犬祭りとファンタジー ⑦
「バカめ。所詮は甲殻類だな」
ビチビチと独自に暴れ続ける腹部から飛び降り、繰り出される鋏を避け続けていると、徐々に動きが緩慢になってきて、終には、頭部も動かなくなった。
人類は勝ったのだ。
水棲生物のくせに、地上で戦いを挑んできた傲慢さが、この結果に繋がったと言えよう。
頭部の上に登って勝利のガッツポーズをしていると、子供が大口を開けて驚いていた。
驚いている、と、いうより、呆れているのかも知れない。
甲殻類なんぞ、どれが心臓か分からないので、腹部が千切れた兜の開口部から頭を突っ込んで、ドラゴン包丁で切り開いて行くと、エラが並ぶ真ん中辺りに茶色いザリガニ石を発見した。
出てくる汁が透明で、どれが血か分からないので、石が埋まっていた付近の汁を手に掬って飲んでみる。
「うっほ。強烈」
初代、犬っコロのときのように、胃の辺りが、燃えるように熱くなる。
小さい犬っコロの犬血では味わえなかった、めっちゃ“効いている”感だ。
同じ獲物を食っていると、体が慣れるのか、自分が強くなった分、効き目が薄くなるのかもしれない。
ゲームでも、プレイヤーキャラクターが成長してくると、同じ獲物から得られる経験値が少なくなってくるもんな。
どういう計算式で判定されているのか検証したいところだが、状況が安定してからだな。
自己強化の指針は必要だから、そのうち検証しよう。
こっちも強心剤として使えるかも? と考えたので、無抵抗な怪我人の口にもザリガニ汁を流し込んでおいた。
ビクンビクンと痙攣したから目を覚ますのかと期待したが、しばらく観察しても目は覚まさなかった。
腹のほうから切り出した身を小枝に刺して、塩をパラパラして焚き火で炙ったら、いくらかの泥臭さはあるものの、旨味が濃くて美味かった。
やっぱり、獲れたての新鮮な魚介類と言えば、塩焼きに限るな。
子供も、一口囓って目を丸くした後、美味そうにモリモリ食っていた。
勿体ないが、ザリガニ石だけを回収して、水分が多いザリガニの肉を持って行くのは諦める。
そこから、ちょくちょく子供が、道中に生えている、香草? 薬草? っぽいものなどを指して、教えてくれるようになった。
相変わらず、なに言ってんのか分かんねえけどな。
「おお。良い匂いだな?」
葉っぱを千切ったのを、俺の顔に近付けてくるから嗅いでみたら、ハーブっぽい匂いがしたので、香草なのかもしれない。
肉の臭いがマシになりそうだから、いくらか摘んでおきたいが、今は、両手が塞がってるからなあ。
子供が教えてくれているものには、有益な情報もあるだろうに、言葉が通じないのって、マジで不便だな。
何とか、この子と意思の疎通をしたいと、心の底から思うわ。
「ちょい、待ち」
塩水湖から、またしばらく歩いて再び森へ入ったとき、俺は、子供を呼び止めた。
言葉が通じていなくても、制止する手振りは地球人じゃなくても意味が通じるようだ。
数歩、前へ出て、首を傾げて振り返った子供を、背中に庇う位置に立つ。
前方90度ほどの範囲に3カ所、何かがいる。
センサー的に危険度は低いが、待ち伏せ―――、いや、監視か? されている。
「誰かいるのか!?」
わざとらしく大声で誰何するが、反応はない。
センサーの感覚では見える範囲に居るはずの、”誰か”の姿は見つけられない。
俺たちの目の前に広がっているのは、今までの景色と見分けが付かない森の景色だけだ。
「へえ? そう」
そういう風に囲むってことは、そっちに来て欲しくないのかねえ?
返事もしないなら、こっちから行っちゃうけど。
子供が慌てているが、構わない。
包囲しているド真ん中を狙って、俺が先頭に立って歩きはじめる。
数十メートルも歩いた辺りだった。
「おおお?」
三半規管が狂ったかの、一瞬の目眩のような違和感を感じた。
真っ直ぐに歩こうとしているのに、体は勝手にカーブを描いて別の方向へ行こうとする。
アレだ。これは"ぐるぐるバット”みたいな感じだ。
犬祭り⑦です。
ビクンビクン!
次回、あやかしの術!?




