第9話 第一戦──屈強丸太男ゴルザム
「エントリーナンバー27番、アマギ・リク!」
リングアナの声が場内に響いた瞬間、リクの鼓動がぐっと跳ね上がった。
観客席のあちこちから、温かい声が飛んでくる。
「坊主! がんばれよ〜!」
「負けても恥ずかしくないぞ!」
「小さいけど……根性ありそうじゃねぇか!」
そんな声援が、緊張で固くなっていたリクの心を、ほんの少しだけほぐしてくれた。
「対するは、エントリーナンバー88番、バグネス・ゴルザム!」
その名前が響いた瞬間、リクは小さく肩をすくめた。濁音まみれの音の響きが、耳にどんと刺さる。いかにも強そうで、いかにも怖そうで──
「わっ……あっ!! あいつ、さっきの丸太男!!」
ミルの叫びに反応して目を向けると、そこにいたのはさっき見たばかりの巨体だった。
リングに上がってきたのは、まさに“巨人”としか言いようのない男。腕は丸太のようにぶっとく、肩幅はドアふたつ分。身長は2メートル、体重は100キロどころではなさそうだ。筋肉の塊がそのまま歩いてくるような迫力に、観客席からどよめきが起こった。
リクは、身長160センチほど。ゴルザムと並べば、大人と子ども。サイズも迫力も、なにもかもが違う。普通に考えて──勝てるわけがない。
「リク、大丈夫!? ボク、戦えないけど! 心の中でハリセン振って応援してるからね!」
「ありがと……うん、精神的プレッシャーはすごいけど……」
ごとん、とリングが鳴った。ゴルザムの足音が、床板をどっしりとうならせる。
「チビか。……ふん、昼飯前の準備運動にはちょうどいい」
「準備運動ってなんだよ!?」
「骨は折らねぇよ。……たぶんな」
「“たぶん”が一番危ねぇんだけど!!」
リング中央に審判が現れ、魔導スピーカーの起動音が空気を引き締める。
リクはチャームをぎゅっと握りしめた。怖い。逃げたくなる。でも──
ここまで来たのは、自分の意志だった。
「大丈夫リク! チャームって、想いの強さがすべてだよ! でっかい筋肉なんかに負けないもん!」
「……ああ。オレの願いは、誰にも負けないって決めたんだ」
身体は小さくても、立ち向かう気持ちまで小さくなるつもりはない。
リクはリング中央へ、しっかりと一歩を踏み出した。
こうして、チャームコロシアム第一戦の幕が上がった。
「──チャームバトル、開始!」
審判の号令が響いた瞬間、リクは前に飛び出した。足が震えそうになるのを、勢いでねじ伏せるように。
「うおおおっ!」
リクの手には、チャームで強化された木刀。チャームコロシアムでは、武器は木刀一本までと決められている。ただし、使うかどうかは自由。今回の相手──ゴルザムは、拳だけで十分と言わんばかりに素手で構えていた。
「いけっ!」
リクは跳びかかり、腹部を狙って渾身の一撃を放つ。
ごつっ。
「……うそだろ、効いてない!?」
返ってきたのは、岩を叩いたような鈍い感触。ゴルザムの腹筋はびくともしない。
「そんなんで止められるかよ。見ろ、これが本物のチャームの力だ」
ゴルザムがぐっと腕を広げると、その両腕・脚・腰に光る複数のチャームが見えた。装飾品のように見えて、それぞれが身体強化のためのチャームらしい。
「筋力増強・骨密度強化・反応速度上昇……こいつらが俺の武器だ」
「うわっ、完全に見せびらかしてる……!」
「戦闘力がチャームの数で決まるなら、リクは不利すぎるよぉ〜!」
「……いや、まだだ。オレには“アレ”がある!」
リクは左手で、そっと懐のチャームに触れる。
(あの時、一瞬だけど……父さんの体勢を崩した。このチャーム……まだ誰にも使ったことはないけど、これしかない……!)
「もう迷ってるヒマなんてない……!」
ゴルザムが再び突っ込んでくる。正面から迫る、壁のような圧力。
リクは、真正面に立った。
「うおおおおっ!!」
木刀を振りかぶり、ゴルザムの顔めがけて振り下ろす──!
その一瞬、ゴルザムの表情が反応する。咄嗟に腕を顔の前にかざして防御態勢に入った。
だが。
──そこにリクはいなかった。
「もらった!」
リクの本体はしゃがみこみ、体勢を低くして足を跳ね上げる。
ごぶっ……!
「ぐ、ぉっ……!!」
ゴルザムの顔が引きつり、呻き声をもらすと同時に、筋骨隆々の巨体が膝から崩れ落ちた。
「これはっ! まさかのフェイント!? ゴルザム選手、完全に幻に釣られたか──急所を貫かれたぁっ!!」
実況のカイルが絶叫する中、審判がすぐに駆け寄って手を上げる。
「バグネス・ゴルザム、戦闘不能! アマギ・リク、勝利!!」
観客席から、歓声とざわめきが一斉に湧き上がる。
「やったやったーっ! リクすごすぎるよぉ〜っ!!」
「まさか……あの“面打ち”は幻だったのか……!? なんてチャームだ……!」
ふらふらとその場にへたり込んだリクは、息を整えながら手にしたチャームを見つめた。
──自分の手で作った“幻想チャーム”。これが初めての実戦投入だった。
「……勝った。オレのチャーム、ちゃんと通じたんだな……」
空に浮かぶ魔導スクリーンには、「勝者:アマギ・リク」の文字がくっきりと表示されていた。
チャームコロシアム、第一戦──終了。