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第17話 守れなかったモカの家 後編

 「ぐっ……!」


 ぼくは木刀を握り直し、バルカスと呼ばれていた戦士猫と向かい合った。


 手がじっとり汗ばんでいる。


 でも、不思議と怖くはなかった。


 ゾーンに入った今、相手の動きがはっきり見える。


 呼吸。


 足の運び。


 目線。


 全部が、まるでゆっくり流れているみたいだった。


(遅い……)


 バルカスは体が大きい。


 力も強い。


 でも、息がすぐ上がっている。


 動きも大ぶりだ。


(修行が全然足りてない)


 そう感じた。





「なめやがって!!」


 バルカスが怒鳴りながら木刀を振る。


 ブンッ!


 ぼくは半歩だけ横へ動いた。


 空振りした木刀が風を切る。


 そのまま肩を叩く。


「がっ!」


 バルカスが顔をゆがめた。


 ぼくは戦いながら周りを見る。


 茶色いフード猫は杖を持って、何かぶつぶつ唱えている。


 とらわかと神父っぽい猫は、じっとぼくを見ていた。


(なんだ……この感じ)


 背中がぞわっとした。


 見られているだけなのに、気持ち悪い。





 それに、ゾーンには限界がある。


 長く使えば、あとで動けなくなる。


(早く終わらせないと……!)


 ぼくは攻撃を速くした。


「バシッ! バシッ!」


「くそっ! くそっ!」


 バルカスが悪態をつきながら必死に防ぐ。


 でも、もう誰が見ても実力差ははっきりしていた。


(終わりだ)


 そう思った瞬間だった。


「お前ら! 見てないで手伝え!!」


 バルカスが叫ぶ。


「チッ……」


 とらわかが舌打ちしながら飛び込んできた。


 前より強い。


 しかも、バルカスをうまく使って死角から狙ってくる。


(めんどくさいな……)





 その時。


「準備できたぞ!」


 フード猫が叫んだ。


 見ると、石が何個も宙に浮いている。


「よし! いくぞ!」


 そこから三匹の連携が始まった。


 前ではバルカス。


 死角からとらわか。


 距離を取れば石が飛んでくる。


 普通なら、とても対応できない。


 でも。


 ゾーンの中では全部見えていた。


(同じ攻撃ばっかりだな)


 何回か見れば、流れが読める。


 ぼくはわざと二匹から距離を取った。





 予想通り、石が飛んでくる。


 その一つを――


 パシッ!


 ぼくは空中でつかんだ。


「なっ!?」


 三匹が同時に目を見開く。


 そのまま全力で投げ返した。


「ぎゃん!!」


 石がフード猫の顔面に直撃する。


 間髪入れず、ぼくはバルカスへ突っ込んだ。


 一撃。


 木刀を振る。


 ギリギリで受け止めるバルカス。


 次の瞬間。


 ぼくは体を回転させ、後ろに木刀を振りぬいた。





「ギャッ……!」


 真後ろから来ていたとらわかのわき腹に木刀がめり込む。


 そのままとらわかが倒れた。


 さらにバルカスへ連撃。


「バシッ! バシッ!」


 肩。


 腕。


 次々に攻撃が決まる。


「ぐあっ!」


 最後に腹を蹴り上げる。


 バルカスが吹っ飛んだ。





 ――その瞬間。


 ドクン。


 ドクン。


 心臓が嫌な音を立てた。


 世界がぐにゃっと曲がる。


「ゲホッ……げほっ……!」


 膝をついた。


 息が吸えない。


 肺が焼けるみたいに苦しい。


(まずい……ゾーンが切れた……!)


 頭もガンガンする。


 視界も揺れる。


 それでも倒れたくなかった。


 ここで倒れたら、モカの木を守れない。


 




(動け……!)


 でも、体が言うことを聞かない。


「こいつ……もしかして……」


 とらわかが何か呟いた。


「フー……フー……」


 バルカスが立ち上がる。


 顔を真っ赤にして、ぼくを睨んでいた。


「うわあああ!!」


 奇声を上げながら、ぼくを殴り飛ばす。


 地面を転がる。


 痛い。


 でも、それ以上に悔しかった。





(まただ……)


 強くなったつもりだった。


 でも、結局こうして動けなくなる。


 守りたい時に、最後まで戦えない。


(ぼくは……まだ弱い……!)


 バルカスが木刀を振り上げる。


「てめーだけは許さねぇ!!」


(やられる――!)


 ガツン!!


 鈍い音が響いた。


 バルカスが白目をむいて倒れる。


 その後ろにいたのは。


「こうた! 大丈夫か!?」


 ドラだった。


 その声を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。





 助かった。


 そう思ったら、全身の力が一気に抜けていく。


「間に合ったか!」


 レオも駆け寄ってくる。


 少しずつ呼吸が戻った。


「やっぱりお前らだったか……」


 とらわかがドラたちを睨む。


「お前ら、このままで帰れると思うなよ?」


 ドラが低い声で言った。


 こんなに怒ってるドラ、初めて見た。


 でも神父猫だけは笑っていた。


「ほっほっほっ……今日はいいものが見れました」


 細い目でぼくを見る。


 その笑い方に、また背筋が寒くなった。


「今日はこの辺で失礼しますね」


 神父猫がにこにこ笑いながら言った。





「俺の話聞いてたか? 返すわけないだろ!?」


 ドラが怒鳴る。


 でも神父猫はまったく気にしていない。


「ほっほっほっ……いきがるのもいいですが、まずはあの子の手当てが先では?」


 細い目でぼくを見る。


「大分苦しそうですよ」


「くそっ……!」


 ドラがぼくのところへ駆け寄ってくる。


 その間に、とらわかとフード猫は倒れたバルカスを抱えていた。


「お前ら、覚えとけよ?」


 とらわかが悔しそうに吐き捨てる。


 そのあとを、神父猫がゆっくり追いかける。


「あ……これはお土産です」


 そう言って胸元からガラス瓶を取り出した。


 中には真っ赤な液体。





「そんなものいらねぇ! 失せろ!!」


 レオが怒鳴る。


 だが神父猫は笑ったまま――


「そうおっしゃらないで!」


 陽だまりの木へ瓶を投げた。


 パリン!!


 瓶が木の上で割れる。


 赤い液体が、黄金の実を伝ってどろりと流れ落ちた。


「何をした!?」


 ドラが叫ぶ。


 神父猫は振り返りもせずに言った。


「そのうち分かりますよ。では失礼……」


 四匹はそのまま森の中へ消えていった。





 静けさが戻る。


 すると家の中からみんなが飛び出してきた。


「こうちゃん!!」


 せいかが駆け寄る。


 ぼくは地面に座り込んだままだった。


 体が全然動かない。


 でも、前みたいに気絶はしなかった。


「ゆっくり、ゆっくり深呼吸だよ!」


 せいかがぼくの手をぎゅっと握る。


 そのぬくもりに、少しだけ安心した。


 モカも不安そうにぼくを見つめている。





「かっこいい登場だっただろ?」


 ドラが苦笑いしながらひかりに言った。


「正体がばれてはいけないって、飛び出しそうなせいかさんを必死で止めてたのに……結局とらわかさんにばれちゃったじゃないですか」


 ひかりも苦笑いする。


「それで、セバスチャンたちは見つかりましたか?」


 まおがレオに聞いた。


 レオは静かに首を振る。


「そうですか……」


 まおの顔が暗くなる。


 ぼくは胸がぎゅっと苦しくなった。


 まだ戻ってきてない。


 でも、あの二人が簡単にやられるとも思えなかった。


「こうちゃんのおかげでみんな無事だよ。ありがとう」


 せいかが優しく言う。





「一個……気に……なったんだけど……」


 ぼくが息を切らしながら呟く。


 みんながこっちを見る。


「あの……フードを被った猫……石を飛ばす……だけなら……魔法使わないで……普通に投げれば……よくない?」


 一瞬沈黙。


 そのあと。


「ぷっ!」


「たしかに!」


「命がけで何考えてんだよ!」


 みんなが笑い出した。


 ぼくも少し笑ってしまう。





 でもその時だった。


 陽だまりの木の前にいたシトロンが、赤い液体を手につけて匂いをかいだ。


「……まさか」


 顔色が変わる。


 そして。


「急いで逃げるぞ!!!!」


 突然叫んだ。


「え?」


 みんなが固まる。


「この液体、猿の血だ! あいつら、陽だまりの木に猿の血を付けやがったんだ!!」


「猿の血を付けられるとどうなるんですか?」


 ひかりが険しい顔で聞く。


「ここの猿は仲間思いで執念深い! 血の匂いを嗅ぎつけて、仲間をやられたと思って襲撃してくるぞ!!」


 その瞬間。


「うぉぉぉぉーーーん!!」


 森の奥から不気味な鳴き声が響いた。





 空気が震える。


「森の主の声だ……仲間を集めてる……!」


 シトロンが真っ青な顔で呟く。


 一気に空気が変わった。


「急ぎましょう! 最低限の荷物だけ持って移動します!」


 まおが叫ぶ。


「急ぐぞ!」


 レオも声を上げる。


 でも。


「え……?」


 モカだけが立ち尽くしていた。





「ここ、お父さんとお母さんが残してくれた家だよ?」


 震える声だった。


「今は逃げないと!」


 せいかが言う。


「嫌だよ!!」


 モカが叫ぶ。


「ここがなくなったら、私行くところないもん!!」


 そしてぼくを見る。


「こうた、猿が来てもまたやっつけてくれるでしょう?」


 胸が痛くなった。


 でも。


 体が動かない。


 木刀すら持ち上げられない。


 何も言えなかった。


「もういいよ!! だったら私が猿をやっつける!! ここは私が守るもん!!」





 パシン!!


 乾いた音が響いた。


「いい加減にしろ!!」


 シトロンだった。


 モカの頬を叩いていた。


「うわあああん!!」


 モカが大声で泣き出す。


 ぼくはその姿を見つめることしかできなかった。


(ぼくがあいつらを追い払ったせいで……)


 本当に正しかったのか。


 答えは分からない。


 馬車の端で、モカがずっと泣いている。


 その横で、らいねが優しく背中をなでていた。





 ぼくも馬車に座ったまま動けない。


 みんなは急いで荷物を積み込んでいた。


「よし、急ごう!」


 ドラが叫ぶ。


「でもどこに?」


 レオが聞く。


「ここをまっすぐ進むと、小高い丘がある。そこを目指すぞ」


 シトロンが答えた。


「あずき、頼むね」


 せいかが声をかける。


 馬車がゆっくり動き出した。





 遠くから。


「キキー!!」


「キキー!!」


 猿たちの声が聞こえる。


 見つからないように、みんな静かに進んでいく。


 ぼくは揺れる馬車の中で、さっきのモカの言葉を何度も思い出していた。


「ドゴーン!!!」


 夜の森に、ものすごい爆発音が響いた。


「バリバリバリ……!」


 木が倒れる音まで聞こえてくる。


 ぼくたちは思わず足を止めた。


 モカの家のある方角だ。


「はじまった……」


 シトロンが小さく呟く。


 



 みんな、何もしゃべらない…


 悔しい。


 全部、守りたかった。


 モカの家も。


 陽だまりの木も。


 でも今のぼくは、立ち上がることすらできない。


(また……守れなかった……)


 そんなことを考えていると。


 まおが静かに言った。


「今は生き残ることを考えましょう」



最後まで読んでいただいてありがとうございます!


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