第41話 ダム・ガール、義母の最後に涙する。
「後は自分で片を付けますわ」
ティオさまの<聖なる炎>に包まれた義母。
苦痛の中、自らで終わらせると宣言する。
「お母さまぁ。まさか……」
ファフさんに抑え込まれているエリーザは、悲痛な顔で自らの母が「何」を選択したのかを悟る。
わたしも、その言葉の「意味」を理解した。
「そ、そんな! お義母さま、早まらないでくださいませ」
「いえ。このまま、アタクシが貴女やエリーザにこれ以上迷惑をおかけするわけにはまいりません」
わたしの声かけにも、意見を変えない義母。
しかし、その表情はうっすら笑みを浮かべている。
「ババァ! どうやって片を付けるんだ? 普通に自殺しても、お前の亡骸から魔神が生えてくる。もう何をやっても無駄なのさ。ぎゃ!」
「オマエは黙ってろ、握りつぶすぞ!! ティオさま、ファフさん、何か手が……」
「ごめん、アミお姉さん」
「残念ですが……。既にマリーアさまの体内全域に魔神の根が張られています」
ティオさまは悲痛な顔。
ファフさんも悲しげな顔で首を振り、手遅れという。
「お母さまぁぁ!」
「エリーザ、アタクシはダメな母でした。でも、貴女の事を愛していましたわ。これからはお父さまやアミータお姉さんの言う事をちゃんと聞いて、良き令嬢になりなさい。そして、アミータ」
「はい!」
蒼い炎に包まれた手で、そっと娘の頬を撫でる義母。
彼女は、わたしにも声を掛けてくれた。
「貴女には色々苦労をしましたが、窮屈な貴族社会に貴女は似合わなかっただけだったのかもですね。ホント、貴女のお母さま、エルメリアさま、そっくり」
苦笑しながらわたしに語り掛けてくる義母。
その言葉を受けて、わたしの頬に涙が流れる。
「貴女は貴女の道を進みなさい。公爵閣下、アミータをお願い致します」
「はい、必ず」
そしてティオさまにも声掛けをした後、一瞬オーギュスランを一瞥して……。
「あなた、ごめんなさい。エルメリアさま、向こうで会えたらもう一度お話しましょ」
そう呟いて、義母は突然バルコニーを走る。
そして、手すりを飛び越えて、そのまま宙に身を投げた。
「お義母さま!」
わたしは、ゴーレムの右手からミスラル製の剣を放し、落下している義母を受け止めようとした。
ぱちゅん。
しかし、ゴーレムの右掌で受け止めた瞬間。
義母の身体は、透明な液体となり弾けた。
「お義母さま? え??」
「お母さま? お母さま……あーあーあーあーあ!」
わたしの疑問の声を打ち消す様に激しく叫ぶエリーザ。
受け止めたはずのゴーレムの右掌に視線を向けると、そこには水に濡れた義母のドレスと装飾具だけが残っていた。
「自らの身体を聖水と化す術。私も初めて見ました。お見事な最後、末代まで語らせていただきます」
ファフさんが義母の事をたたえてくれているが、そんな言葉はわたしの耳には入らない。
「どうして、どうしてぇぇ!」
せっかくハッピーエンドを迎えそうになっていたのに、台無しにされた。
全て、ただ一人の悪意で潰されてしまった。
「ふあっはは! 最後は貴族らしく気高く消えたってか? バカらしい。死に方に綺麗も汚いもあるか。死んだらそれまで」
「そうなのね。じゃあ、貴方も死になさい」
わたしは怒りのまま、ゴーレムの手。
オーギュスランを握っている手に力を籠めようとした。
「お姉さん、やめて! お姉さんは、こんな最低な奴の命で汚れる必要なんてないんだ。こいつは正式な裁判の元、裁かなきゃいけない」
「ティオさま。だって、コイツは多くの人々を……。お義母さまの命まで奪ったんだよ? だったら、子供で領主候補のわたしが殺さなきゃ。仇を討たなきゃならないの」
ティオさまがわたしの殺人行為を止めようと叫ぶ。
でも、わたしの中ではこんなやつを生かしていく理由がない。
生きているだけで周囲に悪意をまき散らし、沢山の人々を苦しめる。
なにより、わたしの家族を殺した。
だから、殺す。
「お姉ちゃん! もう、良いのぉ。お姉ちゃんまで人殺しにならないで」
そんな時、エリーザの叫びがわたしの耳に飛び込んだ。
「エリーザ。こいつは貴女の母親、お義母さまを操って殺したんだよ? 仇を討たなきゃ。それにね……。もう、わたしは多くの人々を傷つけ殺したわ。街に大砲を撃ちこんだ時、ただただ命令に従っていた衛兵さんたちを殺したの。民を生贄にした魔神も沢山倒したわ」
「でもでも。じゃあ、お姉ちゃんは今泣いているの!? もう、泣くようなことはやめようよ。そんなの、バカだけど優しいお姉ちゃんじゃないもん!」
エリーザの声で、わたしは自分が泣いていたことに気が付いた。
すっかり冷え切った心で敵討ちの事だけを考えていた。
でも、それは自己暗示だったのかもしれない。
「わ、わたしだってもう殺したくないもん! でも、でも。仇討たなきゃって思うし、コイツは極悪人なの」
「アミお姉さん。無理しなくてもいいよ。それにね、こいつにはまだまだ聞かなきゃいけない事が沢山あるんだ。どうやら裏に魔族国家が潜んでいる様だしね」
わざわざ、バルコニーの端までよって、わたしの顔を見に来てくれたティオさま。
「お姉さんの悲しい泣き顔はもう二度と見たくないよ。次は喜びで泣かせてあげるから、もうやめよう。ね」
「う、うわわぁっぁん」
我慢していた気持ちが弾け、わたしは号泣してしまった。
「お義母さまぁぁ。助けられなくてごめんなさい。もっと、早く貴女の闇に気が付かなくて、ごめんなさい」
しばし、わたしは泣いた。
そして後悔を叫んだ。