オジサン、迷子になる ⑨
何とか振り落とされないように、しがみ付いているだけで精一杯の状況じゃあ、片手を腫らしただけでもサヨウナラだ。
そんな状態で蹴りを入れたところで、コイツの巨体にダメージなんて入らねえだろ。
上手く地面に着地できたとしても、今度は地対空戦だ。
空飛ぶトカゲを攻撃する手段なんて、俺には石を投げるぐらいのことしか出来ねえ。
まかり間違って地上戦に持ち込めたとしても、俺とコイツじゃあガタイが違いすぎる。
全力ダッシュで足元に飛び込んで―――、? ・・・無理だな。
弓矢? 槍投げ? 鉄砲?
鉄砲は兎も角として、相当に硬そうなコイツに、何かが刺さりそうな気がしない。
そもそも、この極大サイズの爬虫類が空を飛んでる時点で、物理攻撃が通用するビジョンが見えねえ。
全長50メートルもある空を飛ぶもの、つったら、世界最大の戦略爆撃機と同じぐらいの大きさだぞ。
そんな巨体が2枚のコウモリ羽根でパッタパッタと飛んでやがる。
航空力学とか流体力学とか物理法則とか、どうなってんだ?
まともな理屈が通用するとは思えねえ。
どうすれば、コイツを倒せる?
じろじろと品定めする俺の視線を嫌がったのか、ドラゴンが大きく身を捻って、動きを変えた。
叩きつけてくる大気の奔流が、足下から上への縦方向から、真っ正面からの横方向へと変化する。
ノーズダイブ。
コイツ、勝負に出やがったな。
頭から真っ逆さまの急降下だ。
ゴオオオオオオ!! と、暴風が吼えて、いくらかの圧力は増すが、耐えきれずに振り落とされるほどじゃあない。
この馬鹿トカゲ、自分の不思議パワーのこと、忘れてんじゃね?
急落下しながらも、小型乗用車ほどもある馬鹿デカい頸を振り向けて、俺を噛み砕こうと、頑張っている。
届かねえよ!! バーカ、バーカ!!
金色の眼が、ちょっと涙目になっているようにも見える。
ほんと馬鹿だなんな、コイツ。
毒気を抜かれた気分でトカゲを眺めていると、数メートルも離れた場所で、ばっくん、ばっくん、している巨大な顎の向こうの景色が、目に入った。
・・・・・おい。
おいおいおいおいおい!!
頭から、サーッと血の気が引く。
とんでもない速度で地表がズームアップしてくる。
濃い灰色を混ぜたようだった緑色が、鮮やかな色彩を帯びてくる。
上方向から見下ろす格好だが、一本一本の樹木の形を判別できるぐらいだ。
「墜落するぞ!! シャキっと飛べ―――ッ!!」
背鰭に、しがみついたまま、片足で、ガシガシと鱗に覆われた背中を蹴る。
一転して落ち着きを失った俺の必死さに気付いたのか、言葉が通じたのか、前方へと頸を戻したドラゴンがビクッと体を震わせた。
1000メートルの高さから自由落下した場合って、時速500キロメートルぐらいになるんだったっけ。
自動車のギネ〇ブックに載っている最高速度記録が時速500数十キロメートルで、十数秒で1キロメートルを駆け抜ける。
それと同等レベルの速度だっていうから、なんとなく覚えている。
落下の場合、重力加速度ってのが加算されるから、落下距離が長くなれば長くなるほど、その落下速度は、文字通り、加速度的に速くなる? はずだ。
旅客機も飛ばない高高度ともなれば、高度10000メートルを遙かに超えているのは明らかで、その落下距離に重力加速度を加算した到達落下速度なんて、考えたくもない。
体感的に、そこまでの速度が出ているようには思えないが、地表とコンニチワして無事で済むわけがない。
時速20キロメートル超の全速力でコンクリートの壁に体当たりすれば、人間なんて木っ端微塵に弾け飛んで、残るのは赤いシミと、へばり付いた肉片だけだ。
「オラァ!! チャキチャキ飛べや―――ッ!!」
怒鳴りつけては見たものの、バタバタと忙しさを増した羽ばたきに、ドラゴンの焦りと必死さも伝わってくる。
ああ・・・、コイツ、マジで馬鹿なんだわ・・・。
所詮は、爬虫類か。
ドラゴンの頑張りが天に届いたのか、急激に角度が変わり、水平飛行へと移行し始める。
進入角は60度―――、50度―――、40度―――、30―――
もう、木々の天辺に、ドラゴンが沈みそうな高度だ。
前方へと放り出されそうな“G”が襲ってくるので、何らかの不思議パワーで急ブレーキも掛けているのだと思う。
墜落の進入角度は浅くなっているが、まだ、相当な速度だぞ!?
がんばれ!!
超、がんばれ、糞トカゲ!!
樹木の頂に四肢か腹でも接触したのか、急ブレーキで、つんのめった。
オジサン迷子になる⑨です。
墜落寸前!?
次回、禁煙!?