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1-6 スコールライン(後半)

不遜かつ冷たい顔のまま、侑はただ一歩一歩、祐の元へ近づく。

冷徹な侑の視線が、冷や汗となって祐の頬を伝う。


「……あー、あいつってもしかして俺のこと?」

「当たり前だ。廃れた家の人間は、この学校に必要ない。お前がこの先生きている限り、邦霊の士気を落とし続けることになる。今回のような幼稚な騒ぎも、これから起こるであろう邦霊の問題も、全て貴様が元凶だ」

「それはちょっと決めつけが過ぎるんじゃないですかねえ」

「そうだ、決めつけだ。で、それがどうした。俺の決めつけは邦霊の意志だ」

「………ああ、くそ」


祐は小さく(うめ)く。

何を言っても避けられない状況だった。

もう残されている道は戦いのみ。

仮に勝ってもその先に未来があるとは思えないが、それ以前に。


「………勝てるか、これ」


そう小さくつぶやく。


「ああ、ちなみにお前に愛華のような猶予は与えない。だから……」


そう言って侑はさっきと同じように指をパチンと鳴らす。

だが侑の前に現れたのはさっきのような霊符ではない。

星模様の結界が、既に輝線で繋がり、完成された状態で目の前に現れる。

恭也が今朝使っていたものと同じ、『五芒星結界(ペンタグラム)』だ。


「なっ」

「即座に死ね」


ドッ、と衝撃と共に光線が放射される。

それは、恭也のようなおふざけではない。

明らかに殺意のこもった一撃だ。

そして、まだ戦闘体勢にすら入ってなかった祐は避けることも防御を張ることもできない。


「くそっ!」


そもそも祐は地に手をついたままだった。

どうにか体を動かそうとするが、間に合わない。


「は、はは、くそ。俺、こんなとこで………」


死を受け入れて目を閉じた、その瞬間。



ドッ、バチバチッ!



と、視界を埋め尽くすほどの閃光と、鼓膜をつんざく破砕音。


目を開けると、祐の目の前に同じ結界で作られたシールドが張られており、侑の攻撃を防いでいた。


「あ?なんだぁ?」


侑は何が起きたか分からず、ポケットに手を突っ込んだまま佇んでいる。


「………これは」

「まさか、祐まで殺そうとするとはな」


背後から知っている声が聞こえる。

祐はその声に反応しゆっくりと後ろを振り向く。


「恭也……」

「ごめんな、祐。まさかお前がここまで嫌われているとは思わなかった。いい意味で」

「どう考えたらいい意味になるんだ」

「はは、ツッコミができる余裕があるならとりあえず大丈夫だな」


恭也は相変わらずマイペースに笑っている。

だが、笑ってられる状況ではないはずだった。


「全然大丈夫じゃないだろ。よかったのか、俺を庇って」

「そりゃあ何事もなければ出るつもりはなかったけどな。さすがにお前を死なせるわけにはいかない。それは俺が邦霊に目をつけられることになったとしてもだ」


恭也は優しい顔でそう言ってくるが、祐からすれば『この学校に連れてきたのお前だろ』という言葉が頭から離れず、助けられたことに感謝するというのはなんとも複雑な気持ちだ。

ということで、とりあえずは場の経緯を見守ることにする。


侑は恭也を見て興味深そうに首を(かし)げる。


「へぇ、小陣(しょうじん)符の結界をあの一瞬で即席結界(ヘイストレギオン)したのか。これ、お前?」

「はい、左様でございます」


恭也はどうにか穏便に済ませられるように下手(したて)にでて様子を見ている。

だが、内心緊張が走っているはずだ。

先程のような不意打ちにも対応できるように、常に侑の動きに意識を集中させている。


「この学校は霊術士の養成施設としてはトップレベルだが、それは学生の範疇での話だ。お前ほどの人材はなかなか見ないな。お前、名前は?」

「はっ、神崎恭也と申します」

「神崎?聞いたことないな。まさか無名の家の人間がこの学校に入学するほどに上り詰めたというのか」

「………そんな大したことではございません。入学に関してはちょっとしたアテがありまして」

「ま、いい。お前の素性には興味はあるが、耳に入れても意味のないことだ。何しろお前は、そこで縮こまってる愛華同様、邦霊(おれ)に逆らっちまったからな」


やはり、侑は祐達と同様、恭也も処刑のターゲットにするらしい。

だが、祐が心配そうに恭也を見ると、恭也は不敵な笑みを浮かべていた。

もしかすると、何かこの状況を打破する策があるのかもしれない。

あいつはああ見えて戦闘に入るとひどく頭が切れる。

それは今のような心理的な戦いでも同じことだ。


「おことばですが、侑様。私には侑様が邦霊の中で持つ権限を超えたお方が後ろにおられます。ゆめゆめ、発言を間違えられぬよう…」

「そうか。じゃあ、お前を殺してそれが本当か確かめてみなきゃな」

「……………」


そこでなぜか訪れる静寂。

祐からは恭也の後ろ姿しか見えないが、なんとなく恭也の表情が固まっているのは想像がついた。

やがて恭也はゆっくりとこちらを振り向く。


「だめだ祐、あいつ話分かんねえやつだ」

「お前の嘘が下手すぎんだよ!」


前言撤回。

やっぱこいつバカだ。


「ほーら嘘だ。少し信じたぞ。1%中の1%くらい」


そう言って侑はまた指を鳴らす。

すると、目の前に結界が5つほど現れる。

その光景は状況こそ違えど、今朝の自宅での様子となんら変わらなかった。


「うわ、今日はデジャヴばっかりだな」

「何言ってんだ?まぁ、とにかく消えろ」


侑が発射のためにまた指を鳴らそうとする。


「いい加減にしなさい」


またまた知っている声。

如月結束だ。

彼女の登場でまた周囲がざわつく。

教室では遠くから横顔しか見えなかったため、初めて正面から顔を拝んだが、近くで見ると一瞬言葉を失う程に可愛らしい容姿だった。

彼女の声にはいくら侑と言えども、手を止めざるを得なくなる。


「お前は……ああ、如月の娘か。一体何人乱入してくるんだよ」

「あなたも、途中で乱入した一人でしょう?」

「どうでもいい。お前は何の用だ?」

「何の用だ、じゃないでしょう。私と同じ邦霊の人間が人殺しをしようとしているのだから。これ以上は目に余るわ」

「は、なんだそれ。じゃあ逆にお前は邦霊に楯突いたこいつらを野放しにするのか?」


侑の言葉に結束はやれやれとため息を吐く。


「呆れるわね。幼稚な騒ぎを一番楽しんでいるのは貴方じゃない。貴方のその身勝手な行為が邦霊の価値を下げているとなぜ分からないの?」

「はは、何言ってる。俺は………っ」


そこで侑の声が止まる。

いつの間にか、侑の周囲に無数の霊符が浮かんでいた。

言うまでもなく、結束の仕業だ。

その霊符の行使はあまりにも鮮やかだった。

霊力を込めてから敵の周囲に霊符を散らすまで、ほんの一瞬。

しかも相手が気づかないタイミングを的確に狙って起動している。

そして、おそらくあれは触れたら起動する(トラップ)型の霊符だろう。


「き、如月!貴様………」

「あら、よく気づいたわね。動いたら死ぬように霊符を蒔いていたのに」

「……っ、ふざけるな!貴様、俺を侮辱する気か!?」


さっきまでの余裕な態度はどこへやら、侑は見せつけられた実力差に憤りを口にする。


「とにかく、ここは私に免じて引いてもらうわ」

「……クソがっ!お前らはいつもそうだ!水無月がいなくなったって何も変わらない!結局上に立って好き勝手やる独善者が水無月から如月に変わっただけだ!」

「そう?少なくともあなたが今そんな状況になっているのは邦霊の情勢なんかに関係なく、単純に弱いからだと思うけど」

「…………っ!」


同じ邦霊の人間だというのに、まるで赤子の手を捻るかのようだった。

もちろん、侑が弱いなんてことはない。

霊符の扱いだけなら少なくとも祐の実力は大幅に超えている。

この如月結束という女が異常なのだ。

強いとは思っていたが、まさか他の邦霊の人間を圧倒できるほどとは思わなかった。

もしかしたら、彼女は同年代の霊術士の中で最も強いかもしれない。


「さて。この騒ぎはもう終わり。みんな教室へ戻りなさい」


その言葉で今まで唖然とその場を凝視していた野次馬達は我に帰り、不規則に足を動かし、教室へと戻っていった。

全員がいなくなったのを確認して、結束は侑の周りの霊符を解呪する。


「あなたも戻っていいわよ」

「ふざけやがって。このまま済むと思うなよ。この屈辱は必ず……」

「勝手に恨んでなさいよ。早く行って」

「………くそが!」


捨て台詞にもならない怒声と共に侑は背を向けて走っていった。

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