小さな魔法使い ②
「うわあああああああ!!」
一人、また一人、と、バンダースナッチに襲い掛かられ、ロクに抵抗も出来ないまま死んでいきます。
兄様たちが射る矢は、バンダースナッチの強靱な毛皮に阻まれて手傷を負わせることすら出来ず、わたしが放つ風術式も森オオカミに大きな打撃を与えることが出来ませんでした。
森の中では火事を起こす恐れがある火系統の術式を使ってはいけない、と、申しつけられています。
この巨木の森の木々は龍族の吐息でも燃えなかったのだから、大丈夫では無いかと思うのですが、一族に「使うな」と伝わっている以上、火系統の術式を使う選択肢は、わたしたちには有りませんでした。
土術式は動きの速い標的に当てるのが難しいですし、水源から遠い場所では水術式の威力が出ません。
魔素の制御を学び、ずっと術式を磨いてきたはずなのに、自分の無力さに腹が立ちます。
鋭い爪で腹部を大きく裂かれた兄様を逃がすため、残った一人がバンダースナッチの群れの前に立ち塞がりました。
「行け。未来の郷長を死なせるわけには行かない」
「でも・・・!」
覚悟を決めた表情で言う、最後の護衛の低い声が耳に届きました。
すでに意識が朦朧としている兄様は失血が酷く、駆けることはおろか、まともに歩くことも出来ず、わたしが肩を貸して必死に支えていました。
「うわあああ!! あああ! ああ・・・!」
耳を塞ぎたくなる最期の悲鳴と魔獣の唸り声に、膝ががくがくと震えます。
視界が涙で滲むけれど、目を閉じるわけには行きません。
私は未来を託されたのですから。
傷を負う前に兄様は、わたしに、「一人で逃げろ」と仰いましたが、兄様を置いて逃げることなど出来ようはずが有りません。
わたしは、兄様を支えると、私のために亡くなった父様と母様にも誓ったのです。
一歩、進む度に、ポタポタと鮮血が地面を濡らします。
一週でも早く傷の手当てをしなければ、恐ろしい牙に噛み砕かれなくても兄様の命が消えてしまいます。
「あっ! ―――、ぐっ!!」
とうとう兄様が完全に意識を失って足をもつれさせ、兄様の体重を支えきれずに一緒に倒れ込んだわたしは、バンダースナッチと戦うために慌てて飛び起きました。
急いで術式を組んで風魔法を放ちましたが、照準が甘かったのか避けられました。
術式を警戒したバンダースナッチが距離を取った隙に兄様の身体を揺すりますが、兄様は目を覚ましません。
木々の間から駆け出してきたバンダースナッチの群れに囲まれました。
絶望的な状況に足が竦みます。
恐怖に涙が滲んできますが、兄様を食われるぐらいなら、わたしが代わりに食われるほうがマシです。
足元に落ちていた小枝に飛び付いて拾い上げました。
小枝を振り回してバンダースナッチを追い払おうとしましたが、小枝ごときでどうにかなる魔獣なら3人も犠牲になったりしません。
群れで狩りをするバンダースナッチは、狙った獲物を決して諦めません。
四方八方を囲んで、獲物が力尽きるまで追い続けてくる魔獣ですから。
酷い傷を受けた兄様が血の臭いをさせている今は、なおさら。
「この! 兄様への手出しは許しません!」
「ガァッ!!」
倒れた兄様に食いつこうとする1匹を小枝で叩いて追い払いました。
飛び退いたバンダースナッチはグルグルと唸りながら、苛立ちの籠もった目でわたしを睨み付けてきます。
上手くいった! と、喜んだのも束の間のことでした。
「あうっ!」
1匹を追い払ったら別の1匹に体当たりされて、小枝を手放してしまいました。
もうダメだ、と、兄様の上へ覆い被さって、ギュッと目を瞑りました。
わたしたち兄妹の周囲を踏み荒らす足音だけが迫ってきます。
一瞬の後には、わたしは手足をバラバラに食い千切られて、死ぬ。
「ごめんなさい、兄様・・・」
ちっぽけなわたしでは、何のお役にも立てませんでした。
「ギャッ!!」という悲鳴とともに、何かが潰れる湿った音が響きましたが、わたしの身体に痛みは襲ってきません。
恐る恐る顔を上げてみると、そこに見えたのは恐ろしい魔獣の顎ではなく、大きな背中でした。
小さな魔法使い②です。
ピンチ!
次回、ヘンなオジサン!?




