1-7 白雨の後に
侑は吐き捨てるようなセリフと共にこの場を去り、野次馬が消え、場は一気に静まる。
ずっと地べたに座っていた祐は起き上がり、結束を見る。
「……………」
祐は、結束にお礼を言うべきか迷う。
本来なら当然、きちんと感謝を伝えるべきだ。
何しろ、教室の件はともかく今回は下手したら死んでいたかもしれない騒ぎを収めてくれたのだから。
だが、彼女はどんな気持ちで自分を助けたのだろう。
圧倒的な実力を持った彼女からすれば、きっとあの場を収めることは苦ではなかったはずだ。
ただの気まぐれという可能性もある。
いや、それ以前に。
これを機に彼女と話して、もし変に気に入られたらどうするか。
あくまでも仮の話だ。
決して自惚れではない。
友達を必要としていない祐にとってはこのお礼から始まる会話すら脅威になり得る。
平和を重んじる祐にとって、彼女の存在も、やはり自分の人生にはいらない存在だ。
………だが。
「………なんか、ありがとな、助けてくれて。それも、2回」
やはり、きちんと礼を言うことにした。
特に理由があったわけではないが………これは、そう。
人としての礼儀だ。
さすがにこれだけ窮地を救ってもらって、この場で彼女を無視して教室に向かうというのはなんとも忍びない。
「2回?」
「教室での騒ぎだよ。あんたが『出力改変』で…」
「あれは、別にあなたを庇ったわけじゃない。ああいう場が嫌だっただけ。私、うるさいの嫌いだから」
なんてことを言う。
おそらく本当のことだろう。
力があるから、自分が目立つことに慣れているから、欲のまま動くことに躊躇がない。
なら、彼女は本当に静かな場所が好きで、騒がしいのを嫌う。
そういう人間なのだ。
「……霊符が暴発してー、とは言わないのな」
「『出力改変』を知ってる人に嘘重ねても仕方がないでしょ。あの時はいちいち説明が面倒だったから嘘つき通していただけだし」
「それもそうか。だがそれにしてもあの出力改変は見事だった。さっきも気づかれないよう長月の奴にあんだけの数の『怨衝符』を仕掛けてて。お前、相当強いんだな」
「別に、大したことないわよ」
「おいおい、あんだけ派手に暴れて謙遜なんて……」
そこで祐は言葉を止める。
結束の様子が少しおかしいと感じた。
「………本当に、大したことない。私なんて…」
「……………そ、そう」
そう言って結束は、どこか悲しげな表情を浮かべる。
彼女の言葉はやはり謙遜にしか聞こえないが、その妙な雰囲気に、本心を告げているかのような影を感じた。
だが彼女はすぐに気持ちを切り替えたように顔を上げて言う。
「……それに、『出力改変』を一瞬で見破るあなたも、ただものではないと思うけど」
「いや、まぁそれは…………たまたま、知ってた」
「そう。それより……」
急に話を切り上げて、違う話を始めようとする。
自分のことを押し通すあたり、さすが邦霊の人間といったところか。
なんとなくお嬢様気質のようなものを感じる。
「神崎恭也って言ったかしら。……貴方のお友達の。あの人、何者なの?」
「………は?」
なぜここで恭也の話がでる。
彼女が何を気にしているのかわからないが、とりあえず、
「そんなこと、本人に……」
と、周りを見渡していつのまにか恭也の姿がないことに気づく。
「あれ?いついなくなった?」
「……今頃気づいたの」
「いや、なんていうか……」
つまり。
今自分は彼女と二人きりだということだ。
恭也がいると無意識に思っていたため、2人だと分かった途端、妙に緊張してくる。
相手が美人だからか。
それとも邦霊の人間だからか。
祐も元は水無月の人間だったというのに、なんとも情けない。
「とりあえず、彼は何者なの」
「え?あ、いや……そうだな。何者って言っても、ただの友達ってだけでそれ以上は……なぜか強ぇーけど、どこで訓練してたとかも知らないし」
「………そういうことが聞きたいんじゃないんだけど」
「え?」
「まあいいわ。それより…」
と、また話を切り替える。
なんとも傍若無人なものだ。
「あなた、この学校に何しにきたの」
「………は?」
「あれだけ周りにバカにされて。夏越家の人間なら、こうなることぐらい入学前から予想がついていたでしょ」
「あー、そこら辺はあんま気にしてない。俺、打たれ強いから」
「それに教室での先生の話も聞いていなかった。入学初日からやる気すら見えない」
前の席にいたくせに、よくもまぁそんなことまで気づいたものだ。
祐はだんだん自分が面倒くさくなっていくのを感じていた。
よく考えれば、邦霊の人間に自分のことを話す必要など何もない。
彼女がなんらかの命を受けて、祐のことを探っている可能性もある。
なら、この場はとりあえずしらばっくれるべきだろう。
「いやいや、よく勘違いされるけど、俺聞いてないように見えて意外と集中してるところあるっていうか……」
だがその言葉を遮り、結束は声を張って言う。
「その昔、まだ地球が誕生して間もない頃、この世界で3人の人間が生まれたのが、生物史の始まりと言われている」
「は?なんの話だ?」
「聞いての通り、歴史の話よ。さっきの先生の話を聞いていたら分かるでしょう?」
「あー……なるほど」
「その3人の名はそれぞれ『フレイ』、『ゼフ』、『レクト』と言った。じゃあ、その3人に共通するファミリーネームは何?」
祐は少し考えたフリをして一呼吸置き、答える。
「……『ラウドアース』」
「なんだ、本当に聞いていたのね」
祐は元々水無月家の人間として、幼い頃から訓練の一環で霊術士としての一般的な知識や常識、帝王学を叩き込まれていた。
両親がいなくなってだいぶ時間が経っていたが、自分が知っている知識で助かった。
「ま、本当はそんな話していなかったんだけど」
「なっ」
「それに突っ込まないということは、やっぱり貴方は話を聞いていなかったということよ」
「………はぁ、なんなんだよお前。なんでそこまで俺にこだわる」
「………それは」
その言葉に、結束は視線を落とす。
さっきの祐の様に考えるフリではなく、本当に何かを考えていて、発言に躊躇っている様子だった。
だが、すぐに顔を上げ、口を開く。
「『日天子の厄災』」
「っ!?」
突然のその言葉に祐は思わず反応してしまう。
「それは知っている顔ね」
「…………」
「去年の3月。貴方なら覚えてるでしょう?水無月家の当主たちが失踪した事件と同時に起きた、もう一つの事件」
「…………」
迂闊だった。
祐は邦霊に所属していた頃の慣行で敵に情報を与えないよう何を言われても動じないように常に意識を巡らせている。
それでも彼女の口からその言葉が出るとは思わず、つい反応してしまった。
おそらく彼女も言うタイミングを図っていたのだろう。
そもそもなぜ祐が『日天子の厄災』という言葉に反応すると知っていたのかは疑問が残るが。
「あの日は水無月が崩壊の危機に陥ったことにばかり霊術界の目は集中していたから、水無月の中の小さな施設で起きたもう1つの事件は闇雲になり、あっという間に風化してしまった」
「…………」
「かつて水無月が運営していた霊術の養成学校、『天尚学園』が何者かに襲撃され、ほぼ全ての生徒と教師が惨殺された。そこには当時水無月家の次期当主候補だった水無月家の子息もいたとされているわ。生死は不明だけど」
「…………ペラペラと、いきなりなんの話だ」
「私はちょっとした事情でこの事件について調べているの。貴方なら何か知っているでしょ」
「………俺は水無月の傘下の家として、軽く事件の概要を聞かされただけだ。お前が今言った内容以外、知っていることはほとんどない」
「嘘ね。残念ながら貴方があの事件の関係者だという確かな情報は得ている」
確かな情報ときた。
彼女は様子を見る限り、祐が水無月の人間だったことは知らないようだ。
それならなぜ厄災の関係者だということを知っているのか。
情報元は気になるが、これ以上彼女の話に付き合うのは危険だ。
「そんなの知らねーよ。どっちにしろ、俺がお前に何かを教える義理なんて何も無い。だから俺は何も言わないし、脅してきたところで何も知らないから何も話せない」
「あくまでもしらばっくれる気のようね。でも、あなたが事件の関係者であるかどうかはともかく、話したところでメリットがないのはたしかね。………それなら………」
「…………」
「勝負をしましょう」
「………はぁ?」
また唐突な提案に、祐は思わず声が上がる。
「この後、入学後の確認試験がある。サバイバル形式で霊符の行使能力を測定する、実技試験よ。その試験で勝った方が、相手の言うことをなんでも一つ聞くっていうのはどう?」
「試験って、なんでそんなのあるって分かるんだよ」
「私は邦霊の人間よ。学校の予定なんて、一般公開されてない行事も含めて全て把握しているわ。それにこの条件ならあなたの方がメリットが大きいでしょう?私が勝ってもあなたに情報をもらうだけなのに対して、あなたは私になんでも命令ができる。下僕になれと言われれば、私は如月と縁を切って、あなたの下につくわ」
「げ、下僕って……」
「未来永劫、あなたの命令に従うってこと。こんなにいい条件中々出さないわよ」
「いやいや、それ以前に俺がお前に勝てるわけないだろ!それに、サバイバル形式っつーことは他の生徒も参加するんだろ?あいつらは全員、夏越家の俺を狙ってくる。戦いに関しては明らかに俺が不利だ」
「それは確かに。ではこうしましょう。まず最初に、あなたを狙う人全てを私が迎撃する。それが終わってから私が霊力を消費した状態であなたと戦う。これでどう?」
「は?お前そんなの……」
一見、あまりにも無茶な話だった。
サバイバル形式というのが何人まで参加するものなのか分からないが、仮にクラスごとでの試験だとしたら、30人以上と戦ったのちに祐の相手をするということ。
それに、一人一人順番に戦うわけじゃない。
サバイバルという言葉をそのまま捉えるなら、極論、全員が一気に襲ってくる可能性もある。
もし集中放火を食らえば、いくら彼女といえど捌き切るのは難しいはずだ。
だが、彼女は当たり前のように話を続ける。
「さらに条件を加えるなら、私があなたを守りきれなくて他の生徒の攻撃であなたがダメージを負ったり、逆にあなたと戦う前に私が戦闘不能になっても私の負けでいい」
「………まじかよ」
あまりにもこちらに分がある条件だった。
もし、この勝負に勝てば、邦霊での最高権力を持つ彼女を自分のものにできる。
邦霊の情報を知るだけでなく、彼女をスパイにして潜入操作させることなんかもできる。
もしかすれば、あの事件のことも……
「…………」
そこまで考えて、祐は思考を打ち切る。
今更そんなこと調べて何になる。
自分は平和だけを求めて生きると決めたはずだ。
それは世界平和なんかではない。
自分だけが誰の影響も受けず、ひっそりと生きていく世界。
それが今の祐の目的だ。
なら、もし勝負に勝った時、何を命令するか。
平和を目指すために、何をするべきか。
今はそれを考えるべきだ。
例えば、彼女の婿に入るというのはどうだろう。
彼女に如月の全てを任せて、自分はそこに張り付く権力者として人生を謳歌する。
………いいな。
なかなかに名案だ。
「………如月祐か。悪くない」
「なっ……」
結束はボソッと呟く祐の言葉に薄く頬を赤らめる。
「なっ、何考えてるのあなた!?」
「え、だって、お前と結婚すれば夏越の名前を捨てて楽できそうだし」
「あ、そ、そう。そういう…………………って、なんでそれで結婚になるのよ!」
慌てた様子の彼女は一旦冷静になり、またすぐに声を上げる。
「それが一番楽だろ」
「紛らわしい事言わないで!い、いきなり変なこと言うから……」
と、そこで途中で失言を撤回するように彼女は目を見開いて言葉を止める。
「……変なこと言うから?」
「……………い、いえ、何でもないわ」
「………………」
「………………」
少しの静寂。
だが祐はそれを自分から壊していく。
「……お前、もしかして」
「ち、ちょっと黙って。それ以上言ったら……」
「自意識過剰になっちゃった?」
「黙れと言ってるでしょう!」
今まで凛として冷静だった彼女が、意外にも可愛らしく声を上げていた。
なるほど。
恭也が人をからかう気持ちがなんとなく分かった。
これは何というか、ちょっと楽しい。
「とっ、とにかく!変な命令はだめよ!」
「それ、どんな命令でも変って言えば拒否できるじゃんかよ」
「そこは、その……なんとなく分かるでしょ!」
「いやまぁいいけどね。分かった。その条件でやろう」
ふぅ、と荒れた呼吸を戻すように、結束は一呼吸置いて言う。
「………とりあえず、やる気にはなったみたいね」
「ああ。どっちにしろ、逃がしてくれるとは思わないしな」
「分かってるじゃない。じゃあ、また試験の時に」
そう言って彼女は教室へ戻っていった。




