔が映った。疲れた様子だ。何時間も座って馬を歩かせているのだから、疲れるのは当たり前だろう。
「ありがとうございます。御者さんも、ゆっくり休んでください。明日からもお願いします。」
「お気遣いありがとうございます。わたしのことはお気になさらず。」
気にしてしまうだろう。見るからに疲労困憊なのだから。まあ、僕は僕のことをするべきだけど。と言ってもやることなんてない。寝るだけだけど、さっき寝てしまったからそれほど眠くない。
そう言えば食事を摂っていない。ご飯屋さんでも探そうか。そうと決めたら出発だ。一度荷物を宿に預けた後、お金を持って出発した。
ご飯屋さんが町や村にはあるんじゃないのか。全く見当たらない。ほとんどが民家だ。どうしたものだろうか。
「坊ちゃん見ない顔だけ、どっからきと?」
え?なんて言った?前半はまだ理解できたけど、「どっからきと」ってなんだろう。同じ言語なのは確かだけど、地域によって話し方が違うのだろうか。
「聞こえとっか?どったども。」
「どったども」って何。師匠も両親もこんな言葉遣いはしなかったし、ミリシアもテグスタさんやクィーツァイさんもこんな言葉は使わなかった。
「えっと、あの、何て言ってるんですか?」
「わからねど?ん゛ー、どく、から、来どる?」
「どこ、から、来とる?」だろうか。やっとわかった。コミュニケーションを取るのが同じ言語でも難しいとは。僕はまだまだ世間知らずだと痛感する。というより、世間知らずに育てられたというか。
「ヤツタニアータの町から来ました。」
「ヤツタニアータ……それほど遠くねな。おぐってやらーか。」
「おぐってやらーか」ってもはや何語?おぐ、おぐ……?送って?やらーかって何。やらあか。やろうかの間違いだろうか。なんとなく響きが似ている。全く難しい。……待てよ、僕がおかしいことはないよな?僕の方がよっぽど世間知らずだから、全員こんな話し方だったら終わる。
「大丈夫です、学校に行くために出てきたので。」
「学校行くだか。おらにもそんな時期があったどなあ。」
本当にみんなこんな話し方だったら帰ろうかな。みんなに応援されて出てきたけどこれはなんか嫌だ。僕がいつも使ってる言葉の方が綺麗な感じがする。
「そう言えば、この町ってご飯屋さんとかありますか。」
すっかり外に出てきた理由を忘れていた。お腹も空いてきたし、そのまま話だけして帰るなんてことにならなくてよかった。
「飯屋なら、ねど?」
え?今なんて言った?
「こんなちっぽけな村なんかにあるわけねど?」
ないの?今ないって言ったよね?
「宿屋の一階に食堂ならあんが、見たろ?」
え、あるの?待合所的なところではなく。食堂?
「宿泊客なら無償で食えっぞ。」
「今すぐ宿まで戻りますありがとうございました。」
勢いよくお辞儀をした僕は顔を赤くしつつ浮遊魔法で飛ばして帰る。宿なのだからご飯を食べるところも当たり前に必要だったわけだ。すごく恥をかいた。
無事宿に戻った僕は平然を装いつつご飯が食べられそうなところを見つけて注文すると席に着く。ここでわかったのは僕の言語が普通であること。先程のおっちゃんが使ってたのは方言というらしく、地域特有の訛りなのだそうだ。学校とかなら僕と同じ言葉で話す人が多いと聞いて安心した。
夕食を食べ終えると、部屋に戻って火球水球をいくつまで出せるのか練習した。火球は扱いを間違えると爆ぜるのでなるべく水球でやった。その容量で最近は風球も出せる。けど、安定しない。成功例を見せてもらってないし、詠唱だって教わっていない。火球と水球だって初めから上手くできたわけでもなかったから、挫折どころかもっともっと風球を練習するつもりだけど。
「そろそろ寝よう。ウパルド クノディジャ パサラニ ウソラ モタディポルヴォ。」
イメージさえすれば起句だけで魔法は唱えられる。けど、精度はもちろん落ちる。それに高度になればなるほど起句も複雑になる。そしてイメージも繊細になる。
部屋を万能結界で覆った僕は、窓から覗く星を眺めながらいつの間にか眠っていた。
わたしの、本体は、どこに。
そういえば、懐かしい。聖霊王になってからは、威厳を出すためにわたしって言うのもやめて、妾って言ってた。今思えば笑える。全然似合ってない、わたしに。
そう、もうわたしはただの聖霊じゃなくなってしまった。この前の大戦で仲間はたくさん死んだし、家族もいなくなった。わたしは当時の聖霊王に拾われた。まだ子供だった。
その時拾われた子の中で最年少だったのがテグスタ。彼は幼いのに大人みたいだった。強かった。わたしが怖くてもあの子は笑っておどけた。
戦争で、仲間の骸を素材として聖霊王様が砦を築いた時、そばにいた人間は聖霊王様を殺した。それをわたしは見ていた。最期に、聖霊王様はわたしを次の聖霊王にした。何をしたのかわからなかったけど、光がわたしを包んだのは数千年経った今でもはっきり思い出せる。暖かい光だった。
その人間を殺した後、戦争は着々と終わりに近づいた。そしてわたしが西の聖大森に帰った時には………、仲間は数える程度しかいなかった。
存続が難しくなると、聖霊族の血を引くものが誰一人としていなくなるよりは、と言って動植物の生命力、人間の魔力を吸い取る者。人間やその他の種と交配することで仲間を得る者。そう言ったものが出てきて、結果的に聖霊族の直系は少ないものの血を引くものは増えた。
植物の生命力を吸い取ったものは妖精に、動物の生命力を吸い取ったものは獣人に、鳥類の生命力を吸い取ったものは人鳥に、誤って魔物の生命力を吸い取ったものはまるで堕天使の姿に。
そう言う変化を経て現在も聖霊の末裔は生きている。姿が変わり、聖霊力が扱えずとも。
そうそう、だいぶ思考が逸れた。本体を探しているのだった。えっと、巨岩にはいないはず……。…………どこ?危険はないだろうか。もしかしたら、巨岩に戻っていただろうか。まあ、いいや。眠くなってしまった。思い出すまでここで、指輪の中で、ユーリの行動を見ていよう。
本編最後の起句は設定集内にある「詠唱集 結界の類」をご覧ください。




