一つの影
ネロはイムリスを二階の廊下の脇に座らせ、ルブルスに長年かけられ続けた幻惑魔法を消し去っていた。
「〔真実の光を放て【アーケニング】!〕」
ネロが廊下に座り込むイムリスと同じ目線に膝をつき魔法を発動させた時、イムリスをやわらかな光が包み込んだ。光は次第に消え、ネロはイムリスを覗き込む様に動向を見守った。暫くして開かれたイムリスの瞳に光が戻った事を確認したネロは安心からか大きく息を吐き、呆然とするイムリスに言葉をなげかけた。
「長い間同じ魔法をかけられ続けていただろうから上手くいく保証は無かったが、無事のようで安心した。何か異常はみられるか?」
「、、、が、、」
「が?」
「骸骨が喋ってる!?わ、私を食べても、美味しくないですよ!!」
「食べんわ!?」
「え?え!?ここどこですか!?何で生きた骸骨さんがいるの!?あ!そうか、私死んだんだ~!それなら貴方は死神さん?でも天使さんが居なくて死神さんがいるって事は、まさか私地獄に行くんですか!?」
正気に戻ったイムリスは混乱から様々な表情を見せていたが、ネロは生前のままのイムリスを確認して頭を抱えていた。
(そういえば、イムリスは天然なところが多少あったな。だがここで長々と説明していてはまた煩わしい兵士達が来てしまうだけでなく、吸血鬼となったイムリスを日の下に連れ出す手立てすら無い現状では時間が足りない、、、仕方が、無い)
「イムリス、おそらく口で伝えても納得も理解も出来ないと思う事と、現状この館を早急に出る必要があるため、少し手荒になる事を許してくれ」
ネロは勝手に慌てふためいているイムリスに向けて魔法陣を展開した。
「〔記憶の断片を見せよ【エンシパル】!〕」
ネロの魔法により、イムリスの脳内にはネロの生前から現在までの記憶が断片的に送られた。その後暫くしてイムリスは口をひらいた。
「、、ネロ、なんですか?、、」
「ああ。だが仲間すら守れなかった私は、こんな姿になってまで蘇ってしまい、怒りや憎しみにかられ見境なく人も殺してしまった。」
「、、人を、殺したんですか?」
「、、ああ。初めて人を殺めた時、私は何も感じなかったが、親子が共に庇い合う姿を見たとき、空っぽの胸が酷く痛んだ。それが良心なのか何なのか分からないが、それ以上に怒りや憎しみが私の心をおおってしまう。人殺しとなった私を嫌ってもかまわない。だが、ひとまずはこの館を共に出なければならない。それからの事はイムリスに任せ、、、」
ネロの言葉を聞いた途端イムリスは涙を流した。
「何時も一人で抱え込ませちゃって、ごめんなさい。あの時真っ先に死んじゃって、ごめんなさい。そんな姿になってまで助けてもらって、ごめんなさい!」
人道から外れた行いをした自身を拒絶される事を覚悟していたネロは泣きながら謝罪してきたイムリスの言葉を動揺しながらも否定した。
「ち、違う!謝らなければならないのは私だ!仲間を率いていた私は結局何も出来ず、さらには己の怒りのまま無実な人達までこの手にかけたのだぞ!?20年もの間イムリスを一人苦しませていしまった事は元を辿れば私がエレンの思惑に気が付いていなかったせいなんだ!だから、、」
「それでもネロは私を助けてくれました。私は昔から守ってもらってばかりで何も出来なかった。だから、ネロに人を殺した罪があるとするなら、そんなネロを助けられなかった私にも責任はあります。一人で辛い思いをさせてしまって、、ごめんなさい、、、」
「、、違う、、、違うんだ、、私は、、」
イムリスの言葉にネロは否定しながらも、再び胸が締め付けられるような痛みを感じた。そんなネロをイムリスは優しく包み込むように抱き締めた。
「ネロは常に誰かを助けるために戦ってきました。それなのに、私は皆に守られながら最後尾で援護しか出来ませんでした。そのせいでネロは、、」
「、、違うんだ!私は、仲間達が共に守ってきた国の民達を殺してしまったのだ!私は、ドルやリーファに顔向けがもう出来はしない、、」
「なら、一緒に謝りに行きましょう?いつか二人でまた死んじゃっても、私が一緒に居いますから。」
「、、、すまない、、イムリス、もう少しだけ、もう少しだけこのままで居てくれるか?」
「はい」
ネロはイムリスの温もりを死者となりはてた体で感じとっていたが、その胸中には微かに別れを惜しむような思いがあった事をイムリスは知らずにいた。
暫くして館の玄関を抜けた二人は山から覗く朝日を遮るようにルブルスの館にあったローブを纏っていた。ローブ越しに早朝の寒さと朝日の暖かさを二人は感じながら眼下の町を眺めていた。
「ネロ?どうしたの?」
「ああ、生前は当たり前に思っていたが、死んでようやくこの世界を尊いと感じた。以前は魔族を倒す事しか考えてい無かったからか?皮肉な話だ。」
暫く20年ぶりの世界を二人で眺めた後ネロは意を決してイムリスにある事を伝えた。
「イムリス、私はこれからある人物のもとに行くつもりだ。その旅路はかつて魔王のもとに向かい四人で歩んだものだが、今回の私の起こした一件によって、その道程は険しいものになっていくと思われる。だから、、」
イムリスは深く被ったローブ越しにネロの方へ目線を向けた。
「それって、エレン王子の事?ネロ?」
「、、ああ。現在はエレン国王として王位についているようだが、この領地での私の行いが知れわたれば、あちらからも何らかの手をうってくるはずだ。ようやく自由の身になったイムリスを私は再び戦火の中に連れては行きたく無い。だから、この領地を抜けた後森林の際奥にある場所まで動向し、別れるつもりだ。」
ネロは半ば強引にイムリスに伝えたが、その言葉にイムリスはネロを心配するように口を開いた。
「それは、一人で過去の復讐を遂げるため?ネロ、私は貴方のその手を汚してほしくありません。確かに過去の悲しみは消え去る事はないと思いますが、それは復讐を遂げたとしても同じで、後には何ものこらないと思います。誰しも過去を乗り越えて未来を描きますが、私は過去の勇者としてのネロまで消えてしまわないか、不安なのです。」
「、、墓地より生き返った当初、私の中には怒りや憎しみしかなかった。だが、イムリスが生きている事を知り、私は今度こそ仲間が安心して暮らせる世界を見出だしたいと感じた。その為の犠牲が必要であれば、私は迷う事なく犠牲をこの世界に捧げる。だから、、」
生前のネロの姿と重ねて見ていたイムリスは、勇者と呼ばれていた頃と似通った発言から独り言を呟いた。
「貴方のそんなところが、私は、、、」
イムリスの呟は誰にも届く事なく静まりかえった朝日の中に消えていった。そして、何かを決意したイムリスはネロに向けて言葉を発した。
「今まで守ってもらった分、今度は私がネロの側に寄り添います。ネロが本当の自分を忘れないように、ネロの傍らで本当の貴方を覚えている私がネロを支えますから、その旅に私も一緒に連れて行って下さい!」
「、、、イムリス、、」
「人を殺める事をネロにしてほしくありませんし、させません!でも、どんな事があっても、私はネロと共に居るとさっき約束しましたし、こんな非力な私ですけど、ネロが間違えそうになった時、私がネロの助けになりたいから。お願いします!」
イムリスの言葉にネロは自身の胸から温かいものを感じていた。それが安心や喜びと似たものだとは分からずにいたが、ネロはゆっくりとした動作でイムリスを抱き締めた。
「守ってもらっていたのは、この私のほうだ。この身が灰となろうとも、今度こそ守ってみせる。だから、私と共に来てくれるか?」
「はい。どこまでも。」
山際から抱き合う二人を照らす光は、一つの影をつくりだしていた。