奇妙な同居人
「――はい、はい、ご依頼に関する内容は無事解決しました。夜な夜な亡くなった娘さんからお金の無心の電話が来ることは無いでしょう。――えぇ、報酬につきましては先日お話しした通り指定の口座にお願い致します」
依頼人からの電話を切ると、私、外場朱莉は小さく溜息を吐きました。
先程から刺さるような視線を背後から向けられているからです。
『ねぇ朱莉ちゃん、本当にここを出ていくの?』
心配そうな声音の中に恨めしさが滲み出ています。振り向くと、宙空で膝を抱えるようにして浮いている日ノ枝さんがジト目でこちらを睨んでいます。なにをそんなに不貞腐れているのでしょうか。
『せっかく仲良くなったのになぁ。あー、つまんなーい』
日ノ枝さんは身体を投げ出し仰向けで両手両足をバタつかせるとそっぽを向いてしまった。プリプリ怒っているようですが、出会った頃から比べると表情が豊かになったかのように感じられます。以前はローテンションでどこか影のあるような表情をしていましたから。まるで〝つきものが落ちたかのような〟状態です。……むしろ今は憑き物その物なのですが。
「ご両親からの依頼はこなしましたし、いい加減、廃墟で暮らすのも不便なので」
始まりは日ノ枝さんのご両親の依頼からでした。
亡くなった筈の娘から定期的にお金を催促する電話が入りいろんな意味で怖いから調査してほしいと、心霊現象に関する悩み相談などで生活費を稼いでいた私に白羽の矢が立ったのです。ネットの力って凄いです。
依頼の幽霊そのものが死を自覚していない不安定な存在だったり、途中、無関係な悪霊を惹き込んでしまったりとトラブル続きだったわけですが、無事に任務を完遂した今となっては、かろうじて電気とガスを通してもらっただけの廃墟に留まる理由はありません。
私は布団よりもベッド派なのです。
『うぅ、友情が芽生えたかと思ったのに。寂しくて死んじゃいそぅ』
「死んでるじゃないですか」
『ぐっ、朱莉ちゃんが冷たい……』
ヨヨヨとわざとらしく泣いたふりをする成人女性を私は無言で見つめました。
『な、なにかな?』
急に勢いを失ってたじろぐ日ノ枝さん。私は別に怒っているわけではありません。ただ、気になる事が一つ。
「日ノ枝さん、……なんだか綺麗になっていませんか?」
『口説いてる!?』
「違います」
もともと整ってないこともない容姿でありましたが、パーツのひとつひとつが洗練され緻密に配置されたような印象です。
『あ、あぁ……』
と日ノ枝さんは視線を逸らします。
『ほ、ほら、原型を取り戻す時にさ、イメージしたじゃない? これが自分だぁって……』
「はぁ……」
『いやいやいや、呆れたような顔をしないで! 〝あの切羽詰まった状況でちゃっかり盛り盛りにした自分を思い浮かべていたんだ……〟みたいな顔しないで!?』
両手をワタワタさせながら弁明している姿が、変に容姿が整ったせいか妙に可愛く見えるから腹が立ちます。
『それにほら! まな板だったお胸がこんなに豊かに! これで私の人生モテモテですよ! ……モッテモテのモッテモt…………いや私、死んでるんだけどね……』
言うなり日ノ枝さんは突然ヒュードロドロとセルフBGMを流しながら体育座りで落ち込み始めました。難儀な性格です。
放置しても良いのですが、この流れで悪霊化されてはかなり間抜けです。私は話題を変えることにしました。
「時に、日ノ枝さん」
話しの流れが変わったことを察したのか、日ノ枝さんは直ぐに顔をあげ元の表情に戻りました。こういう切り替えができる分、なんだかんだで大人なのでしょうね。
「日ノ枝さんはこの後、どうしますか?」
日ノ枝さんが消失されようとした時、私はそれを止めました。それは誰の救いにもならない事だったから。でも今は、日ノ枝さんは自分を取り戻し過去のトラウマにも折り合いをつけたようにも見えます。
「成仏するなら今でしょうか」
『なんか私を厄介払いしようとしてない?』
「どちらかと言うとお祓い的な意味合いです」
『辛辣ね』
ハハッと日ノ枝さんが苦笑します。そしてその上で彼女は天を仰ぎ、思考を転がすように頭を揺らします。
『考えてみたんだけどね……』
日ノ枝さんは影のあるようなシリアスな表情に戻ります。これが日ノ枝さん本来の表情なのかもしれません。大人の女性といった風情です。
『このまま成仏したとする。でもそこから転生して私がチートスキルを持って異世界に転生する確率なんてどれくらいのものなのだろうかと、考えるわけですよ』
「……日ノ枝さんはどの世界線でも淘汰されそうですけどね」
『ぐっ、否定できない! がしかしそこで私は考えたのよ!』
バンと胸を張り日ノ枝さんは仁王立ちです。テーブルの上から足をどけてください。
『私、朱莉ちゃんの守護霊になるわ! 守護霊になるわ!!』
なぜ二回言ったし。
『だから朱莉ちゃん、私を守ってね!』
被守護霊……。
「……悪霊退散」
『や、やめて! 高速で十字を切るのやめて! うち仏教だから!』
成仏しかけた日ノ枝さんが半泣きになって縋りついてきます。出会った頃も不安定でしたが、今は色んな意味で不安定ですね、この人は。
私は仕方が無いと鼻から息を抜き、日ノ枝さんの頭に手を乗せます。
「幽霊というのは本当に困ります。こちらの意思など関係なく着いて来てしまうのですから」
これは諦めなのか決心なのか。日ノ枝さんが私の顔をジッと見つめ、3回ほど瞬きしました。
『いいの?』
「残念ながら、幽霊の行動を縛る術は知りません」
どうぞ勝手に着いて来てください。そう私は言いました。
『……うん、ありがとう』
日ノ枝さんが笑い、強く風が吹きました。辺りが優しい光りに包まれます。
『――とっとと! あっぶね! あっぶな! うっかり成仏するところだったわ』
「はは」
自然と私の口からも笑みがこぼれました。久々の感情表現だったもので上手く出来ていたかは不明ですが。
今回の一件、救いを受けたのは誰だったのでしょうかね。
『よし、じゃぁどこまでも憑いていくからね! よろしく朱莉ちゃん!』
この奇妙な同居生活はまだまだ続くようです。




