オジサン、迷子になる ④
本作は「蒼焔の魔女 ~ 幼女強い(Nコード:N6868JY)」の原点となったシリーズ作品です!
【2025/6/9付】
作品情報の「あらすじ」において、いくつかの情報を投下しております。
気になる方はご確認ください。
「待たせちまったな」
「宿題してたから平気だよー」
「そっかー。ヨーシヨシヨシ」
うん。かわいい。
親の贔屓目を差し引いても、かわいい。
異論が有る奴は俺の前で言って見ろ。
一生、「ヒナちゃん可愛い」としか鳴けない生物にしてやる。
もう、ランドセルを背負っていなくても幼稚園児と間違われることは無くなったが、9歳にしては、ちょっとだけ背丈は低めかな。
くりくりとした目と小さな鼻が絶妙なバランスで配置された、愛らしい顔。
へにゃっと笑われると何でも許してやりたくなる。
ヒナは間違いなく、美人さんになる!
絶対にだ! 間違いない!
カナは、ヒナに遺伝させたこの髪質のせいで、「お前、染めてるだろう!」とか、地毛だと言っても聞いてくれない教師に、小学生の頃から、よく、いびられたと言っていた。
ここの学校は、そういう一方的で独善的な教師が居ない様子で何よりだ。
居たら、俺が拳で話し合ってるけどな。
ヒナの敵は俺の敵だ。
ヒナを泣かせる奴は俺が生かしちゃおかねえ。
ヒナを狙った事案なんて起こしてみろ。
ミリ単位の肉片にまで磨り潰してザリガニの餌にしてやる。
その教師の退勤時間に合わせてお迎えの車を用意して、ゆっくり落ち着いて話せる山の中へとご招待するぐらいは、間違いなく、やる。
二度と家から出られなくなる程度には、真摯に話し合うことになるだろう。
どこかの大統領じゃないが、たとえ便所に隠れていたとしても、必ず見つけ出して話し合ってやる。
ご機嫌なヒナと手を繋ぎ、近所のスーパーマーケットで夜食の食材を買い込んでから、家路を辿る。
今夜の献立は、ヒナの大好物のハンバーグだ。
ツナギのパン粉を少し多めに、ふわっとした食感のハンバーグが、ヒナのお気に入り。
晩飯を食ってから、ヒナが風呂に入って寝るまでの少しの時間は、ゲーム機なんかでヒナと一緒に遊ぶのが日課だ。
ヒナが楽しそうに笑っている顔を見ているだけで、疲れもストレスも吹き飛ぶんだぜ。
ヒナの夢は魔法使いになることらしいんだが、うちのヒナは、もう既に世界最高の魔法使いだからな。
そこにヒナが居るだけで、明日も俺はがんばれるのだから、マジ天使だわ。
うちの社宅は会社の敷地内に有るから、急ぎの決裁書類処理なんぞは、ヒナが就寝してからでも、やっつけられる。
自宅の目の前に職場が有るのは、片親の家庭にとっては、めちゃくちゃ助かるんだぜ。
ぽつぽつと電柱に据えられた街灯が点り、見慣れた町並みが夕闇に包まれる。
繋いだ手が、ぶんぶんと振り回されるのに任せ、音楽の授業で習ったという童謡を諳んじる、ヒナの歌声を聞きつつ歩く。
妻が―――カナが病に倒れて、7年。
発症が判明した当時のヒナは、まだ1歳で、ヒナにはカナと一緒に家で過ごした記憶が無い。
ママは病院のベッドで寝ているのが当たり前で、毎日、2時間ほどしか会うことが出来なかった。
投薬で体調を崩していることも多く、手術の度に痩せ細っていく母親の姿を見て育った。
カナが亡くなってからも、うちは父子家庭で親類との縁も薄いから、周りの大人は基本的に他人様だし、寂しいことも多いだろうに、泣くこともなく、我が儘をいうこともなく、ずっと俺を支えてくれている。
本当にヒナは、カナに似て強い子だ。
がさつで、教師が助走を付けて匙を投げる悪ガキだった俺の子供時代とは雲泥の、よく出来た娘だよ。
うちの社宅は、元・悪ガキの社員や現役の悪ガキどもが、そのへんを常にうろうろしているし、休日ともなれば早朝から酒盛りでバカ騒ぎを始める悪環境だ。
なのに、ヒナは性根が拗じ曲がることもなく、加減を知らないバカどもだけでなく、社長や社長のお嬢さんにも可愛がられて、真っ直ぐに育ってくれている。
ケンカで殴られた拍子でか、世間様の常識や遠慮や気遣いなんてものを、コンビニのゴミ箱かどこかへ落っことしてきたようなバカどもを相手に説教して、「ハイ! サーセンした!」なんて言わせている姿も、ちょくちょく見掛けるしな。
うちのヒナ、マジで良い子。
ぽやぽやと、お花畑を咲かせている部分もあるけど、わりと曲がったことが嫌いで、言うべきは、しっかりと言う。
肝が据わったところも、カナに似たんだろうな。
間違えたのか同じフレーズでループするヒナの歌声に、鼻歌で合わせながら、そんなことを思う。
「あ、しまった」
ずり落ち掛けたランドセルを、肩に掛け直したら、カサリ、とした懐の違和感に気が付いた。
今日中に郵便ポストへINしておかなきゃいけない封筒のことを思い出す。
オジサン、迷子になる④です。
親バカ発見!
次回、穴!?