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第18話 帰ってきた仲間たち 前編

 キャンプ地に避難して、三日目の朝になった。


 ぼくは木刀を握りながら、キャンプ地の周りを見張っていた。


「フンッ……! フンッ……!」


 素振りをするたび、冷たい朝の空気が肺に入る。


 でも、まだ体は少し重かった。


 ぼくは「銀の鈴」との戦いを思い出す。


 もしドラたちが来てくれなかったら。


 もし、あと少し遅かったら。


 たぶん、ぼくはやられていた。


(やっぱり、まだ弱い……)


 ゾーンに入れば強くなる。


 でも、切れた瞬間に動けなくなる。


 あれじゃ仲間を守り切れない。


(もっとゾーンをうまく使えるようになるか……ゾーンに頼らなくても戦えるようにならないと)


 木刀を握る手に力が入った。





 そして、どうしても思い出してしまう。


 モカたちの家へ戻った時のことを。


 猿たちが引き上げたあと、みんなで家へ向かった。


 でも――。


 家はめちゃくちゃだった。


 窓ガラスは全部割れていた。


 家具も壊されていた。


 床も泥だらけ。


 まるで嵐が通ったみたいだった。


 そして、一番ひどかったのは。


 陽だまりの木だった。


 あのきれいだった木が、根元から折れていた。


 黄金みたいに光っていた実も、全部地面に落ちていた。


 あの光景は、今思い出しても胸が苦しくなる。






 シトロンさんが小さな声で、


「これはもうどうすることもできない……」


 と呟いていたのが忘れられない。


 モカも連れて行ってしまった。


 あれは失敗だったと思う。


 モカは壊れた家と折れた木を見た瞬間、その場で泣き崩れた。


「お父さーん!! お母さーん!!」


 せいかに抱きしめられながら泣き叫ぶ姿を見て、みんな涙をこらえきれなかった。


 それからのモカは、まるで別の子みたいだった。


 生活用品を探しに家へ戻る時も、もう付いて来ない。


 キャンプ地の端で、ぼーっと座っているだけ。


 せいかやらいねが話しかけても、反応は小さい。


 泣かないのが逆につらかった。





「おーい!」


 森の方から声がした。


 ドラたちだ。


 レオとひかりも一緒だった。


 手には魚や果物を持っている。


「モカの様子どうだ?」


 ドラがぼくに聞いた。


 ぼくは黙って首を横に振る。


 ドラも表情を曇らせた。


「今はそっとしておきましょう」


 ひかりが静かに言う。


 ぼくは空を見上げた。


 セバスチャン。


 むねゆき。


 らいが。


 三人はまだ戻ってこない。


 森は静かなのに、胸の中だけずっとざわざわしていた。


(僕たち、この先どうすればいいんだろう……)


 朝の冷たい風が、やけに寒く感じた。






 みんなで火を囲んで朝食を食べる。


 今日のご飯は、ドラたちが朝早く捕ってきた魚だった。


 本当はせいかが燻製にしたがっていた。


 でも大量の煙を出せば、猿たちに居場所がばれるかもしれない。


 だから焼くだけだ。


 馬車の方を見る。


 モカは、まだ出てこない。


 最近ずっとああだ。


 それに、シトロンさんの姿もない。


「また朝からいませんね……」


 まおが小さく呟く。


 少し空気が重くなる。





 そんな中、ひかりが口を開いた。


「やっぱり、銀の鈴の牧師猫が気になります」


 みんなが顔を上げた。


「どこかで会ったことがある気がするんです。でも思い出せなくて……」


「とらわかがいたことを考えると、教会と繋がってる可能性はあるわね」


 まおが腕を組む。


「んー……でも情報が少なすぎる」


 レオが頭をかいた。


 ひかりは少し考え込んでから言った。


「ニコラスに手紙で聞いてみます」


「どうやって届けるんだ?」


 ドラが聞く。


 するとモカの話を思い出したように、ひかりが説明した。


 この近くには、ぼくたちの村へ向かう商人が通る街道があるらしい。


 そこへ行って、商人に手紙を頼む。





「来る保証もないし、いつ来るかも分からないけど……今はこれしかないです」


 ぼくも頷いた。


 不確定なことばかりだ。


 でも、何もしないよりはいい。


 話し合いの結果、ひかりの護衛としてドラとレオも行くことになった。


 準備が終わると、三人はすぐに出発した。


「気をつけろよー!」


 ぼくが手を振る。


「おう!」


「任せろ!」


 ドラとレオが笑った。


 少しだけ安心する。


 でも、その背中が見えなくなると、急に静かになった。





 昼頃。


 晩ご飯用の魚を取りに行こうと準備していると、シトロンさんが戻ってきた。


 昼間に帰ってくるなんて珍しい。


 でも、モカのそばにいるわけでもない。


 正直、ぼくはイライラしていた。


「今日は早いんですね」


 嫌味っぽく言ってしまう。


「忘れ物を取りに来ただけだ。すぐ出る」


 冷たい声だった。


 その言い方に、胸の中がカッとなる。


「毎日どこ行ってるんですか?」


「お前に関係ないだろ」


 ぴしゃりと言われた。





 でも、止まれなかった。


「モカは居場所をなくして苦しんでるんです!」


 気づけば大声になっていた。


「もっとそばにいてあげられないんですか!?」


 シトロンさんの眉が少し動く。


 でも表情は変わらない。


「もともとお前がでしゃばったからこうなったんだろ」


 低い声だった。


「俺は忙しい。お前たちで何とかしろ」


 その言葉で、ぼくの中で何かが切れた。


「それが家族の言葉ですか!?」


 思わず怒鳴る。


「モカの気持ち考えたことあるんですか!? 今そばにいてあげないといけないのは、唯一の家族のあなたじゃないんですか!?」


 シトロンさんは何も言わない。


 そのままぼくの横を通り過ぎようとした。





 でも。


 去り際に、ぽつりと呟く。


「……お前は勘違いしている」


 ぼくは振り返る。


「モカは別に俺の子供じゃない」


 冷たい声だった。


「家族だと思ったことなど、一度もない」


 そのままシトロンさんは森の奥へ歩いていった。


 ぼくは何も言えなかった。


 頭の中が真っ白になる。


 「おい! 待て! まだ話は終わってないぞ!!」


 ぼくは森の奥へ歩いていくシトロンさんに向かって叫んだ。


 でも、シトロンさんは振り返らない。


 そのまま無言で歩き続ける。


「おい! 聞いてるのかよ!!」


 何度呼んでも止まらなかった。


 やがて姿が木々の向こうへ消える。





「くそっ……」


 思わず木を蹴る。


 モカが笑顔で、


『おじさんだよ!』


 って紹介してくれた時のことを思い出す。


 あの顔は、絶対にシトロンさんのことが好きな顔だった。


 なのに――。


「家族じゃないって……そんな言い方あるかよ……」


 悔しくてたまらなかった。


「そんなに大声出してどうしたの?」


 後ろからせいかの声がする。


「せいか……」


 思わず助けを求めるみたいに名前を呼んでしまった。


 せいかが心配そうに近づいてくる。


 さらにその後ろから、まおもやって来た。


「何かありました?」


 ぼくはさっきの会話を全部話した。





 シトロンさんが毎日どこかへ行っているか聞いたこと。


 モカのそばにいてほしいと話したこと。


 そして――。


『家族だと思ったことなど一度もない』


 そう言ったことを。


「ひどい……」


 せいかが小さくつぶやく。


「そんな……」


 まおも言葉を失っていた。


「何とかできないかな?」


 ぼくが言うと、せいかは困った顔をした。


「難しい問題だよね……」


 すると、まおが静かに口を開く。


「もしこのまま何も解決できなければ……私たちの旅にモカさんを連れていくしかないかもしれません」


「え……?」


 ぼくとせいかは同時にまおを見る。





「モカさんの気持ちを考えると、シトロンさんと離すのは本当に心苦しいです。でも……」


 まおはギュッと手を握った。


「このままでは、シトロンさん一人でモカさんを守れるとは思えません。必要なら、無理やりにでも連れ出すべきかもしれません……」


 そこまで言って、まおは目を伏せた。


 その時、ぼくは別のことに気づく。


「……もしかして、近いうちに旅立つつもりなの?」


 ぼくが聞くと、せいかも驚いた顔になった。


「え? だってセバスチャンたち、まだ帰ってきてないよ?」


 まおはしばらく黙っていた。


 そして、ふりしぼるような声で言った。


「私たちは……前に進まないといけないんです」


 その声は震えていた。


「ここまで探して帰ってこないということは、セバスチャンたちはもう……」


「待っ――」


 言いかけて、ぼくは止まる。





 まおの手が小さく震えていたからだ。


 本当は、一番待ちたいのはまおなんだ。


 それでも。


 みんなを危険な森に置いておけない。


 だから、自分が悪者になってでも決断しようとしている。


 ぼくは何も言えなかった。


 せいかも、ただまおを見つめている。


 まおはゆっくり顔を上げた。


「こうたさんとせいかさんと話して、考えがまとまりました」


 そして、まっすぐぼくたちを見る。


「ひかりさんたちが戻り次第、みんなで話し合って……ここを出発しましょう」





 ぼくとせいか、らいねは、モカの家へ来ていた。


 これからの旅で使えそうなものを探すためだ。


 でも、家の中は相変わらずひどい。


 割れた窓。


 倒れた棚。


 床には紙や道具が散らばっている。


 猿たちが暴れ回ったあとが、そのまま残っていた。


「……ひどいな」


 ぼくは小さくつぶやく。


 せいかとらいねも黙って片づけをしていた。


 しばらくして、せいかがぽつりと言う。


「まお、本当はセバスチャンを待ちたいんだよね……」


「うん……」


 ぼくは手を止めた。


 きっとまおは、誰よりセバスチャンを信じてる。





 それでも、みんなを守るために前へ進もうとしている。


 その覚悟が痛いほど伝わってきた。


「らいがは、本当に死んじゃったのでしょうか……」


 作業をしながら、らいねが不安そうに言う。


 ぼくもせいかも答えられなかった。


 らいねは、らいがの気配を感じ取る力がまだ弱い。


 だから、今もずっと不安なんだ。


 みんな、それぞれ苦しい。


 ぼくはなんだか気まずくて、一人で外へ出た。


 家の近くの草むらへ座り込む。


 風が静かに吹いていた。


「旅を再開する……か」


 まおの言葉を思い出す。


 たぶん、正しい。


 ここに残り続けるのは危険だ。





 でも――。


「本当に、それでいいのかな……」


 胸の奥がモヤモヤする。


 残された仲間たちを置いて進む。


 それが、一番いい答えなのかもしれない。


 でも、どうしても納得できなかった。


「ん~……」


 頭を抱える。


 みんなが納得できる方法。


 そんな都合のいい答え、あるのかな。


 ぼーっと空を見上げていた、その時だった。


「ボカンッ!」


「痛てッ!!」


 突然、頭に何かがぶつかった。





「な、なんだ!?」


 足元を見ると、ボロボロの靴が転がっている。


 え?


 あわてて後ろを振り向いた。


「お前、何回も呼んでたんだぞ?」


 悪態をつく声。


 その声に、ぼくは目を見開いた。


「……え?」


 そこにいたのは――。


 ボロボロになりながら肩を組んで歩く、セバスチャンとむねゆき。


 そして。


 セバスチャンの肩の上でぐったりしながらも、ニヤッと笑っているらいがの姿だった。


「ただいま戻りました」


 らいがが弱々しく笑う。


 一瞬、頭が真っ白になる。


 次の瞬間。


「うわああああ!!」


 ぼくは叫びながら三人のところへ走り出していた。

最後まで読んでいただいてありがとうございます!


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