犬祭りとファンタジー ⑨
「ごぶ・・・れい、を」
「「「「「――――ッ!?」」」」」
爺さんが懐から紙切れっぽいものを取り出して、何やら口の中でブツブツと呟いた、と思ったら、俺に向かって掌を向けた。
周りの連中が驚いた表情で、一斉に爺さんを見ている。
何らかの理由で単に驚いただけで、内輪揉めってわけでも無さそうだな。
爺さんからは特に危険を感じなかったので、防御なり回避なりの行動を取ることはなかったが、俺も爺さんに視線を戻そうとして、視界の下方向から、淡い光に照らされていることに気付く。
「おお、なんだこりゃ?」
俺の足元の地面が、薄い緑色に光っている。
収束し、明確な3重の同心円を象った光の内側に、正三角形や正方形、色々な文字? 文字っぽい記号? が、浮かび上がり、合わさって、ひとつの形を取る。
危険物センサーが働かないから害は無いんだろう。
害が無いなら避けずにおく。
余計な刺激を与えて敵意と受け取られてもマイナスにしかならないからな。
俺に敵意が無いことは爺さんも分かっているみたいだな。
「魔方陣・・・ってヤツか」
「如何にも。これで、言葉が伝わりますかな?」
紙切れを懐へ戻しながら、爺さんが顔の皺を増やして柔らかい目で笑う。
おおっ、スゲエ。
カタコトだった爺さんが、突然、流暢な日本語に変わったぞ。
「コレ、どうなってんの?」
「行き違いが起こらぬよう、言葉が通じるようにさせていただきました。これは魔方陣術式というものですな。永続的な効果は有りませんが、急場を凌ぐには十分な効果を得られる利点が有るものです」
へえ。てことは、永続的な効果を持たせる技術も別に存在するって意味だな。
この爺さんたちは、TPOに合わせて複数系統の技術を使い分けられるだけの文明レベルを持っているということだ。
「ふんふん」
初めて会った現地人が原始人じゃなくて良かった。
単なる「言語」という意味ではなく、意思の有る「言葉」が通じるのなら、風習や文化の違いは有っても交渉できる余地は有るだろう。
実際、この落ち着いた雰囲気を持つ爺さんからは、高度な知性というか、品性が感じられる。
そこそこの老舗企業の会長さんと話している気分にさせられる話し言葉だ。
「この魔法? どういう理屈なんだ?」
「世界に満ちる魔素に働き掛けて対話相手に意志を伝えるのです。そうすると、それぞれが、ここに持っている言語で聞こえるといった具合ですな」
そう言いつつ、爺さんは自分の側頭部をトントンと指先で突っつく。
「なるほど。よく分からんが、正直、助かるわ」
やっぱりな! ヒナにも見せてやりたった!
たぶん、翻訳魔法? とか言うアレだな。
まさにファンタジーってヤツだ。
原理は理解できなかったが、コミュニケーションを取れるってことは素晴らしいことだな。
「儂は、これらの者の長を務める、ケルレイオスと申す者です」
爺さんが周囲を一瞥してから俺に再び一礼したのを見て、他の連中が自分の頭に巻いた布を取った。
他の連中も、みんな、耳が尖っている。
これだけの特徴で、連中が同じ種族というか、同じDNAに連なるやつらなのだと分かる。
おっ。子供もターバンを取ったのね。
解けた布の中からサラサラな髪が零れ落ちる。
あれま。一部を編み込んだ金髪が長くて、お前さん、女の子だったの?
綺麗な顔立ちだとは思っていたが、将来はエライ別嬪さんに育ちそうな少女だ。
てか、お前も、耳、尖ってんじゃねえか!
女の子だと気付かなかっただけじゃなく、俺、観察力ねえな!
試しに足元の布団団子に凭れ掛かって寝ている怪我人のターバンに手を伸ばして剥ぎ取ってみた。
パサリと直毛の金髪がターバンの中から滑り落ちてくる。
長い髪の隙間からピョコンと立ったのは、爺さんたちと同じモノだ。
怪我人! お前も笹かまか!
えーっと。アレか?
どこからどう見ても、アレだよな。
お前ら、エルフとかいう、ファンタジー的なやつ?
犬祭り⑨です。
エールフ!!
このお話で本章は最終話です!
次話より、新章、第6章が始まります!
次回、一体化!?




