小さな魔法使い ③
「ひっ!」
振り向きざまに、ブオン! と風を巻き上げて、首を竦めたわたしの頭上を脚が通り過ぎ、わたしの背後で何かがポキリと折れる音がしました。
わたしを噛み裂こうとしていたバンダースナッチの首を蹴り折ったのです。
剣や槍などの武器を使うでもなく、ただ、殴り、蹴り、掴み飛ばす。
同じ人間に、こんなことが出来るのか、と、目を瞠るばかりでした。
身体ひとつで何とかしてしまう、見慣れない衣服を着たヒト族の男の人。
それが、この人との出逢いでした。
バンダースナッチの群れを追い払い、大きな手でわたしの頭をぽんぽんと優しく撫でたこの人は、どこかから持ってきた毛皮の塊を使って、手際よく兄様の手当てをしてくださいました。
この毛皮、バンダースナッチですよね?
それも、こんなにたくさん?
ああ。”言葉の術式”で、この人の耳に「バンダースナッチ」は、「森オオカミ」と聞こえているのでしたか。
意識が無い兄様にバンダースナッチの生き血を飲ませたときは卒倒しそうになりましたが、この人に悪意が無いことは言葉が通じなくても分かりました。
郷の掟が有るので“言葉の術式”を使うことが出来なかったのですが、この人は、わたしのように無力な子供を相手にも、ちゃんと向き合ってくださる人でした。
何かを言いながら変な踊りを始めたときは面食らいましたが、あのときも、わたしとの意思の疎通を図って下さっていたそうです。
兄様が死んでしまうかも、と、手当てした兄様を運んでくれると、一生懸命、身振り手振りで伝えようとしてくれたこの人を、掟に背くことを覚悟で郷へと案内したのですが、この人は、なぜ、「ヒマだから」なんて理由で、わざわざ、危険な魔獣の群れが彷徨く郷の外へと出て行くのでしょうか?
怖い顔で警戒している門番たちにも笑顔で挨拶して森へ出て行きます。
郷の者たちも困惑している様子ですが、この人は、まるで気に留めていないようです。
わたしも呆気に取られていたのですが、ハッと我に返って大きな背中を追います。
本当に不思議な人・・・。
お祖父さまのお話だと、この人は、「龍の勇者様」だそうです。
お名前を“テツ”さんというこの人が、ものすごく強い人だということは、バンダースナッチの群れを撃退したり、郷への帰還途中でも、塩水ザリガニを簡単に倒してしまったりしたので、理解しているつもりです。
あのカルキノスにも、郷の大人が何人も食われているので、本当に驚きました。
わたしもカルキノス追い払うお手伝いをしようとしましたが、魔法術式を見せてはいけないという郷の掟が有ったので、小石を投げ付けるぐらいのことしか出来ませんでした。
郷へ帰ってから、テツさんがカルキノスを倒してくれたと報告したら、お祖父さまも、塩の採集に人を出せる、と、とても喜んでいらっしゃいました。
カルキノスの串焼きを半ば強引に押しつけられてご馳走になりましたが、胃の辺りがカッカと燃えるような、あのお肉にも驚きました。
でも、この人は郷へ着いてお祖父さまとお話しした後、井戸で頭から水を被って水浴びしたぐらいで、ほとんど休息も取らないまま魔獣討伐へ行きたがるなんて、とても理解ができません。
来なくていい、とは言われたのですが、お祖父さまから郷での案内とお世話を仰せつかっているので、わたしも付いてきました。
テツさんも渋ってはいましたが、魔獣が出たら魔法で援護ぐらいは出来る、と、訴えたら、しょうがないな、と、わたしの頭をぽんぽんと撫でて同行を許してくださいました。
魔獣を相手に暴れている姿を見ると少し怖いですが、子供には甘い、というか、優しい方なのだと思います。
腰のベルトに挟んだ魔石のナイフの他には長い骨を1本だけ肩に担いで、弓も、鎗も、剣も、持っていないのですが、散歩に出掛けるような軽い足取りで、本当に大丈夫なのでしょうか。
それに、“あの魔獣”は木の上から攻撃をしてくるので、厄介なのです。
「テツさん。魔獣の群れが、すぐ先に居ると思います」
「じゃあ、ケイナはここまでな。俺も試してみたいことがあるし」
「試す、ですか?」
この人は何をしようというのでしょうか?
「ちょっくら、居座ってる魔獣とやらを見てこようと思ってな」
「ショージョーをですか!? 危険です!」
「んん? ショージョー? しょーじょー・・・。猩猩か?」
魔獣の名前を聞いたテツさんは、記憶を探るように視線を彷徨わせています。
「なあ。そのショージョーっての、どんな魔獣だ?」
「人間に似た、それでいて、人間よりも大きな毛むくじゃらの魔獣です。群れを作って木の上を移動するのですが、もの凄く頭が良くて厄介な魔獣なんです」
「人間に似ていて、毛むくじゃらで、賢い・・・? 要するに木の上の猿か。猩猩だもんな」
テツさんはショージョーを知っているのでしょうか。
聞き覚えの無い言葉が有りましたが、「さる」とは何でしょう。
「さる、ですか?」
「地球には、そういう動物が居るんだよ。猩猩っつーと、中国の妖怪だっけか? まあ、大体分かった」
うんうん、と、一人で納得するように頷いたテツさんは、背中を向けて行こうとします。
ちょっ! ちょっと待ってください!!
わたしは慌ててテツさんの上着の裾を捕まえました。
小さな魔法使い③です。
ショージョー!
次回、暴投!?




