第20話(累計 第110話) ダムガール、ゴブリン王と共に青空学校を見学する。
非公式ながらゴブリン王夫妻を迎えての晩さん会。
娘のリナちゃんらを交えた席にて、ティオさまとわたしは『罠』をゴブリン王陛下に提示した。
王国内に魔族国家の橋頭保としての居留地を作る代わりに税を納め、王国の法に従い自衛以外の戦闘行為を行わないという条約を。
そして、翌朝。
朝食後に、わたし達はゴブリン王を共存共栄の街コンビットスの「とある」場所にお忍びにて案内した。
……なお、ティオさまは公務のために在宅。リナちゃん、ディネリンドさんが同行。もちろんヨハナちゃんも一緒ね。
「どうでしょうか、陛下? この景色が、わたくしが望んだ平和にして甘い『罠』でございます」
「うむ。魔族国家内ではありえない風景に違いない」
そこは、神殿に併設され平民に解放された青空学校。
只人族だけでなく、ゴブリン、オーク、そして子犬顔のコボルトの子供たちが仲良く授業を受けていた。
「あなた達は銅貨二十枚を持っています。一個二銅貨のリンゴを三つ買いました。残るお金はいくらでしょうか? 分かる人、手を上げて」
「はーい!」
「ボクもわかったー!」
黒板にチョークで書かれた問題を先生役の神官さんが説明し、生徒役の子たちに回答をうながす。
ゴブリンの女の子もオークの少年も、只人の子達と一緒に我も我もと手を上げて回答をする。
「ちょうど、今は算数の時間。足し算引き算から教えています。先生役の方、残念ながら只人にしかいなかったので、王国風の授業になってます。もし、魔族の方で先生が出来る方がいらっしゃったら、魔族の文化も教えてもらえると嬉しいです」
……王国も十進数だったので、わたしの提案もあって学校教育で算数を取り入れてもらったの。もちろん読み書きもね。先生役の方、魔族に対しても優しい人。元々子ども好きな先生で、ティオさまも昔お世話になった方らしいわ。
「算数とは数字を扱う学問か? これをこのような幼子のうちから学ぶのか、只人の間では?」
「ええ、陛下。算数を学ぶことで、身近な事を数字で表す事が出来るようになります。例えばお店で商品を買うときの計算。売り買いや糧食の帳簿作成。更には大規模軍事計画にて必要とされます資金や糧食の必要数の計算などなど。算数が出来れば、大きなお店でも雇ってもらえるようになるでしょうね」
……もっと言うなら砲弾の弾道計算なんかも、そうなの。
「そして読み書きができれば、日常や仕事の事を書き残すことが出来ますし、リナちゃんが陛下となさった様に手紙のかたちで遠くの人々と連絡も出来ます。そして更に高度な学びを得るために多くの書物を読むことも出来るようになるでしょう」
口伝だけで長期にわたり知識を伝え残す事は、不可能に近い。
文字を持たぬ民族の文化が、あっというまに失われてしまったのは前世世界でもいくつもあった。
石板、粘土板に始まり、縄の結び目、木板、羊皮紙、植物紙と記録媒体も時代によって大きく変わっていく。
記録方法にしても手書きから木版印刷、活字印刷と進歩していく。
……電子媒体、光学媒体が案外と情報存期間が短いってのは、前世世界でも問題になってた覚えがあるの。そういう意味では植物紙は偉大ね。前世日本じゃ千年以上前の小説が現代でも読まれていたんだから。
「今後、こうやって学んだ子たちの中から優秀な子は神官や魔法学校、各種技術学校へ進み、更に高度な知識を得てもらうようにします。また高等学校に進まない者も、農業や工場、鉱山、商店にと働く先に向いた教育や職業あっせんも考えてはいますの」
「アミータどの。其女は、何処まで先を見ておる? この子らが成長して大人になるのなど、十年ほどは先だぞ?」
わたしが、今後の王国での教育計画(案)について話すと、ムムムとした顔でわたしに訪ねてくるゴブリン王。
彼からすれば、十年先のことよりもこの先の魔王との対峙なので、そう思うのも仕方がない。
……というか、戦の先陣で死ぬのが自分たちの定めと思い込んでいるゴブリンに未来のことを考えるってのが湧きにくいのかな?
「もっと未来までですわ。詳しくは語れませんが、わたくしは百年以上先まで見ています。この世界の行く末、全世界の人々が飢える事も戦乱に苦しむことも無く暮らしていける事を。その為に教育とインフラ構築に頑張ります。目指せ、巨大ダム構築です!」
わたしは自分の願望まで含めて叫ぶ。
平和にならないと巨大ダム建築にまでマンパワーを回す余裕がない。
今は技術革新に力を入れ、軍事、インフラ、全てを前世世界で言うところの産業革命期くらいまでレベルアップさせるべし。
その為にも多くの人々に学問を叩き込み、優秀な技術者や労働者になってもらわないと困る。
……社会が裕福になれば、社会内の人々も幸せに近づくはずだもん。
「おっほん、アミちゃん姫さま。最後は願望というか妄想が暴走なさってますよ。まあ、その前までは素晴らしい事。アタシが仕えるに値します高貴な方ですわ」
「ヨハナさん。良いではないでしょうか? アミータお姉さまの夢が叶えば、わたくしもずっとお姉さまたちと一緒に居られますもの」
とまあ、妄想レベルの願望をたれ流せば、ヨハナちゃんが容赦なく突っ込むのも毎度。
リナちゃんが頬を染めて、わたしを褒めたたえるのも毎度ながら、こっちは少々恥ずかしい。
「う……。よ、よくわからんが、我ら魔族が負けたのは、このお嬢さんの妄想力によってなのかもしれん。乙女の思い、油断ならん」
「まあ、今回はアミータさまには『負けて』おきましょう、貴方。それが、この先の真なる勝利に近づきそうですものね。リナ、貴女はアミータさまの横で良く学びなさい」
「はい、お母さま!」
苦笑しつつ、わたしに負けたと発言してくれたゴブリン王夫妻。
その言葉を受け、わたしも安堵した。
「ありがとう存じます、グリシュ陛下。では、最大級の甘い『罠』にて、皆さまを幸せに導くことをお約束しますわ」
こうして、公爵領最大の危機は形上、公爵側の敗北。
領土を魔族側に一部租借、貸し与える事として魔族国家側に公式発表された。
……実利として、公爵領の税収が増えたのはラッキーね。仕えない土地を貸し出し、開発してもらうんだもん。さあ、危機が去ったからには手加減なしにインフラ構築しなきゃですわ!