オジサン、迷子になる ⑤
本作は「蒼焔の魔女 ~ 幼女強い(Nコード:N6868JY)」の原点となったシリーズ作品です!
【2025/6/9付】
作品情報の「あらすじ」において、いくつかの情報を投下しております。
気になる方はご確認ください。
「なあ、ヒナ」
「んー?」
繋いだ手の方を見下ろすと、信頼しきった目が見上げてくる。
「ちょっと郵便ポストに寄っていいか?」
「いいよー」
俺の腹ほどの高さにある顔を覗き込むと、へにゃりと屈託のない笑みが返ってくる。
かわいいので、かいぐり、かいぐり。
記憶を探って郵便ポストがどこに有ったかを思い出す。
通り向かいのスナックの角を曲がったところにも、郵便ポストは有ったはずだ。
俺も何度か社長に連れられて行ったことがあるから面識はあるが、密かに“妖怪”との渾名がある“熟女”が営む店。
うちのバカどもが、時折、お邪魔して、ご迷惑をお掛けしている、数少ない、ご町内の遊興スポットだな。
達筆な墨痕で“羅美凜主”と書かれた、一見、何の店か判断に困るショッキングピンクの電光看板が置かれた四つ角から脇道を覗くと、30メートルほど奥にレトロな赤い円柱形の郵便ポストが見えた。
通り過ぎながら、横目で電光看板を見下ろす。
この毛筆書き、婆さんの直筆なのかねえ?
安く社用地の広さを確保するために本社が置かれた地方の片田舎なので、町中の郵便ポストは、多くが、この形状だ。
田舎町に住んでいると、小洒落た四角い郵便ポストなんて幻影で、都市伝説なんじゃないかと思うことがある。
80歳を超えているらしい婆さんが現役で営むスナックが、今日も元気に営業を続けていられるのも、時間が止まったような田舎町ならでは、なのだろう。
戦前生まれなのに「羅美凜主」って、一体、どんな人生を送ってきたのか気になって仕方がねえよ。
「じゃあ、放り込んでくるわ」
「はーい」
四つ角に、小さく手を振るヒナを残して、内ポケットから封筒を取り出しつつ、赤い柱へと向かう。
円柱側面のプレートに書かれた黒い油性ペンの表を確認しながら、朝イチの集荷は9時30分か―――、などと考えていたら、ぞくりと強烈な悪寒が背筋に走った。
「ひゅっ・・・!」と息を呑む声が聞こえた気がして、四つ角に視線を泳がせる。
ぽろり、と、俺の手から封筒が離れた。
「―――ッ!!」
ヤベえ!!
「何だ、アレ!?」なんて考える余裕もなく、真っ白になった頭の中に浮かんだのは、それだけだった。
本能に突き動かされて、咄嗟に駆け出す。
ひたすらに「ヤバい」気配を感じて、ヒナの身に危険が迫っていることだけを察知する。
クッソ! いつもなら「ヤバいもんの気配」は徐々に大きくなってくるのに、いきなり現れたぞ!?
アレが何かなんて、どうでも良い!
あそこからヒナを引き離さなければ!!
アレは間違いなく「ヤバい」ヤツだ!!
ヒナの向こう側の地面に真っ黒い“丸”がある。
はあっ!? アスファルト舗装の道路に“穴”―――、!?
普段なら漏水か何かによる道路の陥没を疑うところだが、アレは、そんなモノではないと本能的な部分で感じる。
物理法則を感じさせない黒い影が、尻餅をついているヒナの足下にまで広がってきている。
目測で直径は5メートルぐらいか。
“穴”の中から、数本の黒く尖った何かが迫り出してくる。サイズ感は自動車サイズか。
王冠のように鋭い円錐形が並んだ根元には、ごつごつとした何か。
ヤバい!ヤバい!ヤバい!!
アレは絶対にヤベえ!!
何十回、何百回と俺を救ってきた”危険物センサー”が、ビンビンに警報アラートを鳴らせている!!
「ヒナ―――ッ!! 逃げろ―――ッ!!」
自分の喉から出たものとは思えない、悲鳴のような絶叫だった。
必死に、全力疾走しているはずなのに。
たった数十メートルの距離なのに、もどかしい程に前へ進まない。
腰が抜けたのか、尻餅をついたヒナは動かない。
じわじわと広がり続ける“穴”も、ヒナの尻の下にまで届こうとしているように見える。
時間が引き延ばされたように粘ついた大気を、引き千切ろうと、全身の筋肉が張る。
「・・・ぱ、パパ・・・!」
怯えた表情が、わななく唇を動かした。
声は届いていなくても、俺の耳には、間違いなく、その恐怖に震える声が聞こえた。
俺に向けて、小さな手を伸ばそうとしている。
何だ? 何なんだ?
全景らしき“モノ”が見えてきた“ソレ”は、顔だった。
真っ黒い、憤怒を模した鬼面の如く厳めしい「ソレ」は、蛇―――、いや、剥き出しの牙がワニのような乱杭に並んだ巨大な頭部に見える。
オジサン迷子になる⑤です。
唐突に破壊された日常!
次回、パパの意地!?




